第85話 グリーンネットのアウトレットモールと

 時速二〇キロにも満たない速度で博多湾を進む船旅は、思ったよりも長く感じた。それが速度が遅いせいか、頬を撫でる海風が期待感を高めてすぎていたせいか、分からない。

 フェリーが接岸してランプウェイで能古島と繋がると、三人は船を下りた。

 渡船場の前には小さなロータリー。周囲にはカフェ、御食事処、案内所等が有る。ちょっとした駅前のようだが、島民にとっては渡船場が駅のような物だ。

 左側は海沿いに道路が延びているが、海には漁船が多く停まっている。ここは漁港でも有るのだろう。

 そして正面は斜面にびっしりと木が生えている。これから坂を登らないといけない事を思い出させてくれる。

「着いたぁ!」

 愛紗は両手を挙げて、全身で喜びを表現した。

「うん。まだ島に着いただけで、目的地には着いてないからね」

「でも島まで来たってだけで、凄い達成感が有るんですけど」

「そうだね。志賀島は距離短縮のために船を使ったけど、あっちは陸地からも行けるからね。こっちの能古島は船でしか来られないってのが特別感を――って、アレ?」

 光はいつの間にか愛紗とユリがいない事に気づいた。

「あれぇ? どこ行ったの?」

 辺りを見回すと、愛紗が渡船場横の建物に入っていくのが見える。

「愛紗ちゃん、どこ行くの?」

 光はすぐに愛紗を追いかけた。


 渡船場横にあるのは、観光案内所。『能古島案内所』と書かれていてレンタル自転車もやっているが、特産品を扱っていたり、カフェがあったりと、行きだけでなく帰りに寄ってもいい仕様になっている。

 愛紗は建物の中で結理と一緒にいる。

 建物の前に有る看板から、なぜそこにいるのかという理由を察した。

 ココでしか食べれないご当地バーガー。

 ご当地バーガーは、その土地で生まれた、作られた、発展したバーガー。古くからバーガーを提供していた店も各地に有ったが、ご当地バーガーという概念が広まったのは佐世保市が市制百周年でバーガーを推し始めてからだろう。一時期、鳥取でご当地バーガーのイベントが開かれていたぐらいには広まった。

「って、いきなり食べるんかーい!」

 ヒルクライムレースだと、少しでも軽量化するために下剤を飲む人すらいると言うのに、二人はその真逆!

 いや、別にレースをしに来たワケでもないので、ソレはソレでいい。

 光もその二人に加わりそうな予感しかしていない。

 もう二人は店の中にいる。この状態のユリを止めるなんて、どう考えてもムリ!

 光は諦めて店の中に入った。

「あっ!」

 光が入ってきた事にに気付いた愛紗が振り返る。

「光先輩はノーマルとチーズ入り、どっちがいいですか?」

「え? チーズ入り」

 つい答えてしまった。もう三人で食べるというのは、決定済だったようだ。そうだろうとは予想出来たが。

 三人は奥のカウンター席に座って出来上がりを待つ。 

 多くのご当地バーガーはそうだが、注文が入ってから作るスタイル。提供までに時間がかかるものの、急がずに時間を使うそのゆったり感がまた贅沢なのだ。

 ユリと愛紗は表の特産品コーナーに柑橘類が多かったことを話していた。能古島は平地が少なく、水はけも良いということで柑橘類の栽培が盛んだとユリが言う。ブラッドオレンジも、今のように知られる前から栽培していた農家が有るのだそうだ。

 光の座るカウンター席からは博多湾、そして対岸が見える。

 渡船場はどれだろう……。二キロ以上も離れていると、あまり目立つ建物でもない渡船場は他の建物に紛れて分かんない。

 正面に観覧車が見えるが、アレの左側にあるはず。

 この観覧車があるのは、アウトレットモール。観覧車は県内では最大級の大きさになる。小倉の路面電車の車庫跡に出来た商業施設に有る観覧車と同じ。前は二倍の大きさで日本最大の観覧車もあったが、現在は台湾に移設されている。

 その右側にはゴルフ練習場のグリーンネットが見える。ここからそばのホームセンターにかけて早良炭鉱の第二坑があったようだ。

 さらに右側には小高い山。小戸公園北側に小さな山がいくつかあるので、ソレらなのだろう。

 その右側にも緑が続く。コレはいきの松原。由来はいくつか説が有るが、説のうちの一つでもある壱岐真根子いきのまねこが祀られた壱岐神社が有る。この神社は海岸に鳥居があり、ソコから松原を抜けるように参道が続く。壱岐真根子は武内宿禰たけうちのすくねの身代わりになったコトで有名――と言っても、分かってくれる人があまりいない。

 そんなにマイナーなのかなぁ……。

 そりゃあ、武内宿禰は一円札から二百円札まで何度か肖像画に採用されたから、メジャーかもしれないけど。

 こうして見ると、この付近の海岸沿いは賑やかだなぁと思った。風景がコロコロ変わっていて、楽しい。

 時間はあっという間に経って、ハンバーガーが出来上がる。

 トレイに載った白い包み紙から現れたのは、バンズにグリーンリーフ、厚めの玉ねぎ、厚めのパティ、チーズ、厚めのトマトが挟まったハンバーガー。

 まず、高さが凄い。一口では、全部の食材行けない。

 パティはシンプルな味付けで、肉の味が強い。タマネギやトマトもパティの影に隠れていない。存在感がある。

「THE……肉」

 ハンバーガーを食べたユリが一言。

「……ソレ、THEいる?」

「いる」

 こだわりのポイントがよく分からない。というか、評価もいいのか悪いのか分からない。肉がすごいってコトかな?

 だがユリの言うとおり、肉が一番存在感がある。

 この景色を含めて、特別なご当地バーガーだ。

 そう思っていたら、ユリはすでに食べ終えていた。

 早い。

「……肉は癒やし」

「イミが分からない」

 光も残りのバーガーを胃に収めた。短いとはいえ、坂を登る前に食べるには少し重かったかもしれない。だが食べたあとでは、もう遅い。

 食べ終えてトレイを返却した後、三人は店を出てきた。

 店を出て少し歩いた所で、ユリが足を止めた。

「私の目的は……ほぼ達成された」

「早いな、おい」

「安心して……最後まで参加するから」

 ホント?

 少し不安になる光であった。

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