第99話 誘惑の海鮮丼

 三人はオレンジと緑と赤のコンビニで休憩を終えて出発した。

 ここからしばらくは、住宅ときどき畑というのどかな風景が続く。さっきまで何も無い風景だった分、とても賑やかに感じる。

 先ほど通った元埋立場の道、玄海サイクリングロードの松原へも行ける旧道の方へ行けば、もう少し風景が違うらしい。バスも通る道で、畑と住宅と個人商店と小学校という風景なのだそうだ。

 しばらく走っていると、松林が見えてきた。この松林の右手前に入っていく道が、玄海サイクリングロードの松林コース出入口。起点から走ってきた人も、案内も何も無いこの道は知らなければ、真っ直ぐ県道を進むだろう。

 県道の松林に入ってすぐ、右側に大きなゲートが見えた。ここは大原おおばる海水浴場の東入口。松林の向こうに海水浴場が有り、ここともう少し先の西入口の二ヶ所にゲートが有る。大原海水浴場は三キロ続く長浜海岸の西端に存在している。

 市内には五ヶ所の海水浴場が有るが、他には能古島に一ヶ所、志賀島に三ヶ所となっている。

 松林は大原川に架かる新大原橋まで続く。

 新大原橋を渡ると、白亜の元リゾートホテルを改装したマンションが見える。

「あぁ……」

 後ろから感嘆の声が聞こえてきた。

 理由はすぐに分かる。マンションの前には大きな看板が有り、大きく桶のような器に盛られた海鮮丼の写真が載っていた。ここは平日でも行列の出来る人気の店だという。

「あぁっ」

 その海鮮丼の写真を見て、再び感嘆の声が漏れる。

 結理先輩が誘惑に負けそうになっている。

 こういう時は話題を変えるに限る。

 なにか話題が無いか探していると、今津橋以来の久々に博多湾が見えた。

「うーみーっ!」

 少し先、岬かどうか分からないが博多湾側に突き出た場所に、木々の集まる場所があった。

 さっきのパターンから考えると……

「あっちに有るのは、神社ですか?」

「正解! 白山しらやま神社だよ」

 と光先輩。

 木々の間に石鳥居が見えた。

「え、オーシャンビュー神社?」

「オーシャンビュー……いや、確かに真ん前は海だけどさぁ。そばまで行けるけど、どうする?」

 光先輩の質問に、

「行きたいです」

 即決。

「よし、決定っ!」

 光先輩は海岸線に沿って、海鮮レストラン手前の道へ入る。アーチ型車止めが有るが、二輪なら通られる。

「あぁ……」

 再び後ろから感嘆の声。理由はもう分かる。この海鮮レストランだろう。

 しかし海鮮レストランをすぎれば――今度はオーシャンビューのカフェ。

 誘惑多いな。

 カフェの前を過ぎると、白山神社に到着。

 鳥居の前には小さな広場が有るが、その前はもう海だった。博多湾は思ってたよりも透明度は有って、海の中が多少見える。

 海を隔てて、先ほどの白いマンション。その後ろには山が見える。

「あの山、どこか分かりますか?」

「えー……位置的に呑山のみやまじゃないかなぁ、多分。今津運動公園横にある。山さんならズバッと答えられるんだろうけどね。徒歩でも乗っても山登るの好きだから。あたしはまだまだだから」

 四階建てマンションの後ろに立つ山は、そこまで突き出た感じが無い。そんなに高くない山だろう。

 左を見れば、毘沙門山が見える。右には柑子岳。この柑子岳が一番高い山に見えるが、標高は二五四メートル。低山の部類に入る。

 こうして見ると、やっぱり山が多いなと思う。

「良かった……」

 立つ二人の前、海へと続く階段の所に座る結理先輩が呟いた。この階段はなんの為に付いているのか、よく分からない。海への片道切符……ではないと思いたい。

「私……一人で何回かチャレンジしたけど、毎回途中の誘惑に負けてカキ小屋までたどり着けなかった」

 結理先輩って意外と心が弱いなぁと思う。

 でも、一人でカキ小屋行こうなんて、別の意味で心が強いと思う。私には無理だ。

「今回はみっちゃんや平田さんのおかげで行けそう」

 少しの間、波の音だけがその場に響いていた。

 そして、結理先輩が口を開いた。

「――――ありがとう」

「いいくすりです!」

「いいフンイキが台無しだよ! 愛紗ちゃん」

「いやぁ、だって『ありがとう』と言えば『いいくすりです』と続くしか無いじゃないですか」

「もっとあるわ!」

 結理先輩の顔は見えないが、肩が上下へと小刻みに動いていた。どうやらつぼにハマったようである。

「あっ!」

 愛紗は声を上げて動きを止めた。

「どうしたの?」

「まだカキ小屋に着いてないんだから、食べる前に飲む方?」

「そういう問題じゃねぇよ」

「というか、あとどれぐらいで着くんですか? だいぶ走ってきた気がするんですが」

 今回はずっと走っているので、とんでもない長距離を走っている感覚になっていた。

「もうちょっとかな? 今で二十キロぐらい走ってるはず」

「二十キロ……」

 目的地までの距離としては一番長い。だが、今回は起伏の少ないルート。脚にはまだまだ余裕が有る。

 二十キロと聞いて、

(そんなものか……)

 と思ってしまった。

 いや、今までが坂の多いルートばかりだった。今回のようなルートなら、もっと長い距離でも問題無く行けそうな気がする。

「行こう」

 そう言って立ち上がる結理先輩。

「おなかすいたの?」

 光先輩が聞くと、結理先輩は振り向いてから、黙って頷いた。

「ユリが倒れたらいけないから、行こっかぁ」

「そうですね。でも、この先に誘惑は?」

「無い」

 結理先輩の力強い言葉。

 それなら安心だ。

 三人は元の県道へ戻ってきた。ここから県道を再び北へ進む。

 実際の玄海サイクリングロード、県道六一一号線は海鮮レストランの裏側の道らしい。が、その道の入口には百メートル先に車両通行止標識が有るという規制予告標識が建っている。

 やはり完走の難易度が高いのか? 玄海サイクリングロード。

 三人はそのまま両側が草木で覆われた県道五四号を進む。

 右側の草木が無くなって海が見えてくると、右側に細い道が見えた。これが県道六一一号線。こちら側には規制標識や規制予告標識が無い。この道路がどうなっているか、不明だ。

 前方、遠くには博多湾に浮かぶ釣り台が見える。

 これが海づり公園だ。釣り台が博多湾に突き出た有料の釣り場で、


 釣れる!

 釣れない……。

 初心者なら。

 ベテランでも狙いが決まっているなら。

 隙間から硬貨落とした!


 と人によって評価は様々である。

 曲がりくねった県道を進むと、魚の絵が描かれた海づり公園の入口が見えてきた。

 その向こう側に、大きなカキの写真が載った看板が見える。

 目的のカキ小屋に到着である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る