第13話 すれ違い・掛け違い・勘違い


 ──放課後。

 昼休憩の終わり間際、姉ちゃんに

『これからはあんまり激しい遊びはしないでね』

 と、子どものような釘の刺され方をして今に至るまで、特にこれといった出来事は起きないまま、この時間を迎えた。



「よーし、終わったー! 一緒に帰ろうぜ、高橋!」



 野茂瀬の元気な声。それと同時に腕が飛んできて、あっという間に肩を組まれてしまった。おそろしく速い肩組み、これが陽キャの距離感というやつか。

 正直、昼にあんな事があったから距離をとられるんじゃないか、と思っていたから、こんな感じで接してくれるのは正直ありがたい。

 ありがたいんだけど、ひょっとしたら、三柳に殴られたショックで記憶が欠落してるんじゃないか、と心配になってしまう。


 そういえば大島は俺が殴り飛ばした後、そのまま保健室に運ばれたらしい。派手に吹っ飛ばしてしまったが、咄嗟に風の魔法で頭と背中を守ったので、大事には至っていないと思いたい。その後、とくに呼び出しなんかもなかったから、たぶん大丈夫だろうけど。



「つか、高橋ん家ってどの辺なん?」



 うん、姉ちゃんの事を諦めていないところを見る限り、記憶が欠落しているわけではなさそうだ。よかった。

 野茂瀬の事についてはひとまず安心したけど、野茂瀬の──その周り。他の男子の顔は暗い。やはり俺と絡むことに、少なからず抵抗を覚えているみたいだ。十中八九、俺と仲良くしていると、三柳たちに目をつけられると思っているのだろう。

 だから、俺がここでとるべき行動は──



「ごめん野茂瀬、今日ちょっと用事があってさ、また今度誘ってよ」


「ん? ああ……そか。用事なら仕方ねえな!」


「ほんとごめんね」


「いいよいいよ、んじゃ、また明日な!」



 野茂瀬はそれだけ言うと、手を振りながら教室から出ていった。用事が何か訊いてこなかったのは、野茂瀬なりに色々と察してくれたからだろう。色々と助かるけど、このままの感じで付き合っていくのはしんどいだろうな。俺も、野茂瀬たちも。



「さて……!」



 俺はグイっと背伸びをすると、ゆっくりと後ろを振り返った。そこには俺をじっと見上げている蠅村がいた。気配を消しているわけでも息を殺しているわけでもなく、ただじっと俺の顔を見上げている。どうやら何があっても声は発さないようだ。



「……一緒に帰ろうって?」


「(ニコッ)」



 蠅村はなぜか満面の笑みを浮かべる。たしかに、ローゼスがどうなってるか気になる。それに、どのみち今日は不破のところに行く予定だったけど──



「先に校門から出て、ちょっと歩いたところで待っててくれるか?」



 俺がそう言うと、鈴村は首を傾げてみせた。



「さっきの俺と野茂瀬とのやりとり見てたろ? 用事があるからって断っといて、転校生の女子と仲良く下校してたら、何言われるかわからないだろ?」



 ここまで言ってもわからなかったのか、蠅村は顎に手をやって、わかりやすく考え込むような素振りをしてきた。



「人間にも色々とあるんだよ。あとで追いかけるから、とりあえず今は先に帰っといてくれ」



 ポン、と蠅村はわかりやすく手を叩く。それにしても、なぜこいつのリアクションはいちいち古いんだ。



「(バイバイ!)」



 俺が呆れていると、蠅村は小さく手を振って、そそくさと教室から出ていった。俺は蠅村を見送ることはせず、イスを引いて再び着席すると、教室の前方上部の壁掛け時計を見た。


 あと二分くらいしたら出よう。

 そう思い、俺は何気なしに教室内を見渡す。教室内にはまだ何人かの生徒が残っていた。ある者は談笑していたり、ある者は部活動の準備をしていたり……そしてある者は、教室の外から俺を睨みつけていたりしていた。

