第30話 最後の観光と情報整理


「サターンの事について、ベリアルは一切洩らさなかったが、それでもわかった事と、もうひとつおまけでわかった事があったよな」


「おまけ……? そんなのあったか?」


「……あれ? ローゼス、おまえあの時あの部屋にいたよな? 気づかなかったか?」


「たしかにいたけど……そんな重要そうなこと、ベリアルが話してたか?」


「いや、ベリアルが話したんじゃなくて……まあいいや、この事についてはとりあえず後回しにしよう」


「なんか、その言い方気になるな……」


「安心しろって、あとでちゃんと言うからさ。……さあ、気を取り直して、今の状況の整理をしよう。俺たちはいま、サターンの目的のうちのひとつ・・・を潰した」


「まあ、それはまず間違いないよな」


「ああ。ベリアルとルシファーたちの話に聞く限りだと、あのサターンとかいうやつが、こんなので終わるわけがないだろうからな。必ず、次となる一手を打ってくる。ただ、俺たちにはそれが何なのかわからないワケだが──」


「けど、サターンの目的ははっきりしてンだろ?」


「そう。これもベリアルのが言ってた事だが、『この世界を魔物で満たすこと。魔物による、魔物のための、魔物だけの世界の創造』だな」


「それはルシファーのやつも言ってたな。カイゼルフィールではその目的を果たすことが難しくなったから、こちらに来たって」


「うん。だから、今回その魔物の供給源となっていた、アプリの製造元を潰せたのはかなりデカい。ぶっちゃけ、ここさえ潰せればサターンも一気に、こっちの世界に大量の魔物を召喚出来なくなるからな」


「あたしたちも後手後手に回っていたばかりじゃなかったって事だな……」


「まあな。とりあえずその事について悲観する事はないな。たしかに、何人かはアプリによって精神を食われて、廃人化してしまったものの、アプリの普及具合から見て、ここまで被害を抑えられたのは相当デカかった。下手すれば、ここら一帯の区域……いや、国まるごと潰されてもおかしくなかった計画だ。これはかなりの初期段階に不破たちが計画に気付いたのと、あの夜にローゼスが奮闘してくれたおかげだな」


「へへ、任せとけって」


「けど、俺個人手としては二度とああいう事はやってほしくない」


「……ンだよ、危険だったって言いたいのか?」


「そうだ」


「はっ! おいおいもっと信用しろって、このあたしだぞ? そこらへんの……、魔物になりたてのやつらなんか、相手になんねッての!」


「たしかにそこは心配してない。けどな、直々にサターンのやつがローゼスを叩きに来る可能性だってあったんだぞ。それくらい、この計画はサターンの中で重要で──」


「おいおいマコトよぉ、それは逆に好都合だろうがよ」


「は?」


「直々にサターンがあたしを叩きに来るのなら、それこそ、とっ捕まえてやりゃあいいじゃねェか!」


「アホか。何回も言うけどな、今回のビル爆発だって蠅村が周囲の人たちを避難させてなかったら、どんだけ被害が出たか……。サターンも一緒だ。わざわざタイマンするために、丸腰でローゼスの前に現れるわけないだろ。かならず、何かしらの手札を用意してくるに決まってる。あいつが俺らの前に現れるのは、そういう事なんだよ」


「ちぇ……マコトは随分、ヤツを買ってるんだな。会った事もないのに」


「買ってるも何も、今回の事でわかっただろ。〝魔物転移装置〟の〝電子ドラッグ化〟なんて、普通考えつくか? 人間の命なんて虫けらと同じか、それ以下としてしか見てない証拠だろ。だから、サターンはやろうと思えば、どんな汚い手でも使ってくる」


「だから、あたしたちも慎重になったほうがいいって事か」


「慎重になるっていうか、あらゆる残酷な事態を想定しておいたほうがいいって事だな」


「残酷な事態……ねえ……」


「でもローゼスの言う通り、慎重でいるのも重要だな。というかぶっちゃけ、この件に関しては焦る必要はないと俺は考えてる」


「どういう事だ?」


「簡単だよ。逆に焦ってやらかしてしまうほうが問題だって事だ。何度も言うようだけど──」


「わーってるって、なるべく勝手に動くなって言いてンだろ?」


「……わかってないから、二回もやらかしてんだろ」


「へいへい、反省した! 反省しましたよ!」


「嘘くさいな……けどま、どのみちローゼスがこの世界にいられるのは、この件が終わるまでってブレンダ様とも話ついてるしな」


「……は? 初耳なんだけど?」


「あれ、言ってなかったか?」


「き、聞いてねェよ!」


「いや、最初にブレンダ様が言ってたろ、交代でこっちに来てくれるって」


「いや、それは確かに言ってたけど……時期については何も言ってなかったろうが!」


「あー……そうだ、あのことについて言ってなかったっけか?」


「なにがだよ!」


「あれだよ、異世界に居すぎると、帰って来れなくなるっていう……」


「え?」


「あまり違う世界になじみ過ぎると、体も心もその世界と同調しやすくなり、転移することが困難になるんだよ」


「聞いたことねェよ! つか、それならマコトはもっとアウトだろうが!」


「俺は元々勇者として向こうの世界に転生・・されたから、そういう耐性みたいなのがついてるんだよ。だから、ローゼスよりも比較的簡単に行き来できるんだ」


「……まじか、知らなかった……なんでそんな事、ブレンダは言ってくれなかったんだ……」



 そう言って、ローゼスは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。


 しかし、これらは勿論、口から出まかせ。

 異世界の耐性も、体と心がなじむというのも全部噓っぱち。さっき考えついたことだ。要はローゼスを帰らせるための方便に過ぎない。

 ローゼスの場合、これくらい大袈裟に言わないと、ずるずるといつまでも居着くかもしれないからな。

 まあ、これが嘘だとバレたら、それはそれで大変だろうけど……。



「ま、まじかよ~……。もっと色々食べたり、観光したりしたかったのに……」


「やっぱりそれが目的だったか。……まあ、今度また時間が出来たら、案内くらいはしてやるって」


「お、言ったぞ? 絶対だな?」


「任せとけ」


「うしっ!」



 ローゼスはなぜか顔を赤くして、ガッツポーズをとった。



「……てか、あたしの後釜って誰になるんだ?」


「ブレンダ様の話では……たしか、クリスタルになる予定だな」


「ふぅん? ……ま、いンじゃねェの? クリスタルなら上手くやってくれンだろ。メイナだと、お守とかでサターンどころじゃなくなるだろうし」


「だよな……そもそも、アルバーシュタット家の許可もとらないとダメだろうし……」


「んで、日時は?」


「明日」


「え、えらく急じゃねェか……」


「だから、明日までにやり残したことがないか、各自悔いのないように過ごしてくれ」


「うおい! ほんとにテキトーだな! しばらくあたしと会えなくなるんだぞ!?」


「だって明日も学校あるし」


「まあ、そりゃしょうがねえな……て、なるか! つ、付き合えよ、最後くらい!」


「いやいや、俺もヤバいんだって、色々と。今回のレヴィアタンのことで友達とかに弁解しないとダメだし。それに、ローゼスもまた来ようと思えば来れるしな」


「……ふん、まあいいや。じゃあ明日は適当にそこらへんブラブラしとくわ」


「くれぐれも、目立たないようにな」


「へいへい、それじゃあ……マコトの言ってた最後のおまけってのはもう知らなくてもいいな」


「あ、いや、それは知っておいたほうがいいかも」


「なんだ、あたしにも関係あンのか?」


「そうだな、いちおう情報共有って形なんだけど──不破の能力についてだ」


「な、なんかわかったのか!?」



 ローゼスが前のめりになって訊いてくる。



「今回のことの迷惑料……みたいなモンかもしれないけど、俺の目の前であいつ、〝吸魔〟を使ってた」


「吸魔……夜魔や吸血鬼なんかが使う、アレか? てことは、ルシファーの正体って……」


「そこはまだわからん。なにせ、吸魔っていっても俺たちが知ってるものじゃなかったからな」


「そうなのか?」


「ああ。あいつのは体力や精神力を吸うってより、もっと純粋な力の源……魔力を吸い取っていた。それも、相手から剥奪するような形で」


「剥奪って……マジかよ。じゃあ、ルシファーに吸魔を使われたら、もう二度と〝力〟は使えねって事か?」


「その可能性はある。けど、ベリアルに使用していたから、魔物にしか効かないって可能性もある。それに俺はあいつが言ってた〝魔王だから〟ってのに若干引っかかってる」


「……どのみち、用心に越したことはないって事だな?」


「そういう事。特にあいつの手には注意を払っておいたほうがいい」


「なるほど、手から吸う感じなんだな……わかった。向こうに帰ったら、皆とも共有しとくわ」


「頼んだ」


「にしても、ここで今まで謎だった変態仮面ルシファーの情報が掴めるとはな。……どうなんだ? マコト的にルシファーは信用できそうか?」


「まだわかんないな。……ただ、いま敵対するべき相手ではないって事は確かだろ」


「……ふぅん。ま、あたしがいなくなっても、引き続きクリスタルと頑張ってくれや!」



 ローゼスはそう言うと、俺のベッドから降り、部屋の窓を開けて身を乗り出した。



「……どこ行くつもりだよ」


「へへ、観光に決まってんだ──ろっと!」



 ローゼスはそのまま、ぴょんと窓から外へ飛び移ると、夜の闇に紛れて消えてしまった。

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