第2話:世界樹と有翼人(詩・童話・その他)


 私は世界樹せかいじゅだ。人々は私のことを宇宙樹うちゅうじゅと呼んだり、ユグドラシルと呼んだり、あま御柱みはしらと呼んだり、色々な呼び方をする。

私のは、……むやみやたらに、背が高いことだろうか。無駄に長く生きてしまったせいで、たけばかりが高くなる。


 ところで。

 私みたいな、動けない木偶でくぼうにも、たまには役に立つことがあるらしい。

 月に一度、気まぐれに。片翼かたよくを失った有翼人ゆうよくじんが、私の頭に乗りに来るのだ。


「──じぃさん。今日もよろしく」


 この日。彼は夕暮ゆうぐれ前に来た。


***


 曰わく、彼は詩人らしい。

 私の天辺てっぺんから見える景色が、創意を刺激すると言う。


「よっ……と」


 彼はヒョイ、ヒョイと身をこなし、あっという間に、私の頭に辿たどり着いた。


「ここからの夕日。綺麗きれいなんだよね」


 彼は、私の一番高い枝に腰を下ろすと、時折、健在けんざいの片翼をばたつかせながら、目当ての時間を待った。


 私の天辺からは、穏やかな海と、開けた空が見える。

 にじの橋がかることもあれば、星の涙が振ることもあるし、人魚が跳ねることもあれば、帆船はんせんが波の花吹雪を見せることもある。



「──」



 彼は、スゥッ。と息をんだ。

 ここからは、彼の時間である。



「──薄暮はくぼに染まる浮き雲に、斜陽しゃよう梯子はしごりる頃

 ──火影ほかげに追われた海鳥うみどりが、紅差べにさす海をでていく



 ──そよぐの葉のささやきに、代赭たいしゃ水面みなもが寄せる頃

 ──風はらして雲を過ぎ、空に薄紅色うすべにいろを押し流す



 ──あかねいろめく夕凪ゆうなぎに、光の道が通る頃

 ──西日にしび火照ほてなぎさきわに、細波さざなみが遊ぶ



 ──とばりを引き込む黄昏たそがれに、裾野すそのかる頃

 ──紫雲しうんを吹き抜く微風そよかぜが、金波銀波きんぱぎんぱ夕波ゆうなみを呼ぶ



 ──真っ赤にやすらぐ海原うなばらに、緋色ひいろ珠玉しゅぎょくける頃

 ──千紫せんうんり合う薫風くんぷうが、万紅ばんこうぬくもりを告げる



 ──余光よこうの香る薄闇うすやみに、光が一粒ともる頃

 ──よいの見守る蒼前そうぜんに、淡く潮のあわおどる     」



「……」


 とっぷりと日が沈み、水平線も光をひそめ、星空が天宮てんきゅうを覆う頃。

 彼は、ヒョイと私から飛び下りた。


「ありがとう。これから推敲すいこうをして、それなりの作品に仕上げるよ」


 彼は、ゆっくりとした足取りで去って行く。

 私は、少しだけ木の葉を風に揺らしてみる。


「……」


 彼は立ち止まり、私に振り返る。


「……鳥たちを導く海風うみかぜも、てんを融かす太陽も、千変万化せんぺんばんか大空おおぞらも、足が付かない海原も。翼の折れた翼人には、ただ眺めることしかできない遠い世界だよ」


 いたずらに背の高い私には、うつむいた彼の表情をうかがい知ることはできない。


「でもね……」


 彼は、溜息ためいきとも微笑ほほえみとも付かない息をらす。


「……僕の詩は、僕の羽根よりも、僕の気持ちを遠いところに運んでくれるから」


 それだけ言うと、彼は夜陰やいんの地平に消えていった。


 月が君を照らすには、今しばらくの時間が必要だ。

 気を付けるんだよ。と、私は木の葉を風に揺らす。


 ──また来るよ。


 彼の声が、朗らかに答えた。











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