 というか藤原だった。

 別々のクラスだから気軽に教室内に入ることもできないし、コミュ障なので誰かに話しかけて俺を呼んでもらう事も出来ないから、ああして遠くから念を送っているのだろう。

 そういえば話がある、とかなんとか言っていたっけ。

 正直、神通力や陰陽道関連の事について、これ以上掘り下げるわけにもいかないし、掘り下げる気もない。かといって、このまま無視するのも忍びない。

 ……仕方ない。手招きだけでもしてみるか。

 俺が手招きすると、藤原の顔はパァと明るくなり、嬉々として教室内に足を踏み入れてきた。



「フハハハハハ! 我を呼んだか、従者よ!」


「……まあ、呼んだっちゃ呼んだかもな。それで、用は何?」



 わかりきったことを訊く俺。しかし、そんな俺に対し返ってきたのは意外な返答だった。



「先程……貴様が語らっていたのは、もしや件の転校生ではないか?」


「転校生……? ああ、もしかして蠅村の事か」


「蠅村と言うのか……小物……否……気配を……消……」



 藤原は『蠅村』の名前を何度も反芻するように、口元に手を当てて考え始めた。ついでに何やらブツブツ言ってる。

 なるほどな。いくら厨二病を患っていても、藤原は思春期の男子高校生。隣のクラスとはいえ、可愛い転校生は気になってしまうのだろう。

 だが、俺はここで心を鬼にして『やめておけ』と言わなければならない。たしかに顔はいいかもしれないけど、あいつはあくまで魔物で、現魔王軍最高幹部の一人。


『ひと夏の、誰でも経験する甘酸っぱい恋の火傷』


 ──なんて生易しいもので済むはずがない。身を煉獄の炎で焦がされ塵ほどの自我をも保てなくなるほどのトラウマを心に、魂に刻み込まれるだろう。友達としても、良識ある人間としても、ここは注意喚起をしておかなければ。



「あの蠅村という転校生……従者と懇意であるように見受けられたが、どのいった間柄なのだ?」


「……なんだ、蠅村が気になるのか」


「いや、気になるというよりもアレは──」


「やめとけやめとけ。少なくともあいつは……蠅村は、藤原の手に負えるようなやつじゃない」


「ム。……彼奴はそれほどまでに強大だと言うのか?」


「強大? うーん……なんというか……外面はいいかもしれないけど、そんじょそこらのとは比べ物にならないほど……まあ、強大なんだろうな。わかりやすく藤原の言葉を借りるなら」


「たしかに只者ではないと感じ取ってはいたが、まさか従者をもって、そこまで言わしめるとは……ッ」


「とにかく、そもそもの話、藤原ってあんまりそういう経験ないだろ?」


「な、なぜ我があまり経験を積んでいない事がわかった!?」


「なぜって……そりゃ何となくわかるだろ」


「さ、流石は従者だ……ひと目でそこまで見破ってくるとは……!」


「いや、たぶんみんな普通にわかると思うけどな」


「そんなワケが……いや、フフフ、我を謀ろうとしているな? もしくは従者なりの善意か……」


 善意です。


「……そんな訳だから、藤原がいきなり蠅村に行くのは危険だし、はっきり言って自殺行為だと思う」


「たしかにこの件、我の手には余るだろう……しかし、我としても見過ごすわけには……むむぅ、そうだ! ならばこの件、我が従者に任せてもよいだろうか?」



 任せる?

 何を任されるかイマイチよくわからないけど、藤原が手を引いてくれるのならそれに越したことはない。ここは同意しておいたほうがいいな。



「ああ……俺に任せてくれ。バッチリけじめをつけてやるよ」


「フフ、流石頼もしいな。我が至らぬばかりに世話をかける。この埋め合わせはいつの日か、必ずや」


「そんなのいいって。それよりもホラ、蠅村なんて忘れて、藤原は新しい子見つけて来いよ」


「承知した。我には我なりに出来る限りの事はしよう。……では、よろしく頼んだぞ我が従者よ。くれぐれも深追いはするな」


「あ、ああ……わかった」



 まさかそれを藤原に言われるとは……。

 俺が了承すると、藤原はグッと親指を突き立て、教室から出ていった。


 それにしても藤原のやつ、変に物分かりが良かったな。普通、自分の好きな人が『なんかやべーから諦めろ』なんて言われたら多少はムッとしたり、反論してくるけど、そんな素振りが一切なかった。

 藤原も言ってたけど、経験がないからどうしたらいいか、わかってないだけなのかもしれない。そういう俺も経験したことないけど。


 でも、そうなってくると、俺って藤原の初恋を潰したことになるんだよな。なんかそう考えると、今になって罪悪感が……いやいや、でも魔物と付き合って大やけどするよりは何万倍もマシだろう。たぶん。


 ……そういえば結局、神通力や陰陽道とかいうのに触れてこなかったな。まあ大方、蠅村の事で頭がいっぱいだったとかだろう。



「……あ、やべっ!」



 何気なしに時計を見ると、結構時間が経っていた。藤原と予想以上に話し込んでしまったようだ。俺は急いで立ち上がると、未だ生徒が残る教室を後にした。

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