第98話 健二
三人は姪浜駅南口の市道を進んでいく。
南北に走る県道の姪浜大通りへと出てきた。交差点を渡った所に西区役所が有る。
「でかっ!」
西区役所は十階建てのマンションと一体型になっている。これは住宅・都市整備公団の公団住宅と共同の建物。福岡市では珍しい話ではない。中央区役所、先ほど見た城南区役所、近年博多警察署裏へ建て替えた博多区役所以外は、公団住宅と一体になっている。早良区役所が日本住宅公団時代の古い建物なのは、そこが昔の西区役所だったからである。
姪浜渡船場が河口に有る名柄川を渡ると、県道の
十郎川を渡ると、
博多湾沿いには多くの松原が有った。多くは防風林として江戸時代に植林された物だったが、生の松原は元寇の様子を描いた『蒙古襲来絵詞』にも有り、鎌倉時代にはすでに存在したようである。
その後、松原の多くは都市化や埋め立てで伐採されて消えていったが、生の松原は九州大学の実習林という事も有って、現在でも残っている。
海側だけに有った松原は、壱岐神社の参道付近だけは沿道が住宅になって松原が一旦消えるが、交差点を過ぎると左右ともに松原へと変わる。手入れしているのかどうかは分からないが、左右に生える松は車道を覆う事も無く、空が見える。さっきまでより雲が減ってきているように思えた。
松原を抜けて大きな病院の先からは、右側の博多湾と道路との間に視界を遮る物が無くなった。
「ひゃっはー! 新鮮な海だぁー!」
「新鮮じゃ無い海ってどんなのよ!」
真横の博多湾上には島が見える。位置からして能古島だろうか。思ったよりも大きく見えた。前方には山が見える。
「あの山は?」
「あれが
能古島で見た山だ。
道路は海岸線に沿って走る。
海側は歩道が有り、ガードパイプの向こうには博多湾が広がる。
山側は路側帯だけで、一段高い場所を筑肥線が通っている。車道は山を避けるように回っているが、筑肥線は
一番最初に開通した軌道は道路の端を通っていた。その後、山側に現在の筑肥線が造られ、軌道の姪浜から東は路面電車に。姪浜から西は廃線となった。
「あー、だからこっち側は歩道無いんですか」
「うん。違うと思う。舗装もされてない九十年以上前の話だし」
長垂公園の入口を過ぎると、先の方に白い砂浜が見えてきた。
長垂海浜公園である。昔は長垂海水浴場と呼ばれていたようで、昭和バスが走っていた頃は、近くのバス停が長垂海水浴場だった。
「砂浜有ると、より海感が高まりませんか?」
「分かるなー。ビーチあってこその海だよね」
「海の家が有れば……更に」
「海水浴場以外は海感無いんかい」
長垂海浜公園を過ぎると、一気に住宅が増えた。この先、左側へ入った所に
今宿駅の入口を過ぎると、市道千代今宿線の終点である今宿交差点に到着。右へ曲がり、県道五四号線へと入る。
玄界サイクリングロードに指定している為か、両側は先ほどの市道よりも広めの自転車歩行者道が設置してある。が、三人はそのまま車道を進む。
「自歩道走ってると、ワナにかかるからね」
と光先輩。
どんな罠だろう。
そう考えながら進んでいると、愛紗は信号機を見て衝撃を受けた。
交差点名の所に書いてあったのは『横浜』の文字。
「え? いいんですか?」
「なにが?」
「いや、だって横浜ですよ?」
「うん。福岡藩の年貢米蔵があったトコで有名だよ?」
「それは知らないんですけど」
「あっちの横浜って、ペリーが来た時に神奈川宿はマズイからって、のどかな漁村だった横浜に港を作ってから発展したんだよ」
「それも知らないです」
「有名な話だけどなぁ。コッチの横浜はココから大坂とか、各地に船でお米運んでたんだよ。それで唐津街道でね――」
長い。絶対ここからの話は長い。
こういう時は話題を変えるに限る。
三人は
「あれはなんですか?」
愛紗が聞くと、光先輩は右を見た。
「アレ? 八大龍王神社」
「龍王……なんか強そうですね」
「栄西が宋から帰ってきた時に嵐に遭うんだけど、無事に帰ってきたから水神様を造って納めたのが始まりらしいよ」
「さっきの駅前うさぎといい、中国からの帰りって嵐に遭う確率高くないですか?」
「昔は渡航手段が船しか無いから、命がけなんだよ」
飛行機なんてない時代の話。船しか無いのも当然だ。
今津橋を渡ると、右側に今津魚港や赤十字病院、八大龍王神社へ行く道路がある。玄界サイクリングロードと呼ばれる県道六一一号線はこの道を進んだ所に有るが、玄界サイクリングロードは真っ直ぐになる。その理由は、先に有る今津自転車休憩所にある。ここはちょっとした休憩所になっており、トイレや四阿が有る。また、鳥が多くいる今津干潟を眺める事が出来る。干潟は県道よりも内側に有り、しばらくは干潟沿いに道路は進む。
「すごく疑問なんですけど、玄海サイクリングロードって向こう側が起点ですよね?」
「そうだよ」
「そうなると向こうからこっちにくるので、休憩所って逆じゃないですか? 休もうと思ったら道路渡らないといけないじゃないですか」
「…………まぁ、向こうを起点に走る人の方が少ないから」
自転車休憩所を過ぎると、玄海サイクリングロードを走る人が曲がる信号が見えてくる。ここから外の海側へ行って長浜海岸の松原を抜けるのが、玄海サイクリングロードのようだ。案内が無いので、知らなければ松原を抜ける事も無い。
三人はそのまま県道五四号線を進む。
左の今津干潟が見えなくなると、急に殺風景な景色へと変わる。
右側は何軒か住宅が見える程度。左は二階建ての建物が有ると思ったら、汚水処理場だった。
汚水処理場を過ぎると、周囲は空き地だらけになってしまう。先ほどまでとは、明らかに空気が違う。
「この辺だけ、何かあったんですか?」
「あったのはあったよ。今津埋立地が」
今津埋立地はゴミの最終処分場。可燃物の灰や不燃物が持ち込まれる。現在はさらに北側に新しい埋立地を作っている。
そして、その跡地を利用して作られたのが、先にある今津運動公園である。芝生広場やアスレチックの他、多目的グラウンド、野球場、球技場、テニスコート、体育館が有る。
「はぁ……名前は聞いたことあるけど、ここに有ったんですね」
「普通は用事ないと、こないからね」
玄海サイクリングロード初心者向けの罠が、ここにある。
自転車歩行者道だからと安心して歩道を走っていると、そのまま今津運動公園沿って畑地帯へと連れていかれる。真っ直ぐ県道を行こうとしても、高い段差とガードパイプで行く手を塞がれてしまう。
密かに今津運動公園交差点の手前には自転車歩行者道ここまでの標識が有り、従わなかった人を容赦無く罠にハメるのだ。
「恐ろしいですね」
自分が何も知らずに一人で来ていたら、その罠にかかっていたかもしれない。そう考えると震えが来る。
「ココだけじゃないんだよなぁ、初見殺しのワナ。ココはスナオに玄海サイクリングロード走れば回避出来るけど、この先のワナは玄海サイクリングロード普通に走るとひっかかるからね。ルート選べば初心者向けなのに、ちょっと間違えると難易度上がるのが玄海サイクリングロード。一部の人にはご褒美だけどね」
一人で来ていたら罠にかかっていただろう。先輩たちと来られて良かった。
県道と畑地帯の分かれ道の所にはコンビニが有った。
ここで一旦休憩を入れて、先へ向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます