自主企画3本掛け持ち全集
七海けい
第1話:デジタルカメラと、洋館と、僕(ホラー)
迷彩ズボンに白シャツ一枚の僕は、愛用のデジカメを片手に、
この時点で、僕の趣味はお察しだろう。
そう。僕の趣味は、心霊写真の撮影だ。
幽霊写真
「……」
僕は、強烈な日射と猛暑を我慢して立ち止まり、
日差しで色あせた草木の向こうには、昼でも薄暗い
フラッシュ機能は、OFFにしておく。
彼女が、嫌がるからだ。
僕は、無人の林野にシャッターを切る。
かちゃん、とん。
熊蝉の騒々しさに比べると、随分と
「今日も可愛いよ」
僕は、デジカメに写る彼女に言った。
夏日に
*
僕のデジカメは、少女を写す。
この世にいない、少女を写す。
流れるような黒髪に、白を基調にした服装。
その場所には、絶対にいないのに。
僕のデジカメを介すと、存在する。
僕以外の誰のカメラにも、彼女の姿は絶対に写らない。
このデジカメ以外のどのカメラにも、彼女は写らない。
つまり、彼女はこのデジカメだけに見える幽霊なのだ。
ちなみに、声は知らない。
僕のデジカメには、録音や録画の機能も付いているけれど、シャイな彼女は映りたがらない。画面の隅に体育座りをして、顔を隠してしまう。無理矢理近づくと、指の間から瞳を
彼女は、身体の一部を消して写真に写ることもできる。ポルターガイスト現象を起こしてもらったり、首や腕だけを見せたもらったり。そういう芸当もできる。
すっかり彼女に
「あそこか。……」
林道の脇に、築数十年はあろう2階建ての洋館──
流れる汗もそのまま、僕は小走りで、その
「……」
僕は殺風景な中庭に入り、ぐるりと辺りを見回す。
そして、デジカメを外扉に向ける。
かちゃん、とん。
デジカメのシャッターが、
僕は、撮れた写真を確認する。
彼女は外扉の脇に立ち、ピースをして写っていた。
「次は、もうちょっと怖いヤツを頼むよ」
僕は苦笑気味に、洋館の内扉を開けた。
*
洋館の内部は、思っていた以上に生ぬるく、そして、意外と明るかった。所々の採光窓から差し込む夏日が、辺りに
でも、僕の目的はそれじゃない。
僕は、今にも崩れ落ちそうな
「よし……」
僕は、デジカメを夜景モードに切り替え、螺旋階段に向けた。遠鳴りする熊蝉の声に惑わされず、僕はデジカメを構える。
かちゃん、とん、
「……」
周りが静かなせいだろうか。
シャッター音が、いつもより大きく聞こえた。
僕は期待を胸に、撮れた写真を確認する。
「うん、凄く良い感じ」
彼女は螺旋階段の後ろに現れ、逆さ吊りになり、首から先だけを覗かせている。垂れた黒髪と、澄ました無表情がいかにもそれらしい。
「じゃあ、次、行くよ」
それから僕は、何十枚という数の写真を撮った。一階のロビーは、想像していたより広かった。螺旋階段の上端に、彼女の
彼女は、僕が漠然と思い描いたイメージを察してポーズを取り、演じてくれる。彼女は、とても気が利いて、器用な女の子だ。僕が
「ふぅ。そろそろ、最後の一枚にしようかな」
僕は、画面の中で微笑む彼女に呟いた。おどけた様子で振り返る彼女は、まるで本物のカノジョのようだ。
僕は、廊下の最奥にある個室の扉を開けた。
チリン。と、扉の上に付いた呼び鈴が鳴る。
一脚の丸テーブルに、背の低い
「子供部屋、かな」
僕は、ペンライトを片手にシャッターを押す。
カチャン、トン。
僕は、撮れた写真を確認する。
「──っ」
そして、ギョッとする。
写真に写っていたのは、彼女ではなく、ベッドに腰掛けた
「……?」
僕は、再び画像を見る。ペンライトで照らされた老婆の
「……っ、あれ」
僕は、部屋のタンスを見た。
さっきまでそこにあったはずの西洋人形が、2体とも見当たらない。
「何だ……っ?」
僕は急に不安になり、部屋の外に目をやった。いつの間にか、屋敷の中は随分と暗くなっている。吹き抜ける生暖かい風が、か細い音を鳴らす。気付けば、熊蝉の声も静まっている。代わりに、
ドドドドドド……
遠雷が
「……
僕は、気味の悪い部屋を後にする。僕は、頼りない
どうせ雨宿りをするなら、出口が近い方が安心だ。
「……、それから」
カチャン、トン、
螺旋階段までの、暗がりの中。僕は、ペンライトの明かりを頼りにシャッターを切った。
兎にも角にも、彼女の存在を確認するためだった。
「──なっ、……」
撮れた写真を見て、僕は足を止める。
廊下の、ちょうど僕の目の前を写した写真に、真っ赤に濡れた西洋人形が立っていたのだ。そいつは、膝丈ほどの身長に不釣り合いなほど長い黒髪を垂らし、額の辺りから、滝のように血を流していた。
「……っ?」
僕は戦慄して息を呑み、目を見開いた。頭の
当然、僕の目の前に血濡れた西洋人形はいない。
「……」
僕は、腹を
──ドォオオオオオオオオン……、、、、!
