第100話 えびすの牡蠣は三個以上

 三人はカキ小屋の敷地へ吸い込まれるように入っていった。広い駐車場の奥に大きな小屋が建っている。

 糸島半島は西側の糸島市に有る漁港複数箇所と、東側のここに漁協所属漁師や漁協直営のカキ小屋が有る。福岡市側は漁獲量減少で安定して生産出来なくなったイリコに変わる物という事もあり、カキの養殖を始めたのが糸島市よりも遅かった。しかしカキ小屋を始めたのは糸島市よりもやや早く、早い段階で仮設テントから常設の建物へと変わった。漁協直営という事もあってか、糸島市側のカキ小屋よりも個性や派手さは抑え目になっている。

 ――黄色い建物の色以外は。

 前は地味な灰色だったが、近年塗り直したようである。

 建物の奥側に有る出口近くに駐輪場が設けてあるので、そこに自転車を停めて入口に戻ってくる。

 入口の横には顔ハメパネルが設置してあった。

 穴は二つ。ここには三人。

「光先輩、今回は私が撮りますよ」

 今回は愛紗がカメラ係を名乗り出た。

「え、いいの?」

 それに戸惑うのは光先輩。

「どうぞどうぞ」

「そう言うなら……ユリ、撮ろうよ」

 光先輩と結理先輩が顔をハメる。

「はーい、撮りまーす」

 愛紗はスマホのシャッターボタンを押した。

 顔をハメたのは、結理先輩がカキのブランドにもなっている恵比須様。

 そして光先輩は開いた瞬間のカキだった。

「いや、なんであたしがカキなのよ。せめて生き物にしてよ!」

「光先輩、カキも活物いきものじゃないですか」

「字が違うし! じゃあ、人間にしてよ」

「みっちゃん……恵比須様も人間じゃない」

「……そっか。そう言われりゃあ、そうだな」

 光先輩が納得した所で、店内へと入る。

 入口近くには平型のオープンショーケースが有り、中にはカキ以外の材料が並ぶ。会計の近くにはザルに盛られたカキが有り、最後に炭代と材料費を合わせて支払う。材料は後から追加で購入も可能。

 結理先輩は持ち帰り用のカキの佃煮も買っていた。

「この佃煮が……ここに来たかった一番の理由」

 との事。結理先輩がそう言うと、佃煮が気になってくる。

 そして三人は焼き台へ。

 カキ小屋は炭火、ガス火、薪火に分かれる。それぞれメリット、デメリットが有るので、どれが一番とも言えない。カキ小屋は元々カキの販売所で味見の為に薪火で焼いたのが好評となり、風雨をしのぐ為に小屋となったのが始まり。なので薪火が元祖に近い形とも言える。

 ここの焼き台は炭火を使っている。水分を出さず食材をパリッと焼き上げる炭火は、カキ以外を焼く際に活きる。

「って、カキってどう焼くんですか?」

 焼き台に備えられたベンチに座り、愛紗が言う。

「食のコトはユリ先生でしょう」

「ん?」

 結理先輩がそう言われて顔を上げた。焼き網の上には、すでに魚の干物が載っている。

「いや、早いな!」

「焼き上がるまでに時間がかかるから……カキ以外は生で食べたいぐらい」

「ナマはやめよう、ナマは」

「よっ! 網奉行様!」

「江戸時代の狩猟か!」

 結理先輩はその他野菜等のカキ以外の食材を焼き網に載せた。

「本日の主役……登場」

 タスキはしていないが、主役のカキを最後に焼き網へと横向きに置いた。カキの殻には平面と曲面が有り、最初は平面を下にして置く。

 少し待つと、カキの先から熱い汁が噴き出した。これが横向きに置く理由。

「カキ汁ブシャー」

「梨ではない。ていうか、カキ汁熱いからシャレにならない」

「ふかっきーなんてゆるキャラ、どうですか?」

「その『ふ』はどこから来た」

 ここで結理先輩がカキをひっくり返す。その状態で待つと、カキが表の顔ハメパネル程ではないが、カパァと開いてきた。

「そろそろ……いいかな」

 カキナイフを殻の中の平面部分に沿って動かし、貝柱を切って殻を開くと、沸騰するカキ汁に浸かる身が現れた。

「完成……焼きすぎると身が小さくなる」

 結理先輩が手早く殻の片面を外していく。カキの殻剥き作業でも出来そうな手際の良さだった。

 網からカキを下ろして、買っておいたレモンを絞る。

「そう言えば、なんでカキにはレモンなんですかね」

「美味しいから」

 それ以上の理由は要らなかった。

 口の中に入れると、カキ汁の磯の香り、カキ独特の香り、ほんのりレモンの香りが口の中で広がっていく。噛めばぷりっとした食感。

「おいしいんですけど」

「カキ小屋って人気でテレビとかでもよく取り上げられるけど、今なら分かる。うまいわぁ」

「はぁ……」

 いつもは感情が表に出ない結理先輩も、口元が緩んでいるのが分かる。

 気が付けば、次のカキが網の上に載っており、他の食材もひっくり返されていた。

 いつの間に……。

 三人とも、焼き上がった物からどんどん食べていく。

 予想外に美味しかったのが、ふわっとした身の干物。光先輩が選択した物だったが、これは当たりだった。

「もう大丈夫かなぁ……」

 そう言いながら光先輩が箸で摘まんだのは、ニンジン。見た目は網に載せた時とあまり変わってないように見える。

「人参は難しい……焼きすぎるとパッサパサになるか、焦げる」

 もう載せてから時間は経っている。水分をあまり飛ばしたくは無い。

「よし、行ってみるかぁ」

 光先輩はニンジンを口の中に入れたが、動きが止まってしまった。

「くうぅ……ナマだ。ウサギの気分だよ」

「バニーコスでも……する?」

「いや、なんでよ、ユリ。おかしいでしょ」

「ウサギの気分になれば……火が通って無くても問題ない」

「そうね。それなら問題ない……ワケあるかぁ!」

「バニーコスなら、結理先輩の方が似合いそうですが」

 愛紗も光先輩も、結理先輩を見る。結理先輩は視線を感じたのか、ウインナーを頬張りながら二人の顔を見た。

「いや……多分サイズが無い」

 それはどっちの意味だろうか。

 身長的な話?

 それとも……。

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