第4話 豊穣の神 暴食の蠅


「あ、あたし……が、何……?」



 突然魔王に指をさされたローゼスはが首を傾げている。



「……どういう意味だ。ローゼスがどうかしたのか」



 ここに居るローゼスは間違いなくローゼス・バンデット。その人のはずだ。特殊な要因が絡んでいたり、何者かに幻覚を見せられていない限りはあり得ないし、俺もローゼスも、それらの手に引っかかるほどマヌケじゃない。

 それか、これは魔王の出まかせで俺たちの仲間割れを狙っているかだ。もしそうなら──



「あまりよく知らないから、簡単に自己紹介してくれないかなー……って」


「あ、あのな……、ややこしい言い方するなって」


「いやあ、ごめんごめん。なんというか……勇者クンの事はよく知っているんだけど、盗賊クンの事はよく知らなくてね。せっかくだから、これから仲間になる子の事は知っておきたくてね」


「……は? おい、いつあたしが仲間になるって言ったよ」


「あれあれ?」


「『あれあれ?』じゃねーよ。なんで俺の目の前で、俺の仲間を引き抜いてんだよ」


「引き抜くも何も、すでに私たちは同じ目的を持った仲間でしょ?」


「仲間? おいマコト、こいつ何言ってんだ……?」



 俺にもわからんし、こいつは……この魔王は何を考えてるんだ?



「しょ~がないなぁ、盗賊クンは」


「……なんで急にダミ声?」


「君たちの目的は、この世界に逃げてきた私の部下をやっつけるためだろう? 違うかい?」


「そうだけど……」


「で、私の目的もその部下にお灸を据える事。……なら、私たちはもう共通の目的を持つ、仲間って事になるんじゃないかな?」


「いやいや、そうはならねェだろ。マコトもなんか言ってやれ」


マコト・・・……か。ふむ、そうか。どことなくキミたちと壁を感じるなと思ったら、『勇者と魔王』なんて他人行儀な名前で呼び合っていたからだね」


「実際魔王と勇者なんて、他人行儀でいいんじゃない?」


「いいや、ダメだね。こんなところに気を配れないようじゃ何も成し遂げることは出来ないよ」


「なんか仲間になる前提だな……」


「呼び名呼び名……そうだ! いいかい、私の事は親しみを込めてダーリンと呼んでくれ。そして私も勇者クンのことを愛情をこめて、ダーリンと呼ぼう」


「バカ?」



 ローゼスがツッコミになっていないツッコミを言う。



「うん、我ながらナイスアイディア! ホレボレするひらめき!」


「俺は普通に嫌なんですけど」


「まったく、この照れ屋さんめ! ならしょうがない。勇者クンのことはマコトクンと呼ぼうじゃないか」


「ま、まぁ……、それくらいなら許容範囲……じゃなくて! 仲間の件について有耶無耶にしようとするな!」


「私の事は不破ふわさんって呼んでよ」


「無視かよ! ていうか、なんで不破?」


「ルシファーだとちょっと堅苦しいんじゃないかと思ってね。ルシファー……るしファー……ふわあー……不破! みたいな感じで、私の名前をもじって言い直してみたんだけど……どうかな?」


「どうでもいい」


「なら決定だね」


「しまった。同意とみなされて可決しちゃったよ」


「ふふふ、マコトクンもまだまだだね」


「なんかもうすでに馴れ馴れしいな。……まあ、いいや。とりあえず、マジでこのまま流されそうだから、これだけは言っておく。俺たちに、魔王の……不破の仲間になるつもりはないからな」


「これっぽっちも?」



 不破はそう言うと、人差し指と親指でちょっとだけ隙間を作ってみせた。



「それっぽっちも、だ。不破がその提案をしてくる理由はわかった。不破の言う通り、俺たちの間に共通する目的があるのも確かだろう。だけど──」


「ストップ! 今、ここで結論を出す必要はないよ」


「どういう意味だ」


「そのままの意味だよ」


「たとえここで俺がハッキリと言わなくても、答えは変わらないと思うけど?」


「なあに、こちらだってマコトクンたちにタダで協力してもらおうなんて思ってないよ。明日までには何か取引に使えそうな手を考えておくさ。いざとなったらこの仮面を──」


「仮面を取って、魅了チャームでの洗脳か? 悪いけど、その対策は取らせてもらうから意味ないぞ」


「いや、この仮面をあげようかなって」


「いらねえよ!」


「レアモノだぞう?」


「うそつけ。普通に縁日とかで普通に売ってるやつだろ」


「たはー、バレたかー」

 


 不破がピシャリと、自分の額を仮面の上から軽く叩いた。

 この間に俺はちらりとローゼスを一瞥する。ローゼスは俺の視線に気が付くと、小さく肩をすくめてきた。ローゼスからは特に思うところはないみたいだ。


 ここまでのやり取りで、何度か仕掛けてくるタイミングはあった。だから不破に俺たちを攻撃する意思がないのはわかった。しかし、これは勘だが、不破は何か大事なことを隠している。……というよりも、意図的に言わないようにしていると表現したほうが正しいか。

 それが何なのかはわからないけど、答えを急かしてこないのは助かる。どのみち、協力する必要性は今のところないからな。

 ……助かる・・・。か、随分と相手のペースに持ち込まれたな。



「とりあえず、答えは先延ばしにしてもいいって事だな?」


「うん。……いやまあ、強引に話を進め過ぎた感は否めないからね」


「それくらい、不破も焦ってるって事だろ。何に焦ってるかはわからないけど」


「おっ! 察してくれたかい? そういうことだよ。鋭いね、マコトクンは」



 核心をついたと思ったのに、不破は一切の動揺を見せてこない。ここまであっけらかんとされると、色々と勘ぐってしまう。

 それが狙いなのか、本当に何もないのか……どのみち、これ以上アレコレと考えても無駄。ドツボに嵌るだけだ。

 結論の先送り。

 これが、今の俺が採れる最善の策だろう。それに──



「生まれて初めての転移だ。転生とは違って、体や頭、精神への負担もそう少なくはないはず。マコトクンたちの体は、マコトクンが思っている以上に疲労を蓄積している。先刻さっきの戦い……ではないね。じゃれ合いで、私の不意打ちを受け流せなかったのがその証拠さ。思考力も判断力も鈍っているキミたちに、これ以上無理強いをするつもりもない。だから今日のところはお家に帰って、美味しいご飯を食べて、懐かしのベッドでぐっすり寝て、それからまた明日会えばいい」


「……ここまで心を読まれると気味が悪いな」


「おっとごめんよ。マコトクンに嫌われることは極力しないつもりだし、したくないんだ。だからこれ以上、余計なことは何も言わない」



 ガチャガチャ──

 ガラッ──

 鍵が開き、駄菓子屋の扉が開く音。来客かと思ったが、そうじゃない事を即座に理解する。

 悪寒。

 不破との会話で弛みきっていた脳が、体が、一気に緊張するほどの禍々しい魔力。おそらく目の前の不破と同等クラス。

 だが、それを感じたのも一瞬だった。



すずー! こっちおいでー!」



 不破の間の抜けた声が、禍々しかった魔力を消し去る。

 やがて、俺たちがいる部屋に現れたのは女の子だった。サイドテールで黒髪の、普通の女の子。女の子は俺とローゼスを見ると、はにかみながらペコっと頭を下げてきた。

 そして、よく見ると俺と同じ学校の制服を着ている。

 さっきの魔力はこの子のものなのだろうか? 一体何者なんだ?

 俺は不破に説明するように視線を送った。



「紹介しよう、蠅村鈴はえむらすずだよ。マコトクンと同じ学校、同じクラスなんだけど……覚えてないのかな?」


「同じクラス……?」



 俺の記憶力は良いほうではないけど、悪いほうでもないと思う。名前と顔が一致しないという事は多々あるけど、クラスの人間の名前も顔も、なにひとつとして心当たりがないのは流石におかしい。それになにより、『蠅村』なんて珍しい名前を忘れるだろうか。

 ──いや、ない。

 同じクラスの生徒ではない。不破は間違いなく嘘をついている。だとすればこの蠅村という女子は一体──



「ちょっと待てよ、蠅村鈴……蠅……ハエ……もしかして、ベルゼブブか?」


「正解!」


「いや、正解じゃねえよ。ていうか不破、おまえこの状況でよく嘘つけるな」


「ん? 嘘じゃないよ? 鈴は間違いなく、マコトクンと同じクラスに所属しているからね。いや、正しくはこれからか所属することになる、かな」


「はあ?」


「ま、それはおいおいね。という事で、改めて紹介しよう。こちらベルゼブブ改め、『蠅村鈴』。キミたちもご存知の通り、私の部下のひとりだ」



 蠅の王ベルゼブブ。

 魔王ルシファーの側近にして、魔王軍の中ではルシファー、サターンに次いで三番目の実力を持つ魔物。魔力だけならルシファーとほぼ同格。本気じゃないとはいえ、こいつとは戦ったことがある。

 だけど、その時のベルゼブブって確か──



「デカい蠅……だったよな……?」



 俺がそう指摘すると、ベルゼブブは顔を真っ赤にして俯いた。



「……なんで照れてんの?」


「やーいやーい、マコトクンってば照れられてやんのー」


「なにそのノリ」


「とまあ、冗談はこのくらいにしておいて……、鈴、二人をお家まで送ってくれるかい?」


「(こくこく)」



 不破に言われるとベルゼブブは無言で二度頷いた。



「お、おい待てよ。ベルゼブブについての説明とか、まだ他にも訊きたい事とかあるんだけど」


「今日の話は終わりと言っただろう? まあ、マコトクンにはいい返事を期待しておくよ」


「いや、でも──」



 不破にずいっと距離を詰められ、不意に伸びてきた人差し指に口を塞がれる。お面がなければ吐息が当たるような距離だ。



「私の言う通り、今日のところは早く帰ったほうがいい。最近はこの辺りも物騒になってきてるからね」


「……?」


「それに、なぜ私があの場所に居たのか、賢いマコトクンならわかるだろう?」



 まさか、サターンも俺が戻ってきた事に気付いてるのだろうか。だからこそ不破は先回りしていた……?



「ふふ、上出来だ。……では、また明日──」

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