第90話 ふつうの おんなのこの ライドにもどれるのね
途中で道に迷いそうになりつつ、三人はヤギがいる方向へ向かっている。
……多分。
坂道を登って行くと、左側にブランコが並んでいる広場が有った。
木に竹竿が付けられ、そこからロープが下がってきて木のイスが取り付けられている。
そんなブランコがL字にいくつも並んでいた。
「これ、端っこの人が動くと反対の人が押し出されたりしますか?」
「ニュートンのゆりかごか! 横じゃなくて縦に動いて」
ブランコは正しい使用方法で。
「ブランコなら、先にもっといいのがあるよ」
「え? 良いブランコって…………金ピカとか?」
「シュミ悪いなぁ」
ロードバイクを金ピカにしている人には、言われたくない。
「まぁ、行ってからのお楽しみってコトで」
「なんだろう」
気になる。光先輩の「いい」って絶対金だと思ったのに。
「……何かある」
結理先輩が何かを見付けた。
結理先輩が見ている方向には、小さな木造小屋と金網フェンス。
近付いてみると、フェンスの中には耳が長くて毛がふわふわな動物が何匹もいた。
「うさぎさん!」
ようやく目的の動物ゾーンに着いたようだ。
うさぎは陽の当たる地面で身体をにょーんと伸ばしていて、つきたてのおもちのような身体が可愛らしい。
「かわいい~」
「ねぇ、こっちから入れるみた……い?」
小屋の方へ回っていった光先輩がゆっくりと足を止めた。
明らかに動きがおかしいが、何があったんだろう。
「一体何が……おぉう……」
そこに有ったキャラクターを見て、愛紗はたじろいだ。
入口の横にはうさぎがいる。
七頭身ぐらいある長身のうさぎ。
灰色の身体でお腹と口の周りが白く、両手に白手袋をしたうさぎ。
これはなんだかアウトな予感がした。
「これ……セーフなんですか?」
「あたしに聞かないで」
セーフに限りなく近いアウトなのか。
アウトに限りなく近いセーフなのか。
両者は似ているようで、まったく違う。
入口の所で足を止めている二人を見たのか、結理先輩が近付いてきた。
「どったの?」
「ユリ、それダメぇ!」
危険を回避するべく、小屋を通って中へ。
柵の向こうに様々な柄ののうさぎが大勢座っている。
光先輩と二人で入るとうさぎたちは少し反応したが、また通常に戻った。
「反応悪いなぁ。こういうトコの動物って人間に慣れてそうなのに」
「逃げないだけでも、人間慣れしているんじゃないんですか?」
「そっか……。普通だったら逃げるもんね」
人間慣れしていない猫なんて、それが顕著である。
うさぎを見ていると、遅れて結理先輩が入ってきた。
その瞬間、大量のうさぎが柵のすぐ向こうに集まってきた。さっきまでとは明らかに違う激しい動き。
「え、なに? ユリに集まってきた!? うさぎマスター?」
振り向くと、結理先輩は小さなカプセルを持っている。
「なに? ソレ」
光先輩がカプセルを指差すと、
「うさちゃんの御飯」
と結理先輩が答えた。
カプセルの中身は緑色のペレット。小屋の中で売っていたらしい。うさぎに気を取られて気付かなかった。
うさぎたちの視線は、結理先輩が持っているカプセルに注がれていた。
「御飯に釣られるとは……チョロイ」
結理先輩も、あまり
ペレットをあげると、うさぎたちによる奪い合いのバトル。我先にとペレットを食べていた。
外に「うさぎがかむことがあります」と書かれていたが、噛むレベルで済めばいい方に思える勢いだ。
「うさぎってこんな激しかったっけ?」
「いやぁ……」
小学校で飼われていたうさぎはこんなに激しくなかった気がする。
「ご飯を前にすると、性格が変わるとか?」
そう言った後、なんとなく結理先輩を見る。
いつも積極的ではない結理先輩も、ご飯の前では積極的だ。
「そっかぁ……ごはんかぁ」
光先輩も結理先輩を見ていた。考える事は同じようだ。
「……なぜ私を見る?」
結理は視線が集まっている事に耐えられなかった。
うさぎのイメージが変わった三人は、うさぎ園を出る。
奥に行くと、ヤギの姿も見えた。ヤギは木の柵で囲まれ、奥は斜面に岩場が作られている。
道路を挟んでダリア園が有るが、今のシーズンはお休み。何もない。
やはり冬の園内は少し寂しい。
「ヤギもうさぎと同じなのかなぁ」
ヤギのエサはすぐ近くに小さな自動販売機が有る。これを買ったら集まるのだろうか。
今、ヤギたちは柵の向こうでまったりとしている。
緩い感じのする動物だが、本気を出せばゾウと同等の時速四十キロで走ってくる。
四十キロ以上で走るうさぎでも怖かったのに、似た速度で何倍も大きな生物が迫ってくる。
それは恐怖でしか無い。
「どうする?」
「どうするって……」
ヤギたちは木製柵の向こうで座っていた。
口をモグモグさせながら。
「どうする……」
モグモグさせながら。
「どう……」
モグモグ――。
――ヤギへの敗北。
三人は失意のまま、動物ゾーンの裏側へとやってきた。
目の前には芝生広場が広がっており、フットサルのゴールが見える。
ここは運動も出来る広場のようだ。
その広場の海側には、何かぶら下がっている木枠と小さな祠が見える。
近付いてみると、木枠の方にはハート型の絵馬がぶら下がっていた。
隣の祠の方には石仏があり、お花が備えられている。
そして上には『恋観音』の文字。
「恋観音……恋愛成就とか、そんな感じなんですかね」
「多分ね……謂われが書いてないから分かんないけど」
「光先輩、お願いはしないんですか?」
「いやぁ……相手いないし。愛紗ちゃんは?」
「ハハッ! いる訳が……結理先輩は?」
結理先輩の方を見ると、結理先輩は黙って首を振っている。
三人は糸島半島が見える博多湾から吹く風が、とても冷たく感じた。
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