第79話 55m以上!!

 中津先生と別れて、光先輩と愛紗の二人は皿山公園の中を歩くことにした。

「行き先が決まってから事前に調査した情報によるとぉ……」

 二人とも、皿山公園には来た事がない。光先輩は何が有るか調べたようだ。紅葉スポットである事以外、何が有るか分からない。

「春はサクラや三万本のツツジ、初夏は二千本のアジサイ、そして冬はイルミネーション!」

「秋は……」

 肝心なのが抜けているんですけど。

「昭和五十八年完成の公園に、千如寺の樹齢四百年みたいなカエデとか、派手なのを求めてはいけない」

「そこの駐車場のイチョウは綺麗なのに……」

 二人が自転車を停めた未舗装駐車場の端にはイチョウの木が有るので、紅葉と黄葉が楽しめるスポットになっている。

「街路樹のイチョウだと、綺麗とか以前に『くさっ!』とか『タイヤが滑る!』ってなるもんね」

 この時期、潰れた実がタイヤに付着すると泣きたくなる。

「須恵町のサイトでは紅葉情報出しているぐらいだし、楽しめる程度には有ると思うよ? 当然、植物以外にもなんか有るみたいだしね」

「それじゃあ行ってみましょう」

 皿山公園は駐車場奥に有る歴史民俗資料館を中心に、ロックガーデンの西側ゾーン、須恵町から岳城山、そして篠栗町へ抜ける林道沿いの東側ゾーンが有る。

 まずは西側のゾーンへ。

 駐車場前から左の方へ道路を歩いてくると、岩に白い文字で『町立皿山公園』と書かれていた。すごく手書き感の溢れたフォントは、古いというか、歴史が有るというか……。

 右下には小さく何かが書かれている。

「昭和四十六年四月……工?」

 擦れて途中の一文字が読めない

「起工、じゃないかなぁ」

 起工――作り始めたという事だ。

「光先輩、完成って何年でした?」

「昭和五十八年三月」

「え、十二年も!?」

 随分と気の長い工事で。

「のこのしまアイランドパークみたいな十六年かけて作りあげたとか、そんなんじゃないと思うよ? 完成前には遠足のスポットになってたみたいだし。西公園に近いスタイルじゃないかなぁ……」

 福岡市の西公園は明治一四年に荒津山公園として整備されたのち、園地を広げつつ桜やカエデ、ツツジを植栽して現在の形になった。それと似たような感じだろう……多分。

 周囲は緑が多く、所々紅く染まった木が混じっているような感じになっている。

 そしてそばには『大つつじ園』の看板が。下に書いてある『淀川つつじ30,000株』や『栽培面積3.0ha(9,000坪)』の文字が、その多さと広さを主張している。

「この公園の推しって、つつじこれですよね?」

「コレだね。どう見ても」

 つつじは春の花。四月の末から五月にかけて花が咲く。

 今はまだ秋。時期が違う。

「何坪って言われてもどれぐらいか分からないんですけど、福岡ドーム何個分ですか?」

「逆に足りないよ! 六倍にして、やっと福岡ドーム一個分ってトコ」

「広っ! 福岡ドーム、広っ!」

「サッカーフィールド四面分で、だいたい大つつじ園と同じぐらいかなぁ」

「広っ! 大つつじ園、広っ!」

 広すぎて、逆に分からなくなってきた。

 でも、その面積でつつじが咲くと思うと、春に来た方が良かったかな? と思う。

「秋の花って、なんですかねぇ」

「やっぱ、コスモスじゃない? もうシーズン過ぎてるけど。海の中道も能古島も、秋はコスモス推しだよ。紅葉はもう冬の始まりだしねぇ」

「そうですか」

 コスモスか……緑色のドラッグストアならあちこち有るのに。

 もう冬となると、

「冬の花だと」

「冬は日本水仙かなぁ……。花の咲いてない初冬と春はニラと間違って食べる事案がよく起こるし」

 水仙とニラの葉は見た目が似ている。よく見ると水仙の方が大きいのだが。

 見分けるのには嗅覚に頼るのが一番分かりやすく、葉や花からニラ特有の香りがする。花が咲いていたら見た目でもニラじゃないと分かるし、ニラだったとしても食べ頃も過ぎているのだが。

