第3話 軽いノリ
「やあやあ、ひさしぶり、勇者クンと盗賊クン。こんにちは……魔王ルシファーです」
そこにいたのは『まおー』と平仮名で書かれた白いティーシャツに、ヨレヨレのデニムを穿き、仮面バイカー(日曜日の朝八時にやっているヒーローもの)のおもちゃの仮面をかぶった女性だった。
「ふ、不審者!?」
「不審者じゃない。仮面バイカーだ。……あ、ちがう。魔王だってば」
「てンめェ魔王……こんなところで何してンだ!」
背後にいるローゼスが大声で魔王を威嚇する。ローゼスはローゼスで順応が早いな。
「まぁまぁ盗賊クン、まずは臨戦態勢をときたまえ。私はね、君たちと殺し合いに来た訳じゃないんだ……よっと」
自称魔王はローゼスが投擲したナイフを
「殺し合いじゃアねェだあ? 不意打ちくれといて上等じゃねェか! コラ!」
「私としてはただ
「うっせェ! 避けんな!」
「やれやれ、なるべく激しい運動はしたくなかったんだけどね……」
自称魔王の纏っている雰囲気がより一層
まさに一触即発。
どちらかが動けば、どちらかが死傷するような状態。ここでローゼスに加勢して自称魔王を倒してもいいが、俺としては、なんでここにコイツが居るのかが気になってしまう。
だから、とりあえずここは──
「……ローゼス。話を聞こう。魔王に敵意はない」
「ハア? 敵意はない? 殺気はあっただろうが!」
「それについてはゴメンよ。ちょっとキミタチを
「……魔王もああ言ってるだろ」
「なら仮面を取れよ! 反省してるなら、せめて誠意を見せろ!」
「ごめんね、顔見られると爆発しちゃうから……」
「おいマコト、やっぱあいつ殺すわ」
「魔王も、適当な事ばっか言うなってば! ……それにな、ローゼス。本当に俺を殺すつもりなら、さっき俺を攻撃出来たはずだ」
ローゼスは舌打ちをすると、構えていたナイフを収めた。
「……それで? なんで魔王はこんなところに……えーっと……なんだ……ちがうな……」
「おやおや、突然言い澱んで、どうしたんだい勇者クン」
「いや、その……訊きたいことが多すぎて、何から訊けばいいか混乱してる」
「アッハッハッハ! なるほどなるほど! たしかにね! 勇者クンに訊きたいことが多いように、私だって話したいことが多すぎる。だからどうだろう、ここは私たちのアジトに案内されてみないかい?」
「あ、アジト……?」
「お茶くらい出すよ、安物だけど。けど、これがおいしいんだ。駄菓子によく合う」
うんうんと唸る自称魔王を尻目に、俺はローゼスに視線を送った。
さきほどまでイラついていたローゼスはどこへやら、呆れかえった表情を浮かべている。俺はなるべく悟られないようにため息をつくと、魔王に向き直った。
「案内してくれ、そのアジトってところに」
◇
魔王に案内されたのは、ネットで『駄菓子屋 昔』と検索すれば一番上に出てきそうな、古き良き木造建築一戸建ての一階を改良した駄菓子屋だった。俺たちはその駄菓子屋の店内を奥まで進んだところにある、四畳半一間の部屋にいた。
部屋の真ん中にはちゃぶ台がぽつんと置かれており、そこに俺と──
ダボダボのパーカーとホットパンツに着替えたローゼスが座っていた。
ローゼスがなぜ着替えているのかというと、自称魔王が
たしかに怪しさ全開だったが、そのお陰でここまで(その見た目からすこし目立ちはしたものの)無事にやってくることができた。
ちなみに魔王は今、駄菓子屋の前に群がっている子どもたちの対応に追われていた。
「おーい、ガキンチョたちー! 今日はもうお店閉めるから、とっとと帰りなさーい!」
すこし遠くのほうから魔王の声と、子どもたちのブーイングが聞こえてきた。魔王はここで、いったい何をしてるんだ。
「……ローゼス、この状況どう思う?」
敵地の真っただ中での作戦会議。呑気なものだとは思うが、自称魔王に敵対してくる素振りがないのも事実。たぶん聞かれているのだろうけど、俺はあえてローゼスの意見を伺ってみた。
「いける」
「は?」
「いける! なあ、マコト! この駄菓子ってやつ、なかなかいけるな!」
ローゼスは手当たり次第に店の陳列棚から取ってきた駄菓子を、バリバリと貪り食っている。こいつはこいつで一体何をしてるんだ。
口の周りには海苔やゴマ、カツの衣なんかをつけながら、無邪気な目を俺に向けている。
「んむ!? むぐぐぅ……っ!?」
急いで食べ過ぎて菓子が喉に詰まってしまったのか、ローゼスは自分の胸をドンドンと叩き始めた。
「いやいや、盗賊クンの場合だと、
自称魔王の声。その声ともに湯飲みがどこからともなく、ずいっとローゼスの目の前に差し出される。ローゼスはそれを受け取ると、一気に飲み干した。
「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁーっ! うンまァーい!」
「死にかけたのに第一声がそれかよ」
ドン、とちゃぶ台の上に『MAOH』と書かれた湯飲みが置かれる。いろいろツッコミたいけど、ここまで自己主張が激しいとなんだか笑えてくる。
「いつまでも『自称魔王』って呼ばれるのはアレだからね。いい加減本物の魔王だって気づいてほしいんだよ」
「……俺の心を読むな」
俺がそう言うと、
「そうそう、それでいいんだよ」
「だから読むなって」
この適当なのは魔王ルシファー。
俺たちにとって、最強にして最大の敵……だったやつだ。カイゼルフィールでこいつの名を出そうものなら、誰もが恐れ
だが、ふたを開けてみれば、この通りただの変態だった。
ちなみに、カイゼルフィールを支配しようとしていたのは
──という風に、コイツから聞いている。
本当のところは正直、俺にはさっぱりわからないし、何を考えているかもわからない不気味なヤツ。というのが俺の印象。
「さて、質問したい内容はまとまったかな? 遠慮せずに訊いてほしい。……ただ、駄菓子のほうは遠慮してもらえると助かるな」
魔王はそう言うと、ローゼスの持ってきていたお菓子をすべて没収した。ローゼスはそれを止めようとはせず、ただ切なそうに黙って見送っていた。
「色々あるけど、まずは……なんであんたがこっちの世界にいるんだ?」
「そりゃ部下の後始末をつけるためだよ。上司としてね」
「サターンの事か」
サターン。
魔王軍の幹部にして、魔王と人間を亡き者にし、カイゼルフィールを手中に収めようとした張本人。直接的な面識はないが、俺たちと魔王が戦わない事がわかるや否や、異世界へ退避するという危機察知能力と行動力がずば抜けて高い厄介な魔物。
今回の俺の目的は、こいつを討伐することにある。
「そうそう、サターン。そんな感じの名前だったね」
「なんで忘れてんだよ……」
「せっかく人との分かり合うために頑張ってきたのに、私たちは、君たちと共存するのが不可能なくらい信頼を失ってしまった。地の底だ。居場所がないんだ。いまもカイゼルフィールに残された同胞たちは人と会うのを避け、隅っこの掃き溜めに肩身を寄せ合って、ちゅるちゅると、一日三食のそうめん生活を強いられている。だからせめて上司として、魔王として、あの子にお仕置きをするのさ」
「つまり落とし前をつけに来たと?」
「物騒な言葉だね。でもま、そんなとこかな」
「次の質問だけど……なんで駄菓子屋……?」
「子どもが好きだからね」
「……本心は?」
「人間の信頼を勝ち取るにはまず純真無垢な子どもから。大人は基本的に警戒心が強い。得体の知れないモノを見れば、第一に警戒、第二に通報されるだろう?」
「通報されたのか……」
「ああ、ビックリしたよ。
「……どうやって抜け出してきたのかは訊かないでおく」
「助かるよ。……で、大人は警戒心が強い。だからこその駄菓子屋さ。子どもたちは三度の飯より駄菓子が好き。それに駄菓子屋といえば、子どもたちのたまり場なんだろ?」
「いや、間違ってはいないんだろうけど……その情報古くないか?」
「ふふふ、私だって勉強しているのさ。そして、たまり場であるのだから、ひいきにしてくれる。そうすれば、いずれ大人たちとの会話の中にも出てくるだろうし、よっぽど変な事をしなければ、そこから自然と大人たちも警戒を解いてくれるんだよ」
「なるほど。つまりその安っぽいお面も、子どもの心を掴むための戦略ってわけか」
「まあね、それもあるね」
「それ
「うーん、なんて言えばいいのかな……ま、勇者クンも知っての通り私は美しい」
「……何の話だ」
「過ぎた美しさは争いを生む、そして争いはまた混乱を引き起こす。引き起こされた混乱は混沌といううねりとなり、やがて破滅へと至る……」
「話が見えないんだけど」
「要するに、私の顔面が凄まじく美形だから封印してるって事だよ」
たしかに最初見た時はこの世のものとは思えないほど……というか、今まで見てきた
人(こいつは魔物だけど)を見ているというよりも、綺麗な風景や絵画を見ているような、そんな感覚だった。
「だからってよ、それ自分で言うのかよ」
ローゼスがツッコんでくれた。
「ふふふ、たしかに
魔王はそう言いながらちゃぶ台の前に正座すると、仮面をすこし上へずらして茶を口に含んだ。僅かに覗く唇は茶に濡れてほんのりと紅く、妖しい光沢を放っている。
「……ね? 見惚れちゃっただろ?」
その声にハッとなり、魔王に向き直る。
「だ、だれがこんなダサい恰好の奴に……!」
「ひどいなぁ、私は気に入っているんだけど」
とはいえ、たしかに仮面を取っていたらと考えてしまうと、直視出来ていないと思う。
「もういい。わかった。この話はここで終わりにしよう」
「オーケー、了解だ。私としても、これ以上勇者クンを誘惑して、告白されても困るからね」
「だ、だれが……!」
「さて、そちらの質問ももう打ち止めかな」
「え、まだあるんだけど」
「では、こちらのターンといこう」
「聞けよ」
「そうだなぁ。私のは質問というよりも、先ずは──」
魔王はそう言うと、人差し指でローゼスを指さした。
「君たちは……いや、そこの君はいったい何者だい?」
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