第81話 K@misue

 小動物園を出発して、二人は林道の坂道を登っていく。少し上ると、カーブの内側にすべり台だけ有る広場が有った。

「中途半端な位置に遊具が中途半端にすべり台だけの広場。愛紗ちゃん、なんかイミあるなと思う?」

「これから山に登る人が、いざという時に備えて練習するんですよ」

「なんの?」

 その練習が役立つ時は来て欲しくないものである。

 遊具広場から更に登ると、大きな池が見えてきた。そばに地図が描かれた案内板が建っているのが見える。

 公園内の現在地を確かめる為に、地図を見る事にした。

 公園の全体図と現在地の印から考えて、もう公園の上の方まで来ているらしい。

 今いる位置のすぐ下に芝生広場が有るようで、少し大きめの四阿が見える。

 上にはイベント広場が有るようだ。

 公園内の植物がイラストで描かれており、林道周辺はつつじで覆われている。そこに混じるように少量の紅葉と桜。あじさい園が有った場所には、あじさいが描かれていた。

「やっぱりツツジ推しだねぇ」

「そうですね……」

 池の側には、鳥が描かれていた。

 緑の頭に茶色の身体、そして黄色いくちばしに、シュッと跳ね上がったお尻。

「この池に……アヒル?」

「コレはカモだねぇ」

 まだ違いがよく分からない。

 鴨でもアヒルでも何か居ればと池を見てみたが、そこには穏やかな水面が広がるだけで、鳥一羽居なかった。

「鳥さん、今日は定休日ですか?」

「いや、鳥に定休日は無いと思うよ?」

「鳥さんだって、休みたい時ぐらい有りますよ」

「それが、この場所だよ」

 愛紗はポンと手を叩いた。

「その発想は有りませんでした」

 鳥さんはまだ休みたくない時間のようだ。

 二人は一番上のイベント広場を目指した。

 沿道や前方の山は、紅く色づいた木が見られる。

「今が一番イイ時期、かな?」

「そうですね。すごく真っ赤で綺麗……。数が少ない分、印象に残りやすいです」

「でも、あの案内板見ると、ツツジのシーズンって一面ツツジに囲まれて、ステキな感じがするんだけど」

「その時期になったら、また来ればいいじゃないですか。一度しか来ちゃ駄目なんて決まりはないんですから」

「そうだね……そうだよね。今度はユリと来たいなぁ」

「なんか食べ物関係でも探してみます?」

「それならユリも釣れそう」

 小さな砂防ダムを過ぎると、左手にトイレが見えた。この辺りにイベント広場が有るはずだが、そのイベント広場の場所は少し高くなっていて、緑色の低木が並んでいる。低木の手前には柵のようにワイヤーメッシュ。そのワイヤーメッシュの途中にライオン錠の付いた小さな白い門が有った。

「なぜここにライオン錠が……動物園?」

「んなワケないでしょ。ライオン錠のある家は全部動物園か!」

 ライオン錠は門のハンドル部分にライオンノッカーっぽいのが付いた物。ライオン錠をクルッと回して裏側のアームを外せば、門が開けられる。昔は家の入口門でよく見かけたが、現在は廃番になっているので年々数を減らしている。

「あ、でもここに」

 横に『イベント広場のご利用について』という立て札が有った。これは害獣予防の為なので、入ったら閉めてと書いてある。

 この中がイベント広場のようだ。

「誰も……いないね」

 門の向こう側は視界を阻害する低木が無いので、中の芝生広場が見える。光先輩は爪先立ちで中を覗いているが、高さを変えても特に見える風景に違いは無かった。

「入ってみよっか」

「いいんですか?」

 このタイプの門なせいか、入るのにためらいが生まれる。

「だって、入っちゃいけないとは書いてないし」

 光先輩は、そう言いながらライオン錠を回して門を開けていた。

 数段有る階段を上ると、目の前には芝生広場が広がっていた。

 そして右側には小さなステージが有る。

 コンクリートの土台に木の柱、上にはガルバリウム鋼板の屋根。前と横には、ステージに上がるための階段が付いていた。

「ココでイベントは開けそうだけど、どんなイベントやるんだろう」

「ヒーローショーとか?」

「ソレ、来る子供がタイヘンだね」

 下の駐車場からイベント広場までは約七百メートルの坂。ヒーローショーだけの為に来るとは思えない。

「でも社長とヒーローのコントだったら、みんな見に来ますよ」

「どこの秘密結社だ!」

「あとは……お笑いライブとか?」

「ココより福岡ボートのイベントホールの方が人来るよ」

「アイドルイベント?」

「ファンの人たちなら、場所がどこだろうが来そうだね」

「ご当地出身有名人のイベントとか。誰がいます?」

「うーん………………郷ひろみ?」

「――――郷ひろみも大勢のファンも、この場に収まりきれないです!」

 結局、イベント広場は何が行われているか分からなかった。

 二人はイベント広場を出る。

 林道はまだ上まで続き、片道一時間弱で岳城山たけじょうさん山頂まで行ける。戦国時代までは高鳥居城たかとりいじょうが有った山頂は樹木で眺望はやや悪く、近くの展望台からだと福岡市周辺が見渡せる。

 比較的整備されていて登りやすいとはいえ、今の装備で登山をする気は無い。下の駐車場まで戻る事にした。

 先ほどの池の所まで下りてきた時に、愛紗はふと思った。

「あの芝生広場って、ただ芝生広場が有るだけなんですかね。それだとイベント広場と被ってる気がするんですけど」

 正面には芝生広場の四阿が見える。芝生広場に四阿なら、先ほどのイベント広場と大差が無い。ステージになっているか、なっていかの違いぐらいだ。

「違いぐらいあるよ、多分」

 最後に芝生広場へ寄ってみる事にした。

 広い芝生広場は中央に四阿、その他テーブルとイス、ベンチ単体が有る。

「光先輩、やっぱりここはただの芝生広場……あ、でも」

 端まで行くと開けていて、須恵町、福岡市、糸島半島方面が見えた。下に有ったロックガーデンの四阿と方向は同じだが、標高が高くなったせいか見え方が違う。

「すっごく良い景色……良い景色なんだけど……」

「けど?」

「……電線が気になる」

「うん。それはあたしも気になる」

 芝生広場のすぐ下、須恵町が見える付近を黒い線が横切っていた。折角の景色なのに電線の存在が現実に引き戻されるようで、どうしても気になってしまう。

「でも、山って良いですね。こんな綺麗な景色を眺められるなんて……」

「ヒルクライム、する気になった?」

「いや、それはまた別の話ですよ」

「えぇー、残念。今度ウチに来た時は米ノ山展望台まで登りたかったのに」

「それ、初心者の私が登る高さじゃないですよ!」

「いや、キアイ次第で行ける!」

「おかしいですよ!」

「自転車乗りはだいたいおかしいから、大丈夫大丈夫」

「大丈夫じゃないですぅ~」

 私はまともな自転車乗りになろう。

 そう強く決意した愛紗であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る