第14話 からかう魔王
『駄菓子屋不破』
昨日の今日で、またここに来てしまった。……なんて、変な感傷に浸っている暇はない。今はとにかくローゼスが心配だ。
いや、ローゼスの安否が心配なわけじゃない。正確に言うと、不破がローゼスの神経を逆撫でして、ブチギレさせていないかどうかだけが心配だ。幸いここに来る途中、街が燃え盛ってたり、そこかしこから爆音が聞こえてきたり、警察や自衛隊が駆けつけていなかったから、まだ大丈夫だと思うけど──
「くォらァ! ブッ飛ばすぞォォオオオ!!」
ローゼスの怒号が聞こえてきた。むしろ、いままでよく踏ん張ったほうだと褒めてやりたいが、放っておくと取り返しのつかない事になりかねない。ローゼスのためにも、この街の平和のためにも、可及的速やかに対処にあたらなければ。
「わー!」
「あはははは、ねーちゃんがオコったー!」
「にげろー!」
子どもたちの楽しそうな声。
それが聞こえてくるや否や、「ガオー!」と叫びながら、子どもたちと一緒に走り回っているローゼスが視界に入ってきた。
「捕まえたぞ、クソガキ!」
「きゃははははは! つかまっちゃったあ!」
その姿はあまりにも楽しそうで、微笑ましくて、何も知らない人が見たら姉弟なんじゃないかと思うくらいに、ローゼスは自然と打ち解けていた。
「……なかなかいい顔をするねえ、マコトクンとこの盗賊さんは」
いつの間にか俺の隣に立っていた
「ふふ、『いつの間にか』なんて、随分白々しいんだね。ホントは気づいてたくせに。このこの~」
「だから、俺の心を読むな。……あと、馴れ馴れしくほっぺたをつついてくるな」
「いやあ、マコトクンの気配を感じて喜び勇んで外に出て見たら、思わず顔を綻ばせているマコトクンを見つけてね。話しかけるのは無粋かと思って、一旦落ち着くのを待っていたんだよ」
「へいへいそーですか。……て、あれ? 蠅村は?」
隣にいたはずの蠅村がいつの間にかいなくなってる。不破の言う通り、たしかに不破が近づいてきていたのはわかってたけど、蠅村がいなくなっていたことには気が付かなかった。
「私の気配に気を取られていて、気が付かなかったのかもね。それか、あまりにも自然に鈴が隣にいたから、逆に注意していなかったかのどちらかだね」
「どっちでもいいわ」
「マコトクンってば、外からの反応に対しては敏感だけど、内の反応に対しては鈍感だからね。……でも、それくらい鈴に気を許してくれているという事は、上司としても非常にありがたいよ」
不破はそれだけ言って、一方的に納得したのか、ひとりでうんうんと唸りだした。
「……おまえ、やっぱり人間の事わかってねえよ」
「おや、また私が何かしたかい?」
「思考を読むなって散々言ったろ」
「ううん? でも、わざわざ口に出して言うよりも、こちらがマコトクンの意思を汲み取って、前もって話したおいたほうが、あきらかに効率的だろう?」
「それはそうだけど……おまえに知られたくない事だってあるだろ」
「ふぅん……たとえば?」
「アホか、言うはずないし、おまえの
「うーん……」
不破は低く唸ると、まるで俺を値踏みするようにじっと見てきた。
「そんなものか。……うん、ごめんね。これからは気をつけるよ。さて、鈴の事についてだけど……ま、それは追々ね。マコトクンたちが私たちに協力してくれるのなら、喜んで情報を共有させてもらうよ」
「俺に話すとまずい事なのか?」
「いいや?」
「……じゃあなんで勿体ぶるんだよ」
「マコトクンが知りたがってるから、かな? 特にまずい事ではないのだけれど、別にマコトクンに知られたからって、マコトクンたちが私たちに攻撃を加えてくるような情報では決してないのだけれど……マコトクンが知りたがっている情報なら、取引にも使えるんじゃないかなって。『この情報を知りたければ、仲間になってもらおーう!』……みたいな?」
「おまえそれ、取引には使えるかもしれないけど、俺の心象は悪くなるぞ」
「あはは、人間って難しいね」
「そんな事、微塵も思ってねェくせにテキトー言うな」
「おやおや、自分の心は読むなって言っていたクセに、私の心は読むんだね」
「読んでねえわ! なんとなくわかるわ! そんなもん!」
「あっはっは! さて、マコトクンの好感度が少し上がったところで、そろそろ勇者と魔王の話し合い会議、第二回目を開催するかい?」
「好感度はむしろ下がってるけどな。……いや、その前にまだ訊きたいことがあるんだけど」
「おっ! 何かな、何かな? この不破さんになんでも尋ねてくれたまへ。いまならスリーサイズとかも教えちゃう」
「そういう、こっちの世界の変な知識つけなくていいから。。……ローゼスはいつからここに?」
「朝からだよ」
