第32話 返り討ちに遭ういじめっ子


「おい、ツラ貸せやマコト。この前の件、まだ終わってねェぞ?」



 三柳はそう言って、俺の席を数人で囲ってきた。

 四人の男子生徒。

 一昨日引き連れていた生徒とは変わって、体格の良い生徒ばかりを引き連れている。

 芸がないというか、なんというか……なぜ三柳はいつもこの時間なのだろう。ここまである意味滑稽だと、いままで三柳に感じていた恐怖心が露のように消えてしまう。

 俺は購買で買ってきた焼きそばパンの包装をおもむろに破ると、そのままパンを口に咥えた。甘辛いソースで味付けされた中太麺に、紅ショウガのしょっぱさが良いアクセントになっていて、相変わらず美味い。カレーの次に恋しかった食べ物のひとつだ。

 ……あとは三柳たちがいなければ完璧だったけど──



「てンめェ……何無視してくれてんだ、ゴラァ!!」



 不意に三柳の手が、俺の食べている焼きそばパンに伸びてくる。

 ぱしん。

 俺は空いたほうの手で三柳の手を軽く払った。三柳は一瞬、驚いたような顔を浮かべたが、すぐにキッと俺を睨みつけてきた。



「今日は〝オオシマサン〟のお使いじゃないんだ?」


「じ……上等じゃねェか……! ぶっ殺せ!」



 三柳が教室中に響くほどの大音量の怒号を上げる。それを合図に、俺の周りにいた男子生徒たちが一斉に掴みかかってきた。俺はパンを咥えたたまま、背もたれに体重をかけ、椅子から滑り落ちるようにしてそれらを躱す。



「痛っ!」

「ガァッ……!?」

「うわ!?」

「ぐゥッ……!」



 俺の頭上──俺に掴みかかってきた男子生徒たちが、勢いそのまま、互い違いに頭をぶつけ合う。俺はそれを尻目にすばやく立ち上がると、早歩きで三柳に詰め寄って行った。

 俺が一歩踏み出すごとに、三柳も一歩二歩と後退していく。

 やがて教室の端まで三柳を追い詰めると、三柳が苦し紛れに、大ぶりの右フックを繰り出してきた。

 もちろん、そんなパンチが俺にあたるはずもなく、俺は上半身を屈めてパンチを避けると、すばやく三柳の左足を払った。軸足を払われた三柳はパンチの勢いを殺すことが出来ず、そのまま無様に床に倒れ込んだ。



「……ごふぇんごめんせめへふぉのふぁんせめてこのパン……、食べ終わってからにしない?」



 倒れている三柳に、追い打ちをかけるように上から言い放つ。三柳はプルプルと震えながら、床を思い切り殴りつけると、俺とは顔を合わさず、足早に教室から出て行った。そんな三柳の後をついていくように、取り巻きの生徒たちも教室から消えていく。

 すこしやり過ぎたかな……?

 でも、これくらいやれば、さすがの三柳もちょっかいをかけて来なくなるだろう。



「す、すげーよ! 高橋!」



 いまの三柳との一部始終を見ていた野茂瀬たちが、俺に駆け寄ってくる。



「一瞬だったからよく見えなかったけど、三柳のやつ、高橋に手も足も出てなかったな!」


「あ、あれはたまたま避けられただけだから……」


「それでもあの三柳をあそこまで追い詰めたのはすげぇって!」

「ああ、俺なんか手品見てるみたいだった!」

「あと、あの柔道部のやつらが一斉に掴みかかってたけど、上手く避けてたよな!」

「なあ高橋、あれ、どうやったんだ?」



 野茂瀬たちからの、怒涛の質問攻め。

『大勢の前で自分がイジメてる人間に、たまたま攻撃を当てることが出来ず、辱められる構図』というのを作ってみたはいいものの、こういう風になるのは予測できなかった。てっきり『運が良かったな』みたいな事を言われるのを予想してたのに、これでは俺が狙ってやったみたいではないか(狙ってたけど)。



「なあなあ高橋、聞いてる?」


「……え? ごめん、なんだっけ?」


「あの一斉に掴みかかってったやつの躱し方だよ。どうやったんだ?」


「ああ、あれかー……あれはー……」


「あれは?」


「こ、根性……?」



 俺がそう答えると、野茂瀬たちが一斉に顔を見合わせた。



「……なんか、すごくフワフワしてるな」


「なんかごめん」





 ──放課後。

 何やら蠅村から話がある(そう口に出してはいないけど)と連れてこられた、駄菓子屋不破の店の前。何のことかわからず、心当たりも特にない俺の目に飛び込んできたのは、とても異質な光景だった。

