第89話 ハードカタバミン
再び案内図の所まで戻ってきた三人。ここから先は特に考えずに道に沿って歩いて行けば良さそうなので、流れに任せる事にした。
まずは案内図の右上に有ったヤギやうさぎが居るゾーンの方を目指す。
「えーっと……行き方は……」
光先輩が案内図を見ながら、ルートを考える。
「ん……向こうの方へ行って途中でテキトーに左に曲がればいいみたい」
雑っ!
とはいえ、園内で遭難する事は無いだろう。先を歩く光先輩についていく事にした。
枝桜の森手前を右へ曲がると、すぐに下り坂がやってくる。
どうも園内は入口付近が一番高いようで、どこへ行くにも下り坂がまず現れる。向こうのお花畑もそうだった。
沿道は緑の多いものの花は少ない舗装路の坂を下っていくと、勾配が少し緩くなってきた所で左への分かれ道が現れた。
「目指す方向はアッチの方だから、コッチだね」
と迷わず左へ行く光先輩。
(それでいいのか?)
とは思うが、光先輩を信じてついていくしか無かった。
(本当にこっちでいいのだろうか……)
愛紗は段々不安になってきた。
奥に建物は見えるが、施設という感じはしない。誰かの家だろうか。
右はその家の庭っぽい雰囲気。樹木や並べられた石が有る。
そして左はお花じゃない普通の畑。
ここ、異世界ですか?
どう見ても道を間違えてる気がする。
「なんか……有る」
一番後ろを歩いていた結理先輩が足を止めた。
振り返ると、結理先輩の前に説明が書かれた案内板が有る。
戻って案内板の前に行くと、見出しには『牛の水』と書かれていた。
「牛の水……肉汁?」
それは違うと思います、結理先輩。
案内板の中身を読んでみると、千年前に書かれた本に能古島が筑前で唯一放牧をしていた事が書かれていて、堤防を造って溜めた水は昭和十年代に壊すまで枯れなかったそうだ。
「……牛さんの水って事ですか?」
「多分ねー」
「へぇー。こんな石や木がある所で放牧を。昔の人は凄いですね」
「いや、そんなワケないから!」
江戸中期に貝原益軒がまとめた『筑前国続風土記』の二十巻に「昔、牛牧場が有ったって昔(八百年前)の本に書いてあったよ!」的な事が書かれている事から、江戸時代にはもう牛が居なかったようだ。
「はっ! 人が飲んでたとしたら、牛さんと間接キス……」
ケモノとの間接キスっていいのだろうか。
と思ったが、
「さすがに長い年月で水は入れ替わってると思うよ?」
と光先輩に言われた。
「創業当時から継ぎ足しで作られた牛のダシも薄まってるんじゃ……」
「牛が水を飲んでもダシは出ないから」
ちょっと残念。
三人はさらに奥へと進む。
人が居ないという事もあって、不安はますます増していく。
「あの……こっちでいいんですか?」
「分かんない。まぁ、道に沿って歩きゃあ、どっか出るでしょ」
やっぱり間違っている……そう思った時だった。
「ぅわっ!」
先頭を行く光先輩が声を上げた。
それは驚きと言うよりも、歓喜の声。
「どうしたんですか? ……わっ!」
先の方を見た愛紗も声を上げてしまった。
目の前は白く染まった所が有る。
よく見ると小さい花。白い花が一面に咲き、白いじゅうたんを作り上げていた。
「え? なんの花ですか?」
「これは……オキザリス、だね」
「オキザリス?」
オキザリスはカタバミ科の花。冬に咲く品種が多いが、夏に咲く品種も有る。ここに有るのは冬に開花する品種で、秋の終わり、冬の入りぐらいから二月にかけて花を咲かせる。
「運がよかったよ」
光先輩がそう言う理由は、オキザリスは開花時期でも日光が当たらないと日中に花を開かず、つぼみのままとなってしまう。
福岡市の冬は日本海側のような雲の多さが有る。雲が多い割に太平洋側のような降雨や降雪は少なさというハイブリット仕様。貴重な日が照っているおかげで、今日は花が開いていた。
「小さくてかわいい花」
愛紗はしゃがみこんでオキザリスの花を見る。色は違うが、その植物はなにか既視感が有った。
「こういう花って道端に咲いてませんか?」
「ああ、それカタバミ」
「カタバミ? 違う種類なんですか?」
「んー……違うと言うか、同じ仲間。だいたいは観賞用がオキザリスで、雑草がカタバミだね」
「同じお花なのに、扱いが違うなんて」
それはそれで可哀想。
「だから、普通のジ○イアンがカタバミで、キレイなジャイ○ンがオキザリスよ」
うーん、分かりやすいような分かりにくいような。
でも同じなのに扱いは違うな、確かに。
「みっちゃん……ここって案内図に有った?」
結理先輩が言う。二人は案内図を思い浮かべるが、描かれていたようには思えない。
「うーん……なかった気がするなぁ」
「これは……隠しダンジョン」
「ダンジョンではない」
さっき見た牛の水も案内図には載っていなかった。意外と案内図に描かれていない場所があるのかもしれない。
「でも……この先は行き止まりっぽい」
「あん?」
光は先を見たが、この先は行けそうもなかった。さっきの分かれ道まで戻らないといけない。
「これはダンジョンだ!」
「マッピング、する?」
「いや、する必要もないから! 戻ればちゃんと行ける……多分。行くよ」
そう言って戻ろうとする光先輩。愛紗も立ち上がってついていく。
オキザリス畑から離れながら、突き当たりにお宝が有るなんて本当にダンジョンっぽいなと思う愛紗であった。
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