途端、僕の心を挫くような雷が、洋館の近くに落下した。
「……っ」
僕は身を竦め、螺旋階段に目をやりつつ背中を壁に預ける。
カタカタと震える膝を押さえながら、廊下の最奥を見やる。
「……やっぱり、誰もいない……よな……?」
僕は譫言を呟きながら、デジカメを廊下の最奥に向ける。
そして、震える指でシャッターのボタンを押す。ほぼ同時に、雷撃が洋館の柱をビリリッ! と揺らした。閃光の中、僕は焦って連写する。
カチャン、トン、
カチャン、トン、
カチャン、トン、
イーッ、 ジジッ
デジカメが動作不良を起こした。レンズのピントが合う前に、次の写真を撮ったからだろう。
僕は一度デジカメの電源を切り、入れ直す。
そして、撮れた写真を確認する。
「──っあ、」
僕は、間抜けな声を漏らした。画面に写っていたのは、赤髪の西洋人形だった。白雷に照らされたそいつは、片手にシーツのようなもの引きずって廊下の真ん中に佇んでいた。だが、それがシーツでないことは、すぐに分かった。それは、彼女のワンピースに違いなかった。
「何で……っ」
僕は、半ば反射的に次の写真を確認する。
そこには、老婆と彼女が写っていた。杖を突いた老婆の足下に、血塗れた彼女が転がっていた。彼女の頭からは、黒髪の代わりに血が流れ、その死に顔は、人形の物とおぼしき金髪の鬘で覆い隠されていた。
「嫌だ……」
僕は、腰を抜かしながら廊下の奥に目を向けた。ペンライトで照らすより先に、雷が廊下を照らす。
座り込んだ僕の目の前には、あの老婆が立っていた。老婆は僕を見下ろすなり、杖を逆手に振り上げ、怯える僕の喉を一突きにした。
***
僕が目を覚ましたのは、病院だった。
何でも、僕は熱中症になり、林道で倒れていたらしい。僕を助けたのは、林道を通りがかったキャンパーだったと言う。
母親からは、こっぴどく叱られた。──8月の猛暑日に、水も持たずに外出する馬鹿がいるか! ご
病室での療養中。僕は、デジカメの記録を見た。あの日、洋館で撮った写真は、何もかも消えていた。代わりに、覚えのないデータが一つ、メモリに残っていた。
「……動画?」
僕は、恐る恐るムービーを再生した。
流れてきたのは、老婆の濁声だった。
『──……お前さんは、……少しばかり熱を入れすぎた』
画面は、暗くてよく見えない。
老婆の声だけが、再生される。
『──まぁ、多感な年頃の少年には、
「どう言う意味だよ……」
僕は、震える声で反駁した。
『──調子に乗ると、あの手の怪異は霊威を増す。持ち主を取り込み、日常生活を侵蝕する』
「……?」
『──なまじ、悪意がないぶんタチが悪い。無邪気は無害に非ず。幽霊と付き合うなら、よくよく肝に銘じておけ』
「…………?」
『──今回は、これで勘弁してやる。……次は知らんぞ』
ここで、動画は終了した。
そして、
「っ!」
かちゃん、とん。
デジカメのシャッターが、
音に合わせ、フラッシュもド派手に炸裂する。
「……何なんだよ、本当に……」
僕は、思い切って撮られた画像を確認する。
新しく増えた写真には、病室の隅に佇む、彼女が写っていた。
彼女は、申し訳なさそうに下を向いていた。
***
8月の末。
僕は、愛用のデジカメを持って、洋館があった場所を訪れた。
「……」
洋館があった場所は、想像通り、ただの空き地になっていた。
僕はペットボトルの水を呷ると、デジカメを構え、シャッターボタンを押した。
かちゃん、とん。
ただの空き地を写した写真には、フリル付きの日傘を差した彼女が立っていた。流れるような黒髪と、純白のワンピースを風になびかせている。開けた背景には、青々たる大空と、立ち上る入道雲が見える。
「……、似合ってるよ。その傘」
そう言って、僕は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます