第96話 超Locomotive(WACHSEN)
新しいパーツを付けると走りたくなる。
それは自転車乗りのサガ。
結理もまた、自転車乗りだった。
「慣らし運転も兼ねて……遠くへ行きたい」
「うん。それだと鉄道旅になっちゃうね」
国鉄の国内旅行キャンペーンの一環で始まった旅番組は、国鉄が民営化された今でも続いている。そして、視聴者の多くは非破壊検査株式会社の名前は知ってても何の会社か、よく知らない。少なくとも、ドミノの会社ではない。
鉄道旅――列車に揺られて遠い地へ行くというのも、悪く無い気がする。
しかし、ここは自転車愛好部。ただ鉄道旅に出かければ、鉄道愛好部になってしまう。自転車とともに行かなければ、意味が無いのだ。
「テレビとかでやってますけど、サイクルトレインって有りますか?」
愛紗が聞く。
「今は県内にはないね」
と、光先輩。
サイクルトレインは、自転車をそのまま列車に持ち込めるサービスである。
国内では戦前より客車デッキや車外に取り付けられた鮮魚台と呼ばれる荷台に自転車を載せていた鉄道会社が岡山に有ったが、戦後に国鉄との競合で廃線となった。その他では特別運行の列車以外では特に広まらなかった。現在はサイクルトレインを行っている鉄道会社は少ないながらも有るが、土日祝等曜日が決められている所が多く、通年行っている所は少ない。
西日本鉄道も二〇二二年三月末から天神大牟田線でサイクルトレインを本格実施するが、土日祝の特急列車限定で、事前予約制となっている。
「輪行――だと愛紗ちゃんがバラし組立の練習しないと」
輪行は分解した自転車を輪行袋に入れて、手回り品として持ち運ぶ手段である。
ナショナル自転車が『カバンに入るスポーツ車』として袋付きで売り出したランドナーのユニパック辺りから普及した方法である。その後鉄道会社の対応に紆余曲折が有ったが、現在では大きさ、重量、袋からはみ出さないというルールを守れば、ほとんどの鉄道会社で持ち込める。また、船などでもそのまま持ち込めば軽車両・特殊手荷物運賃がかかるのが無料になったりもする。
ただし、乗車、乗船前後に解体・組立が必要になり、その分時間が取られる。また、袋に入れて持ち運ぶので、重量が軽い車両の方が楽になる。
「解体・組立かぁ……」
例えば、前回行った能古島で船に乗る前、乗った後に解体・組立をする事を想像してみる。
定期運行している公共交通機関は、運行時間を届け出て営業している。早発は禁止されているので、その時間に出発する(状況によって遅延の場合有り)。
行きは時間を決めてそれに合わせて出発すればいいので、読みやすい。
問題は帰り。時間を考えなければ、もし出発直前に着いて目の前で出発するのを見るのは悲しい気分になる。かといって時間に合わせて行動するとなると、ずっと時間に縛られる事になる。能古島での船は朝夕以外は一時間に一本だったが、島に居た時は特に時間を気にしていなかった。
時間を気にするのはイヤだなぁと思ってしまった。楽しんでいる時ぐらいは、あまり時間に縛られたくない。
「……鉄道旅は諦めましょう」
「早いな、決断」
「なら自走出来る範囲で……遠くへ」
やはり遠くへ行きたい結理先輩。
「遠くかぁ……」
光先輩は足をバタバタし始めた。これは考えている時のクセだ。
「北は海。南は山。となると、東西。東は……山だよね?
戸次道雪も立花宗茂も大友氏に使えた戦国武将。新宮町は立花宗茂や大友宗麟を題材に大河ドラマを! と誘致活動を行っている。
「ユリやあたしのタイヤを考えると、あんまりハデな走りはできないよね。となると西……糸島?」
「そっち方面なら……行きたい場所が有る」
そう言うのは結理先輩。
「行きたい場所?」
光先輩の足がピタッと止まった。
「去年、平田さんが入部した時に行けなかったカキ小屋」
「あー」
去年の四月、どこへ行こうか話していた時にカキ小屋の話は出た。しかし、そこのカキ小屋は三月まで。当然行ける訳がない。
糸島半島の西側には多くのカキ小屋が有り、そちらの方がメジャーではあるが、こちらも三月から四月にかけて営業終了となる。
そもそも、初心者がいきなりそこまで行こうというのが無謀でしかなかったのだが。
「ソコ行くんなら、もうちょっと足伸ばそうよ。
「二見ヶ浦……?」
愛紗にはなんか聞いた事のある単語だった。
「霊園?」
「そっちじゃない! 海の方だよ。夫婦岩があって、鳥居ごしに写すスポットになってるんだ」
「映えスポットって奴ですか」
「映えスポットってヤツだね。もっと手前に有名なトコあるけど」
ここに鳥居が有るのは、夫婦岩が近くにある櫻井神社
そう聞くと、愛紗は夫婦岩が見たくなってきた。
「行きましょう、光先輩」
愛紗の目が輝いているのを見て、光先輩は
(決定だな)
と思った。ほどよい距離もあるので、タイヤを使い切るのには、ちょうどいいかもしれない。
「あっ!」
と短い声を上げたのは愛紗。
「そこまでって、どういう道ですか? 能古島から見えてた道ですよね? 山も見えてたのですが」
「道は……起伏は少ないね。山はいくつかあるけど、それを避けるように道があるし。でも、玄海サイクリングロードを終点から走ると、アップダウンの凄い道になる」
玄海サイクリングロードは県道六一一号線の自転車道と国道二〇二号線を合わせたサイクリングロード。玄海サイクリングロードとしては、糸島市との境から室見川までとなるが、大半の人は糸島市側にある二見ヶ浦を起点・終点にする。自転車道と言っても、大半は県道五四号線や国道二〇二号線の自転車歩行者道。一部は旧道を走るなどして県道から外れる。
「まぁ、正確な玄海サイクリングロードが分かる人って少ないから、玄海サイクリングロードを全部走る予定はないけど」
サイクリングロードを名乗ってはいるが、休憩所等に少し雑な地図看板が建っているぐらいで、途中の道路には案内がない。県道から外れた旧道ルートをネット上で紹介している人は多数いるが、人によってルートが多少違うので、どれが正解かはよく分からない。それもあって完全走破しようとすると、地味に難易度が高い。
「海沿いを走っていくから、すっごい気持ちいいよ」
「それは楽しみですね」
海沿いは開放感が有って、走ってて気持ちがいい。一番好きな道かもしれない。
「あとは……途中の誘惑に負けない強い心が必要」
結理先輩が謎な事を言い出した。だが眼差しは真剣そのもの。
なんだろう。
「どういう事です?」
「沿道、飲食店が多い」
「それ、負けるのユリだけ!」
結理先輩が誘惑に負ける飲食店……それはそれで、どんな店か気になるのだが。
「糸島半島かぁ……」
いよいよ陸地における福岡市の一番西まで行ってしまう。この部に入る頃には、まったく思いもしなかった。あんな遠い所まで行けてしまうなんて……。
――――遠い所?
ふと思った。
「あの……ひょっとして、今までで一番距離が長かったりします?」
「んー……往復で五十キロ越えるんじゃない? 初心者の壁とも言える距離だね」
「え……?」
まさか、この部室に来た時に「どんな距離だ!」と思った距離を、本当に走る事になってしまうとは……。
いいや、この一年の集大成として完走してみせる!
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