「やっぱりか。それで、ローゼスとはなんて?」
「『何を企んでんだ』って訊かれたね」
「……それで、不破はなんて答えたんだ?」
「『何も?』って答えたよ。昨日も言った通り、私はただ部下とお話しをしにきた。それだけさ」
「本当にそれだけ?」
「うん。それだけ。あとは子供たちが来るまで勝手にお菓子を食べて、勝手にダラダラしてたね」
「なにやってんだあいつ……」
「……という事で、あとでマコトクンにお金のほうは請求しておくからね」
「いやいや、高校生にたかるなよ」
「私だって出来る事ならたかりたくないさ。けどね、ウチはカツカツの自転車操業なんだ。せめて、鈴たちは食べさせてあげなくちゃならない。だから、もらえるモノはもらっておくし、請求できる人には請求するんだよ。マコトクンももう大人でしょ?」
「法律的にはまだ子どもなんだけど?」
「あっはっはっは! カイゼルフィールを救った勇者様が何をおっしゃる!」
「魔王が言うと凄まじい皮肉だな。……もういいや。ローゼス呼んでくから、さきに部屋の中で待っててくれ」
──ガシッ。
俺が歩き出すと、不破は十分俺が躱せるような速度で、気配で、ワザとらしく俺の肩を掴んできた。
「……おっとっと。そうだった。この話はローゼスクンに口止めされているんだっけ。マコトクン、くれぐれも『タカハシマコト』って人には言わないでね。あたしが怒鳴られちゃうから」
「もう何もツッコまねえよ」
「ツレないなぁ、マコトクンは」
「だからなんでダミ声になんだよ」
◇
「ずいぶんと楽しそうだな、ローゼス」
「おー! マコトー! 待ってた……」
俺を見た途端、ローゼスの顔が次第に強張り、固まっていく。
「い、いや! き、奇遇だな、こんなところで! どうしたんだ? 便所か? 便所だろ?」
「出来もしない演技なんてしなくていいから」
「ぐぬぬ……」
「……なあローゼス、俺、不破のところには行くなって言ったよな? なんで言いつけ守れなかった?」
「そ、それはその……」
「せめて、俺は納得させてくれるんだよな」
「だ、ダガシが食べたくて……」
「下手くそかよ」
「コラー! ローゼスねーちゃんをイジメるなー!」
「そうだそうだー!」
「かえれー!」
「かえれー!」
「くにへ かえるんだな」
さきほどまで逃げ回っていた子どもたちが、ローゼスを守るように俺の前に立ち塞がってきた。
「いやいや、イジメてはいな……イジメてんのか? 俺?」
「こ……、コラコラおまえら! アタシは今、大事な話をしてんだ! 向こうで遊んでろ!」
ローゼスが言うと、子どもたちは蜘蛛の子を散らすようにして、四方八方に散らばっていった。
「……カイゼルフィールにいた時から思ってたけど、ローゼスって子どもにめちゃくちゃ懐かれるよな……子ども好きなのか?」
「べつに。好きじゃねえけど、嫌いでもねえよ。しゃあねえから相手してやったら懐かれて、どんどん集まってくるんだよ」
「ふむふむ、ローゼスクンは案外、良いお嫁さんになるのかもしれないね」
「うわあ!? て、テメェ! 魔王! どっから出てきやがッた!」
「いやあ、ここ、私の店の周りだしね。それに、楽しそうな話をしているから、私も混ぜてもらおうと思って。……それよりどうだい、マコトクン」
「……なにが?」
「なにがって、もちろんローゼスクンの事だよ。こちらの世界ではまだ早いかもしれないけど、今のうちに予約しておいたほうがいいんじゃないのかい? 将来のお嫁さんとして」
「予約ってあのな、ゲームとかじゃないんだから……」
「それにローゼスクンみたいな子って、所帯を持った途端、かなりの高確率で丸くなるんだよね。私としても、ローゼスクンが丸くなってくれるのは願ったり叶ったりだから……ねえ、どうだいローゼスクン? マコトクンのところに──」
「ああー! ローゼスねーちゃん、かおまっかー!」
「ホントだ! ねーちゃんかぜかー?」
「コイというなのヤマイかー?」
「う、うっせーぞ、ガキども! おまえらどっか行ってろって言ったろ! わざわざ茶化しに戻ってくんな!」
「いやいや、勝手にうちの大事なお客様を追い返さないでよローゼスクン。そもそもキミには私のところの駄菓子を勝手に食べたという──」
「……オメーがそもそもの元凶だろうがァ!」
ローゼスの咆哮。
それが辺りに轟いた途端、二人は一瞬にして駄菓子屋を飛び越え、家々を飛び越え、やがて見えなくなってしまった。
俺はため息をつくと、ローゼスと不破の追いかけっこに興奮している子どもたちを他所に、そのまま駄菓子屋の中へと入っていった。
──その背後に、何者かの気配を感じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます