第97話 ぴょんぴょんバニー ナミトメール

 糸島半島へは、春休みを待たずに行く事にした。これには理由が二つある。

 まずは、三月がカキのシーズン終了時期で、カキ小屋がいつ今シーズンの営業終了をするか分からない事。下旬に入れば、カキ小屋は順次営業終了となっていく。なので、余裕を持って行きたかった。

 もう一つは、春になると日本海側に有りながら太平洋側の気候を持つ福岡も、雨の日が増え出す。短期間で天候が変わる為、週間予報で計画を立てても当日の天気が……なんて事も有る。

 逆もまた然り。雨だと思って予定を立てなかったら晴れるパターンも。

 なので、雨が少なく天候の安定した今の時期に行っておきたかった。


 と、この日を選んだのだが、今日はやや雲が出ている。

「あー、愛紗ちゃんの晴れパワーが破れる日が来たかーっ!」

「私も、初めてかもしれません……」

 思えば、いつも晴れていた気がする。今日は所々青空が見える程度。天気の分類上は雲が九割以上でくもりになるらしい。今は晴れかくもりか悩む所だ。

「だいたい、能古島の時に晴れてたのがキセキみたいなモンだからなぁ」

 日本海側のような空模様と太平洋側のような天候を組み合わせた福岡は、冬の時期はくもりの日が多く、寒さを加速させる。ただ、前回は晴れていたおかげでオキザリスが見事に開花していた。オキザリスの開花が無ければ、花の少ないパークでの出来事が寂しいものになっていただろう。

 そんなくもりを悲しむ二人の横で、結理先輩は空を見上げていた。

「……多分大丈夫」

 空を見上げたまま、結理先輩はポツリと呟いた。

「大丈夫ぅ?」

 結理先輩の言葉を怪しむ光先輩。

 今日の天気はくもりのち晴れ。天気予報を信じれば雲は無くなっていくのだろうか。にわかには信じる事が出来ないが、雲の隙間から日は射している。天気が良くなる予兆だろうか。

「まぁー、信じて行くっきゃないか。完全に晴れなくても、くもってないよりマシだと考えてさぁ」

 三人は糸島半島へ向けて出発した。


 福岡市の中心近い現地点から西の方へ行こうとすると、道路の選択肢はいくつかある。

 まずは市道の明治通り。旧国道二〇二号線になり、路面電車が走っていた道路。

 そして現在の国道二〇二号線。明治通りよりも内陸側にあり、玄海サイクリングロードの終点が有る道路。

 どちらも市の東西を結ぶ大きな道路だが、車もバスも多い。

 そこで、新しい選択肢。

 まずは前回能古島へ行く時に通った市道のよかトピア通り。明治通りよりも海側にある道路だ。比較的新しい道路なので、走りやすい。グーグル先生に自転車ルートを聞くと、このルートが提案される。確かに走りやすいが、やや遠回りになってしまう。

 なので、今回はこの三つとは違うルートを行く。

 それは、筑肥線の廃線部分を通る市道。

 筑肥線は当時の長崎線(大村ルート)経由で佐賀県の伊万里や唐津が博多と繋がっていたが、もっと早いルートを――と作られた路線。松浦川河口の東側に建てた東唐津駅と博多駅間の工事費が嵩んだ為に東唐津を市の代表駅とし、伊万里までは南側の川幅が狭い所に橋を架けて開通した。その後、直通運転を行う福岡市営地下鉄の開業や唐津市の中心部を通る、建設中だった呼子よぶこ線の流用で一部廃線となり、現在の形になった。

 福岡市側の廃線部分は一部が緑道になったものの、大半は道路として整備されている。

 今回はこの道路を通る。

 通ると言っても、全ては通らない。緑道の東側は南の方に有るので、緑道の西側の始まりとなる六本松ろっぽんまつから廃線跡を通る。

 廃線跡と言っても、片側一車線道路の沿道は低層マンションが林立し、鉄道が走っていたとは思えない。だが廃線になったと言っても、それは四十年近く前の出来事。そんな期間が有れば町も変わるだろう。

 少し走ると橋が見えてきた。欄干部分には大小二つのボックス動輪を模したモニュメントが付いている。廃線跡の道路橋でやや長い橋は鉄道を表す欄干になっているのだそうだ。那珂なか川、室見むろみ川、そしてこの樋井ひい川の橋が、このような鉄道を表す欄干になっている。

 橋を渡ると、今度は道路の上を通る大きな橋が見えてきた。これは筑肥線を越える為、一九七〇年に完成した別府べふ大橋跨線橋。廃線後も橋は残り、地下鉄七隈線別府駅シンボルマークのモチーフになっている。

 別府大橋をくぐってさらに進むと、城南区役所。この辺りは鳥飼とりかい駅が有った場所になる。周囲は区役所よりも高いマンションだらけで、駅が有った痕跡はほとんど無い。

 地下鉄七隈線が通る城南学園通りの北側に有る交差点を過ぎると、道が狭くなったように感じた。車道部分は狭くなっていないが、左右に有る歩道部分が半分ぐらいの幅になっている。沿道にはガソリンスタンドやスーパーが有り、区役所付近よりは階層の低いマンションが増えてきたように思える。

