第6話 勇者の帰宅


「家。俺の家」


「なんか説明雑じゃねえ……?」


「誰かさんにボコボコにされたからな」



 目が腫れ、ほとんど塞がっている視界に心配そうなローゼスの顔が飛び込んでくる。

 軽くじゃれてくるだけかと思いきや、まさか体重の乗った打撃が飛んでくるとは夢にも思わなかった。

 さすがに骨折まではしていない(と思いたい)が、内出血や口内の裂傷がひどい。

 そして今は不破よりも三柳よりも、なによりローゼスが怖い。



「んな根に持つなって。謝ってんじゃん」


「謝るくらいなら最初からやるな」


「それはそうだけど……」



 閑話休題。

 いま俺たちは、俺の家の前にいる。

 俺が生まれるよりも前から建ってある、すこし古めの木造建築一戸建て。

 宅地開発に取り残され、閑静な住宅地からかなり浮いている俺の家。

 そんな前時代の遺物ともいえるような家屋だが、いまは懐かしさを通り越して、感動すら覚えている。

 一体なんだこの感情は。



「……って、うわっ!? マコトおま……泣いてんのか!?」


「な、泣いてなんかないやい!」


「なんだその口調。……でもわるい、まさか泣くなんて……」


「気にするな。それにこれは涙ではなく、目から分泌されるただの体液だ」


「……人はそれを涙と呼ぶんじゃないのか?」


「そうかもしれない」


「……哲学の話か?」


「いや、ただの言葉遊びだ。深読みするな」


「……まぁ、気持ちはわからなくはねぇけどよ、いきなり泣くかね」


「仕方ないだろ。不可抗力だ」


「おまえ、相変わらず情緒不安定だな……」



 ローゼスに軽く傷つけられたところで、肩をポンポンと叩かれる。

 なんだろうと思い振り向くと、俺の頬に蠅村の人差し指がむにりと突き刺さった。



ふぁんふぁなんだふぉのこのひゃめっへ茶目っ気



 さっき俺が蠅村の頬をつまんだ仕返しのつもりだろうか。

 俺が軽く困惑していると、蠅村は悪戯ぽく笑い――


「(バイバイ)」


 彼女は手のひらを軽く開閉させて、そのまま夜の闇に紛れていった。



「……ローゼス、蠅村あいつってあんなキャラだっけ?」


「いや、わからん。魔王軍のやつらとはじっくり話したことねェからな」


「そうか」


「でも案外、根はああいう性格なのかもな」


「そもそも不破ボスがあんな調子だからな」


「自然と部下も変な性格になるってか」


「まぁ……」


「……って、今はそれよりも気になることがあるよな」


「ああ。俺の実家が既に割れている」


「……これ、どう思う?」


「普通に考えたら『いつでもおまえの大事な家族を殺せるぞ』とか『協力しなかったらわかってるよな?』的な脅しのニュアンスだろうな」


「そうなるな」


「でも、とりあえず、今のところ・・・・・魔王に〝敵意がない〟という事がわかっただけでも収穫じゃないか」


「今のところは、ねぇ……。どうすんだ、マコト」


「なにが」


「あいつらに協力するかどうかだよ。あのときは前向きに見えたけど……」


「たしかにあいつらの動向を近くで監視できるのはデカい」


「じゃあ?」


「……が、よく考えてみればそれだけだ。俺たちが協力するメリットはない」


「だな。使えるかどうかをあたしらの判断に任せるってのも、なんかうさんくせえよな」


「ていうか、そもそも不破はまだ取引の席にすらついてないからな」


「だよなぁ……せめてあいつらの目的がわかればなぁ……」


「不破の言ってた人族との共存はどう思った?」


「さあな。嘘じゃあねえが、本当のことも言ってない感じだった」


「そうか……」


「どうした? なにか引っかかるのか?」


「なあローゼス、おまえは本当に不破たちが、部下の後始末をつけるためだけに、この世界に来たと思うか?」


「どうだろうな。マコトは他にも目的があるって考えてんのか?」


「……〝居場所がない〟」


「あ?」


「不破のやつ〝居場所がない〟みたいなこと言ってたよな」


「言ってたな。でも、引っかかるようなことか? 戦争が起きちまったんだから、魔族があの世界に居場所がないって感じるのも無理はねえ……って、まさか、あいつらこっちの世界に?」


「わからない。あくまで推測だ。それに──」



 〝ぐぅぅぅ~……!〟


 俺の腹ではない。ローゼスだ。

 ちらりと見ると、彼女は口をへの字に結び、頬は真っ赤に紅潮させていた。

 いかにも『あたしじゃねえ』と言わんばかりである。



「とりあえず、飯にするか」


「……いいのか、あたしが邪魔しても」


「ローゼスが遠慮するなんて珍しいな」


「茶化すなよ。久しぶりの再会だ。誰だって遠慮する」


「久しぶりっていっても、親からすれば今朝ぶりだけどな」


「バカ。あたしはマコトのこと言ってるんだ。……さっきも泣いてたし」


「わかってるよ。……でも大丈夫だ。そもそもローゼスが邪魔なワケないだろ」


「……恥ずかしいこと真顔で言うのやめてくれるか?」


「ローゼスが邪魔なワケないだろ」


「変顔はやめろ。つか、マコトっていままでツレを家に呼んだことあんのか?」


「なんだ急に」


「いや、あたしが急に邪魔したら、マコトの親の心臓がとまるんじゃねえかって思ってよ」


「……どういう意味だよ」


「ほら、マコトって友達いなさそうじゃん」


「喧嘩売ってんのか……」



 〝ガラッ〟

 俺は無礼なヤツを無視し、玄関の引き戸を開けた。

 決して図星を突かれて動揺していたからではない。


 ていうか、田舎じゃないのに、相変わらず家の扉に鍵はかかっていな――



「これは……」


「うん? どうかしたかマコト。……まさか魔王が――」


「いや……よかったなローゼス」


「へ?」


「今日はうまいもん食えるぞ」


「……お? もしかして〝かれえらいす〟ってやつか!?」



 ◇



「ぷはー! 食った食った!」



 夕食後の俺の部屋。

 高校球児並みの食い気を発揮したローゼスが、俺のベッドの上に足を投げ出し、満足そうに腹をさすっている。

 俺はというと、せまいベッドの上にローゼスと並んで座るわけにもいかず、キャスターの付いた椅子の上で胡坐をかいていた。



「いや食い過ぎだろ」


「いいじゃねえか。マコトの父ちゃんも母ちゃんも喜んでたし」



 結果から言うと、俺の家族はローゼスを快く受け入れてくれた。

 たしかにその派手な見た目からみんな最初は戸惑っているように見えたが、彼女の社交スキルのおかげで、打ち解けるまでにさほど時間はかからなかった。



「にしても、うめえな〝カレー〟ってやつは」


「だろ。カイゼルフィールのメシも悪くなかったけど、やっぱり故郷の味が一番だな」


「ああ、あっちでずっとマコトが食いてえって言ってたのも納得だよ」


「……で、どうすんだ?」


「なにが?」


「寝床だよ。おまえ、このまま俺のベッドで寝るつもりじゃないだろ」


「あ? べつにいいだろ?」


「ダメに決まってるだろ。ふたりで寝れるほどベッド大きくねえよ」


「だ、だだ……だれが一緒に寝るつったよ! 妙なこと考えてんじゃねえ!」


「妙なこと考えてんのはおまえだろ」


「あ、アホか! んなモン考えるか! ……てか、マコトはそこで寝てろよ」


「この椅子でどう寝るんだよ……」


「根性でいけんだろ」


「ならまずはローゼスが根性見せてみろよ」


「……てかさ、ひとつ思ったこと言っていいか?」


「なんだよ。椅子では寝ないぞ」


「これ、一日交替制だとかなりキツくねぇか?」


「……キツそう」


「ずっとこっちにいられるマコトならともかく、こんなに気力体力を消耗すんなら、毎日カイゼルフィールから足手まとい呼び出すようなもんだぞ」


「だよなぁ……メイナなんて泣きそうだし……」


「とりあえず、そのへん含めて姫さんに相談したほうがいいんじゃね?」


「そうだな。他にもいろいろと報告したいこともあるし」


「そこらへんはマコトに頼めるか? まぁどのみち、あたしに通信魔法なんて使えないわけだが……」


「おう、任せとけ。……でも、その前に──」



 俺は椅子から立ちあがると、部屋の扉の前まで歩いていき、一気に扉を開けた。

 いままで扉を支えにして聞き耳を立てていたのだろう、父さんと母さんと姉ちゃんが一斉に俺の部屋になだれ込んできた。

 父さんと母さんはすぐさま部屋から出ていったが、一番下になっていた姉ちゃんは逃げ遅れてしまったようで、気まずそうに俺とローゼスの顔を見ている。



「……何してんの」


「あ、あはは……あいむふぁいんせんきゅう……」


「平気そうには見えないけど……」

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