第84話 わんぱくサワラ
能古島へ行く日がやってきた。
天気は事前の予報通り、いい天気。透き通るような青空が頭上に広がっている。走る時は、晴れている方が気持ちいい。
特に今回は晴れであって欲しかった理由が、一つある。
アイランドパークで咲いているであろうオキザリス。この花は昼間晴れの日にしか花が開かない。夜や悪天候の時は閉じているのだ。折角見に行くのだから、開いている所が見たい。
「今日もいい一日に――さぁむっ!」
フッと吹いた風が身体を震わせた。
防風で動きやすさを重視した厚手じゃない服装。走っている時の風が寒さを加速させるので、なるべく防ぐのが冬コーデのポイント。それゆえ、どうしてもある程度身体を動かして暖かくまでが寒い。それまでの寒さに耐えられるほどの厚着をすると、身体が動かしにくくなるうえに、途中で暑くなる。
「早く学校行って準備運動でもしよっ。身体動かせば暖まる……よね?」
愛紗は学校へ向かった。
能古渡船場は志賀島航路と違い、市の西側に有る。
渡船場へ行くルートだが、元路面電車の通っていた明治通りは車も人も多い。
特に西新地区。
もっと海側に有り、比較的新しく整備されたよかトピア通りを西へと走る。
このよかトピア通りは埋め立てた後に整備された道路で、元々は海岸だった。昔は海水浴場や松原が有ったようだが、痕跡は分からない。
また、サザエさんは
このあたりは航空法の高さ制限も緩い地区になる為、制限が厳しい博多駅や天神周辺では見られない高層のマンションやビルが林立する。
福岡市博物館の前を過ぎると、百道中央公園の向こうに福岡タワーが見えた。注射器のような形をしたタワーは、比較的高層の建築物が並ぶ百道地区でも、やはり目立つ。
さらに西へ走り中学校のグラウンドを過ぎると、室見川に架かる愛宕大橋が見えてきた。橋の向こうには、室見川の河口から少しの間川に沿って通る都市高速環状線が見える。
愛紗は橋の手前で、インターナショナルスクールと歩道を隔てる柵にキャラクターが描かれているのに気づいた。
全身水色で、ずんぐりとした身体。そして面長の顔。
これは間違いない。
「光先輩! ムー○ン居ますよ、ム○ミン!」
「ソレ、ムーミ○じゃない! なんかの大会のマスコットだから!」
「……よかトピア?」
「いや、大会じゃないし、そっちは太平くんと洋子ちゃんだよ」
アジア太平洋博覧会(通称よかトピア)は、福岡市制百周年記念事業として行われた。埋め立て地に作られた会場には福岡タワーを中心にして四十三のパビリオンが設置され、八百万人以上の来場者が有った。
そんなよかトピアのマスコットキャラクターは、手塚治虫デザインの太平くんと洋子ちゃん。洋子ちゃんは市の夏の花である芙蓉を頭に付けていたが、顔よりも大きかった。
なお、手塚氏はよかトピアの開催を見る事なく、開幕の一ヶ月前に亡くなってしまう。
「えっと……たしか名前がカパプーだったと思う」
「カバプー? カバ!? やっぱり○ーミンじゃないですか」
「カパプーもム○ミンも、カバじゃねぇよ!」
カパプーは一九九五年に開催されたユニバーシアード福岡大会のマスコット。ユニバーシアードは世界の学生のオリンピックとも呼ばれ、奇数年に冬季と夏季の大会が開催されている。ユニバーシアードもオリンピックと同じ様にマスコットがつくられ、福岡大会ではユニコーンをモチーフにしたカパプーが活躍した。
が、公募で決まった名前からも予想出来るように、カバと思われていた節が有る。
頭にツノが有るにもかかわらず。
なお、ユニバーシアードは延期になっていた二〇二二年の成都大会からワールドユニバーシティゲームズに改称される。
よかトピア通りは、愛宕大橋の手前からマリナ通りへと愛称が変わる。マリナ通りも、室見川を渡った豊浜地区と、名柄川を渡った小戸地区以外は、元海岸線である。
愛宕大橋を渡って、早良区から西区の愛宕・豊浜地区へ。室見川は前に行った曲渕から流れてきており、河口から旧
この付近は元々早良炭鉱の本坑が有った。閉山後は開発が進み、道路周囲の住宅やマンションは比較的新しめの物が多い。
ここと第二坑近くの
左手、方角で言えば南側には小高い山が有るが、この山頂に鷲尾愛宕神社が有る。夜景スポットとして有名で、百道から中心部にかけての福岡の街並みが一望出来る。ただ、縁結びに御利益という理由からか、男女二人組が居る事が多い。
ボタ山の跡地に出来たショッピングモールを過ぎると、左側に海岸遺構が残る電器店とホームセンターが有る。どちらも店舗が少し高台に有るが、歩道との境に有る擁壁が堤防跡となっている。言われなければ、ちょっと変わった形のコンクリートだと思うだろう。
堤防跡の先に有る信号を右へ曲がる。
突き当たりの女子校前で左へ曲がると、バスの営業所が見えてきた。
この真裏が能古渡船場になる。
「着いたぁ!」
「いや、ゴール感出してるけど、コレからが本番だから!」
「おなか……すいた」
「燃費悪いな、おい」
ここから能古島までは船で行く。距離二・二キロ、乗船時間十分の短い船旅だ。
運賃は二輪の運賃となる特殊手荷物運賃を足した往復の額でも、志賀島片道の時より少し安かった。志賀島航路は距離で六倍、乗船時間三倍なのを考えると……志賀島航路が安いかどうか基準が分からない。
福岡市営渡船は離島が三航路と地続きの西戸崎・志賀島で合わせて四航路を運航している。いずれも町村編入後に村営、町営、組合営の航路を引き継いだものである。
切符を買ってあとは乗るだけ。だが、肝心の船がいない。
「欠航!?」
「んなワケないでしょ! まだ来てないだけ」
出航時間の前になると、フェリーがやってきた。志賀島の時よりも大きな船だ。車両も載せるのだから、当然だろう。
入港してきた船から、能古島からの乗客や車両が下船。その後、能古島行きの人や車両が乗船する。
「さぁ、行くぞ!」
三人は九州本島から旅立った。
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