「冬に咲く花も少ないし、春に向けての準備期間だから、どこも花は少なめだねぇ。その代わりに空気が澄んでて遠くまで見えるから、海とか山からの景色は最高なんだけどね」

 それはそれで良さそうだが、ヒルクライムするとなると話は別。


 二人は皿山公園を奥の方へ進んだ。右側の斜面には緑に混じって少し緑がかった巨石が大量に見える。これはかんらん岩と呼ばれる岩石で、元々の転がっていた状態を生かして自然のロックガーデンを作っている。

 かんらん岩というとピンと来ないかもしれないが、大きな結晶を宝石化したペリドットという名前なら、八月の誕生石として知られた名前で有る。

「ロックガーデンって、岩だったんですね。プレスリー的な何かが有るのかと」

「キング・オブ・ロックか!」

「もしくは、青森を舞台にした人情映画」

「俺は田舎のプレスリーか!」

 中津先生の時と違って、ツッコミが厳しい気がする。

 さらに進むと、広場には四阿あずまやと小さな池が有った。小さな池には、これまた小さな鯉が居る。

 こういう所の鯉は大体大きい物だが。

「鯉さん、寒さで縮んじゃったんですか?」

「そうね。もう冬が近いから鯉もちぢ……むワケないでしょ! いくらなんでも」

「ですよねー」

 ロックガーデン前の広場で行き止まりだったので、二人は戻ってきた。そこで、最初に見た町立皿山公園の岩の右側に、階段が有るのに気付く。

「なんですか? この階段」

「なんだろう。なんかあるのかなぁ?」

「行ってみませんか?」

「気になる?」

「気になります」

 二人は階段を登ってみることに。言いだした愛紗が前を進む。

 幅は一・五人分ぐらいの、さして広くない階段だった。左右も周囲も緑に包まれていて、それが余計に狭さを感じさせた。おそらくは両サイドがつつじで、咲いた時には綺麗な道なんだろう。

 周囲の一部の木は紅く染まっていた。緑の中に紅葉が混じるのも、これはこれで綺麗な気がする。緑に混じることで、鮮やかさが増している。

 やがて先を行く愛紗の目に屋根が飛び込んできた。

「四阿?」

「たぶんね」

 なぜここに? と思ったが、階段を登り切って四阿の下に行くと、すぐに答えが分かった。

「うわぁぁ……」

 ロックガーデンの上に建つ四阿からの景色は、視界を阻害する物が無い。

 遠くに須恵の町並みが見えていた。その町の向こうには木々に覆われた山――ボタ山が見える。ここから見ると、横を通ってきたボタ山が思ってたよりも大きかった事が分かる。

 そのボタ山の向こうには半球状の屋根の建物と、そばに注射器のような縦長の建物が見える。

 福岡ドームと福岡タワーだ。周囲には百道のマンションらしき高い建物が見える。

「え? ドームとタワー見えちゃうんですか?」

「直線だと十キロぐらいだもんね」

 そのバックには、ぼんやりと山が見える。

「ということは、後ろの山って……」

「能古島? 糸島半島? 方向的には、その辺りだと思う」

 須恵から福岡市の端まで見えてしまうのか……。意外と高い所に登ってきたんだな。

「東の林道の方に行くと、もっと高い所から見えるみたいだけどね」

「もっと高く? 行ってみましょうよ」

 もっと上まで行けば、また違った見え方になるかもしれない。

「そうね……」

 周囲を見回したが、階段はここまで。先に続く道が無い。

 周囲は木々と岩。行っていいものだろうか。

「これ……戻らないとダメなパターンじゃない?」

「駐車場までですか?」

「多分ね」

「……」

 ふりだしに戻る。

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