第94話 ノコのすけの野望

 いざなぎ石・いざなみ石の辺りからは地面に埋まった石も無くなり、再び自転車で走られるようになった。相変わらず落ち葉の道はタイヤが空転する。だが、乗って進めるだけマシだった。

 スピードは遅いながらも、三人は森の中を突き進んでいく。

「出たぁー!」

 森を抜けたのか、舗装路へと出てきた。真正面は果樹園で、左右に伸びる舗装路は左が下り坂、右が登り坂になっている。

「これ、どこですか?」

「見たコトあるから、多分展望台への道だね。だとしたら、右に進めばいいはず」

 光先輩の言葉を信じて、右の登り坂へ進む。勾配はキツ過ぎないレベル。これなら進んでいける。

 少し進むと、道路左側に展望台の木製矢印板が見えてきた。ルートは合っていたようだ。

 矢印板によれば、残りは三五○メートル。計算上は森が五〇〇メートルほどだったが、色々有りすぎてそんな距離だったとは思えなかった。

 さらに坂を登って行く。左右が樹木で覆われた森を抜けると、左側が開けて下の方に住宅が見えた。

 右には再び果樹園が有る。そんなイメージは無かったが、能古島は柑橘系の栽培が盛んなようだ。

 さらに坂を登って行くと、右の果樹園が終わる辺りで五差路が見えてきた。

 一番広い道は左斜め前の道路だが、急な坂の手前にチェーンが張ってあって進めない。

「ラストスパートだぁぁぁぁ!」

 テンションの上がってる光先輩がスーッと左へ曲がっていった。

 愛紗も五差路へ着くと、左側には今までより勾配の上がった坂が見えた。

「げぇっ! 坂っ!」

 左斜め前のに有るチェーンの左端の所に、展望台の矢印板が有った。

 残りは一〇〇メートル。もうゴールは近い。

 展望台までの道路中央は落ち葉の様な物が積もっているので、それを避けるように坂を登って行く。

 勾配は徐々に増していった。

「これ、一番、キツい、んです、けど!」

 愛紗は徐々に失速していくが、なんとか頑張ってみる。

「フンギーッ!」

 だが頑張りも虚しく、終盤の急勾配に耐えられずに完全失速。足を着いてしまった。

「これ、自転車で来るような所じゃないですよね!」

 そう叫ぶ愛紗の横を、結理先輩がすーっと走り去っていった。

「……なぜ、ああも違う?」

 ロードバイクならまだしも、同じクロスバイクのはずなのに。

 なんてここで考えても進まない。

 愛紗は急いでクロスバイクを押し、頂上まで登った。

 登り切ると、そこは雑草であまり綺麗とは言えないが、ちょっとした広場になっていた。奥に正方形の大きなベンチも見える。

 そして広場右側に高くそびえる展望台。十メートル程の四角い展望台をグルグル回るように階段が設置してあり、屋上まで続く。

「ちょっと待って下さい。休憩させて欲しいです」

 愛紗が言う。

 階段はふとももにダメージが来る。今すぐ登ると脚が逝くだろう。

 少し休憩を挟んでから、階段を登って行く。

 登りきった所に待っていたのは……。

「うはーーっ……」

 北の志賀島方面も。

 南の愛宕神社方面も。

 東の福岡タワーやドームが有る百道方面も。

 西の糸島半島方面も。

 島の各地で一方向しか見えていなかった風景が、ここでは全て手に入れる事が出来た。

 南側だけすぐ近くに背の高い木が有って少し邪魔だが、それ以外は概ね視界良好である。

「はぁ……世界を征服したような気分です」

「征服するな」

「でも、どの方向も見放題ですよ?」

 愛紗はその場でクルクル回り始めた。風景が横に流れて行く。

 しばらく回っていると、やがて世界が歪み始めた。

「はうぅ……せ、世界が回り始めましたぁ……」

「いや、世界は回ってないから」

 光先輩がフラフラになっている愛紗を支える。

「やはり地動説は正しかったんですね……」

「話が飛躍しすぎだよ!」

「平田さん……目に見える物が全て真実では無い」

「ユリ、話をややこしくしないで!」

 愛紗が落ち着いた所で、三人はまったりと景色を眺める。

 今向いているのは北側。目の前には志賀島。島南東の入口付近に有る志賀地区、西の弘地区、その間の金印公園が見えている。

「私たち、四月はあそこを走っていたんですよね?」

「そうだね」

「文化祭の頃には、結理先輩と西公園」

「次は片江展望台、日向峠、南畑ダムのいずれかにホットドッグチャレンジ」

「夏休みは光先輩と篠栗八十八ヶ所」

「いい坂の特訓になったんじゃない?」

「なってないんですけどね。そこ、ダメだったし。秋に入って先代部長含めて四人で太宰府へ」

「一番おいしい梅ヶ枝餅は決まらなかったねー」

「全部……買えばいい」

「食べきれねーよ」

「そして滝とダムを見に花乱の滝から曲渕へ」

「やっぱ、白糸の滝行きたいよねー」

「行くなら夏……そうめん流し」

「そして紅葉求めて手軽に行ける皿山公園」

「結局、あのイベント広場はナニをやってたんだろうね」

「約一年で、色んな所に行った気がします」

「まぁ、あたしらは少ない方だけどね。走る人はもっと多く走ってるよ」

自好この部に入らなかったら、多分こんな体験は無かったと思います。ありがとうございます」

「愛紗ちゃんが入ってくれたおかげで部が存続出来てるんだし。コッチがお礼言いたいよ」

「暖かくなったら、みんなでどこか行きましょう」

「そだね。まだまだ行くトコ、いっぱいあるよ」

「その前に、みっちゃんは学年末で頑張らないと……」

「いやぁー! テストのコトは言わないでー! せっかく忘れてたのにぃー!」

 光先輩は両手で耳を塞いだ。よっぽど学年末考査が嫌らしい。

「でも……このままだとみっちゃん平田さんと同じ学年になる」

「え、光先輩ってそんなに……」

 光先輩に突き刺さる、愛紗の憐れみの目。

「い、いや、ソコまで悪くないよ!」

「大丈夫です。同学年になっても頑張りましょう。勉強、教えますよ」

「いや、進級できるって!」

 まだ展望台に吹き付ける風が冷たい。

 春が待ち遠しいと思う。

 でも、本当に光先輩は進級出来るのか……。

「だから、赤点は取ってないってばぁ!」

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