 それは仮面をかぶりながら店番をしている変態不破でもなく、野犬のように駄菓子を買い漁りに来る子どもたちでもなく、その子どもたちと一緒になって戯れているベリアルの姿だった。

 昨日、俺たちに向けていた悪意のある殺気に満ちた顔と、いま子どもたちに向けている顔は、まるで別人に見えた。



「……蠅村、これか? おまえが話しておきたかったのって」



 俺が蠅村に問いかけると、蠅村はフリフリと首を横に振った。



「え? ちがうの?」


「──お、来たねえ、マコトクン」



 俺たちの存在に気が付いたのか、不破が軽い足取りで近寄ってきた。



「おかえり、鈴」



 不破がそう言って蠅村の頭を撫でると、蠅村は気持ちよさそうに目を細めた。



「話があるって聞いたんだけど……」


「話? ああ、違うんだ、そういう大層なことではなくてだね。……ローゼスクン、今日で帰っちゃうんだろ?」


「そうだけど……それと不破になんの関係があるんだよ」


「いやなに、彼女にもお世話になったからね。ささやかながらお土産を、と思ってね」



 そう言って不破が差し出してきたのは、大量の駄菓子が入った紙袋だった。重さにして五キロくらいはあるだろう。俺はその紙袋を受け取ると、不破をちらりと一瞥した。



「……意外かい?」


「まあ意外だな」


「人間はこうやって、お世話になって人にはささやかな返礼をするのだろう? それがモノでも言葉でも……彼女の場合、私が提供できる品物の中で、駄菓子が一番喜ばれるんじゃないかって思って。それで僭越ながらこうして用意したわけさ」


「自分で渡せばいいだろ」


「おや、無茶を言うねマコトクンは。ローゼスクンが今どこでどうしてるかなんて私が知る由もないし、逆に調べようものなら変に警戒されてしまうだろ? それに、私がこの足でマコトクンの家まで出向こうものなら、マコトクンは容赦なく私に攻撃してきそうだったからね。もう私にはこれしかなかったんだよ。わかってくれ」


「まあ……わかった。渡しておくよ」


「うんうん。助かるよ。今度また、マコトクンにも何かお礼をあげるから、楽しみにしててね」


「いや、それよりも……」



 俺はそこまで言ってベリアルを見た。



「気になるかい? あの子……ベリアルこと?」


「なんであいつ、駄菓子屋で働いてんだ?」


「うーん、あまりマコトクンの前であの子の話題を出したくなかったんだけどね……ま、いっか。端的に言うと、記憶を取り上げた」


「記憶を……?」


「じつはね、あの後、予定通りカイゼルフィールに転移させようと考えていたんだけど、色々と心配になってね。魔力がないとはいえ、あの子が向こうで悪さしないとは限らなかったし、それに魔力がない今の状態だからこそ、逆に危険なんじゃないかと判断してね」


「どういう意味だ?」


「なに、簡単なことさ。魔力があれば、ある程度の力技……ごり押しで物事を進めようとするけど、なかったら色々と、アレコレと策を講じちゃうだろ? そうなると本当に色々と面倒でね。だからこうやって、私の目の届く範囲で保護・・してるんだ」


「記憶を抜き取って、〝保護〟ねえ……。俺たちにはようわからん感覚だな」


「うん、これに関しては何を思ってくれても、何を言ってくれても構わない。私は私なりに、キミたち〝ニンゲン〟に対する脅威を摘み取ろうとしているだけなんだから。……ま、本音を言っちゃえば、あまり知られたくなかった、というところだけどね」


「戻す気はあるのか?」


「それ、訊いちゃうかい?」


「答えたくなければ別にいいけど」


「うん、どうだろうね。あの子、もう私のいう事は聞いてくれないだろうし。このほうが、私たちにとって・・・・・・・都合がいいから……ね?」


「……まあいいや。とりあえず、俺たちに迷惑をかける気がないのなら、何でもいいよ。それと、さっきはなんか皮肉ぽい事を言って悪かった」


「ふふ、気にしなくていいよ。それよりもほら、早くローゼスクンのところへ行ってあげなよ。モタモタしてると帰っちゃうかもよ?」


「そうだな。貧乏なのに駄菓子こんなにくれて、サンキューな」


「あははー……心と懐が痛いなー……」

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