 七隈川を渡ると、個人宅の割合が一気に増えた。駅から離れた地域のせいなのか、元々そういう地域なのかは分からない。

 再びマンションの割合が増えてきたと思うと、大きな道路との交差点に出てきた。

 これは早良街道。秋はこの道路の南の方を走って、曲渕まで行った。

 早良街道を渡って進むと、低層のマンションやアパートが続く。

 と思ったら、左側に古い団地のような建物が建ち並ぶ。この辺りは社宅が多いらしい。

 そして、その向かい側が国鉄西新にしじん駅の跡。現在はJRの賃貸マンション・有料老人ホームで、隣にはコンビニとドラッグストアが有る。どちらもJRと関わりが有る店舗で、駅跡の土地を活用している。

 少し古い建物が並んでいた駅跡地域を過ぎると、ガソリンスタンドが再び見えてきた。

 しかも二軒。

 ブランドが違うので、コンビニみたいに違う店舗だったけど合併で同じブランドが固まった! という事では無いようだが、裏通りっぽい雰囲気なのにガソリンスタンドが多い。

 さらに進むと、片側二車線の大きな道路と交差する。これははら通り。原地区を通るので、そういう名前が付いているが、原と書いて「はら」と読むのは珍しい。多くの地区は原と書いて「はる」や「ばる」と読む。県内に原という地名は四ヶ所有るが、「はら」は福岡市と岡垣町、「はる」は筑紫野市と糸田町である。二文字以上であれば、ほぼ「ばる」になる。

 原通りを過ぎると、左手に団地が見える。昔から有る団地だ。

 団地を過ぎると、低層のマンションと戸建住宅が増える。この辺りの物件は「閑静な住宅街」と紹介される事が多い。

「げぇっ! 詰まってる」

 光先輩が叫ぶ。

 住宅街を過ぎると、橋の手前から車が渋滞しているのが見えた。先の方に有る上に都市高速が通る道路の信号でひっかかっているようだ。

「この先って何が有りますか? 姪浜めいのはま駅?」

「姪浜はもうちょっと先。多分愛宕あたご通りの右折か左折が多いんじゃないかなぁ」

「姪浜駅前の質店に人が殺到してる訳じゃないんですね」

「んなワケあるか!」

 なんとか橋まで来ると、欄干にはスポーク動輪を模したモニュメントが付いている。ここが室見川の室見川筑肥橋である。

 橋を渡れば愛宕通りが横切る。これは都市高速整備で出来た道路で、愛宕神社の有る愛宕地区を通るのが、通りの由来になっている。

 愛宕通りを過ぎれば、渋滞は無くなった。やはり、あの交差点が原因で車が詰まっていたようだ。

 市道は緩い左カーブを描いているが、ここを真っ直ぐ線路の方へ行くのが筑肥線の跡。市道はシームレスで別の市道と繋がっていた。

 駅が近いせいか、やや階層の高いマンションが目立つ市道を進むと、黄色い鳥のCMで有名な質店の本社。

 質店を過ぎれば、姪浜駅に到着である。

 姪浜駅は現在高架駅であるが、元々は駅の所に地上駅が有った。地下鉄建設や電化工事の際に南側に仮駅を造り、工事を行った。

 電化前は博多駅へ送るついでで急行型気動車を連結させたり、DE10に客車をひかせたりと、車両はバラエティに富んでいたようだ。乗客が多かった割には、投資しなかったせいでどの駅もひなびた駅舎やホームで、とても幹線扱いしていたとは思えない。

 今の姪浜駅は福岡市交通局の管轄で、その頃のイメージは一切無い。

「はぁ……着いたぁ……」

 なんとなくホッとする愛紗。

「いや、まだ最終目的地までの三割も走ってないからね」

 もうゴールしたような気分になっている愛紗の目に、青いモニュメントが飛び込んできた。波のような形のモニュメントに、金色の跳ねるうさぎが付いている。

「なんですか? あれ」

 光先輩もモニュメントを見た。

「アレ……多分竜王うさぎ伝説のモニュメントだ」

「竜王うさぎ伝説? ……ワニに仕返ししようと、うさぎが竜王に転生してオレツエー的な?」

「どんな話だよ!」

 光先輩の話だと、鎌倉時代に僧が中国で修行している時に、狼に襲われているうさぎを助けて連れていく事にした。

 その僧は中国からの帰り、玄海灘で嵐に遭遇。もうダメかもしれないと思っていると、うさぎがうねる荒波を止めてしまい、僧は姪浜へと無事到着。

 そして僧を助けたうさぎは光り輝く龍となり、天に昇って行ったという。

「――やっぱり転生してるじゃないですか!」

「いや、転生はして……るなぁ。いや、龍がうさぎに転生? ていうか、転生?」

「波を止めるなんて……間違いなくチート能力」

 昔も今も、人の考える事は基本的に変わっていないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る