第91話 Fool Riders
芝生広場の横に有る道路を通って突き当たりの六地蔵前から左へ進む。
左側に瓦葺きの建物が有るが、ここは休憩所。
屋根の下には、少しサビの目立つブルーのオート三輪が二台停まっていた。
ダイハツの一・五トン積みぐらいの大きなオート三輪。
そして軽オート三輪のMP型ミゼットである。
ミゼットは四輪トラックの隆盛で大型のオート三輪市場が縮小する中、小さな事業所向けにはまだ市場が有ると開発された軽仕様のオート三輪で、MP型は二代目にあたる。MP型は少しずつ改良されながら、一九七二年の撤退まで生産が続けられた。
これで日本内燃機製造、
この休憩所から先は、瓦葺きの少し古い感じの建物が並んでいる。
ここは大濠公園で開かれたふくおか'82大博覧会で建てられた明治・大正期の博多の町並みを再現したという思い出通りの建物や、明治期に建てられた古民家を移築したゾーン。喫茶店や駄菓子店、うどん屋などが有り、陶芸や絵付け体験も出来る。
門と道路をくぐるトンネルを抜けると、グラフィックデザイナー
そこから沿道に何本か水仙が咲く道路沿いに歩いて行くと、大きな芝生広場へと出てきた。
この広場の奥にはメインのお花畑であるパノラマ花壇が有り、菜の花やマリーゴールド、コスモスが季節を彩る。
日本水仙が咲き出すこの時期、お花畑はというと……
「うーわぁ……緑ぃ」
極一部咲いてしまった菜の花も有って黄色い所がポツっと有るが、まだまだ一面緑色だった。
「水仙の時期はどうしてもねぇ……」
このパノラマ花壇や南側のお花畑の合間の時期で、お花畑以外の部分でも花の少ないこの時期に客が少ない理由がよく分かる。
花壇前に設置された木製の『お花畑』看板が少し寂しそうに見えた。
少し離れたお花畑沿いに小さなウッドデッキが有った。咲いている時期は「ここから眺めてね」って事なのだろう。
ウッドデッキに乗ってみると、海の向こうの正面に島が見えた。どこかで見たような気がする。
「あの島って……」
「志賀島だね。アッチに砂州が続いてるし」
光先輩が右の方を指差した。島から細い陸地がずっと伸びている。
「ホントだ」
春に走った志賀島だ。
という事は、正面に見えているのは金印公園だろうか。金印が思っていたより小さかったのは覚えている。
九ヶ月前は向こう側の志賀島から能古島を見ていた。
あの頃は走るのに精一杯だった気がする。
特に坂。
志賀島の西側にある坂は、短いはずなのにとても長く、短いはずなのにとてつもなく苦しかった。
今はその見ていた能古島から、あの志賀島を見ている。
あの時よりも長い坂を登って。
周りの景色を見る余裕も有った。
苦しさは……志賀島ほどじゃない。より長い坂を登ったのにもかかわらず、だ。
なんだか変な気分になる。
成長、出来ているのかな?
「展望台……」
結理先輩がふいに呟いた。
結理先輩は右の方を見ている。そちら側には木製の大型アスレチックが有り、ニコンの望遠鏡が設置された展望台がある。
そこからは対岸が見えた。
あれは――福岡市だ。いや、ここも福岡市だけど。
空気が澄んでいるせいか、ハッキリと見えるので分かりやすい。
海の途中、左の方の陸地が突き出している所に円柱状のタンクが見える。西戸崎の油槽所かな?
「わっ! 向こうが綺麗に見える!」
「冬はお花が少ないけど、よく見える景色が一番の特典」
冬は空気中の水分が少なくなる事によって光の屈折が減り、より遠くまで見える。
澄んだ景色は今の時期しか味わえない。
この季節に来た人だけの特権である。
「で」
光先輩が歩き出した。愛紗は後ろをついて行く。
「この景色をさらに楽しみたい人のタメに用意されているのが――」
光先輩と来たのは、アスレチックの横にある木。大きく育っている。
「コチラでございます」
その木の枝からは二本のロープが垂れ下がり、木の板で出来たイスが取り付けられていた。
特製のブランコである。
ブランコから先は下り斜面になっており、眼下には博多湾が広がっていた。
博多湾を挟んで対岸には埠頭が左右に広がる。
正面は球状のガスホルダーが見えるので、恐らくは東浜埠頭だろう。
となると、左側は箱崎埠頭。
右側は博多埠頭。志賀島へ行く時に船に乗った場所だ。
イスに座って漕ぎ出すと、地面の無い空中へ放り出される。そのまま海に飲み込まれそうな気さえした。
「凄ぉい! このまま飛び込みたい!」
「死ぬわ!」
もし本当に飛び込んだとしても、斜面を転がって森に飛び込むだけだろう。
あの海は手が届きそうなのに、近いようで遠い。
絶景のブランコを堪能した三人。
ブランコから離れた所で、愛紗は気付いた。
「ところで、水仙ってどこですか?」
水仙が咲いているからとここに来ている。当初の目的はそれだった。
沿道にちょいちょい咲いてはいたが、案内図だとこの付近に咲いているはず。しかし周囲を見回しても、それらしい花は見当たらない。
「ああ、水仙アッチ」
光先輩が指差したのは、今居る場所から少し斜面を登ったレストランのテラス席の方だった。
「あれは……バーベキューハウス」
結理先輩がなんか反応している。
「え……水仙のバーベキュー?」
「んなワケねーよ。死ぬわ」
しかしその周囲を見ても、テーブルとベンチ席。よく育った樹木。そしてなんかの石碑しか見当たらない。
……まさかあのテラス席の下に隠しダンジョンが?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます