第78話 来るたびに猫を撫でる
知らないライダーに「会いたかった」と言われた。
変な人では無いと思う、多分。
変な人だとしても、後ろは道路。すぐ逃げられる……はず。
謎のライダーは近付いてくる。砂利を踏みしめる音が、普段よりも大きく聞こえた。
逃げようにも、足が動かない。
その間にも、ライダーとの距離は縮まる。
「やっと会えた……」
ゴーストライダー? それともストーカー?
いい予感がしない。
「平田愛紗さん」
「…………え?」
フルネームで呼ばれて、現実に戻った。
いや、待て。なぜ名前を知っている。ストーカーか?
「あれ? 会ったことなかったですか?
光先輩が言う。
いや、誰?
ていうか先生?
「無い無い。会う機会が無いから」
話が読めない。
「ん、じゃあ紹介する」
光先輩が振り返った。
「この人、
これが噂のにゃんこ先生と呼ばれる人……。
なぜにゃんこ先生?
にゃんこ感が無い。
「は、初めまして」
一応、挨拶はしておく。
「ていうか今十一月なんですけど、新入部員と顧問が会うのが今の時期って、それでいいんです?」
光先輩が聞くと、
「部室に顔出していればもっと早く会えるんだろうけど、いいのかな? 行って」
と帰ってきた。
部室は誰も来ないと、部員みんな結構好き放題やっている。いきなり来ても大丈夫なようにしてはいるが、先生がいつも来るとなると話は別。
「「いやぁ……」」
光先輩と愛紗の意見が一致した。
来て欲しくは無い。
むしろ、それが分かってて顔出さないのも、顧問としてそれはそれでいいのかと思う。
「でも……」
愛紗が疑問に思う。
「自転車部の顧問なのに、その格好ですか?」
バイク用ヘルメットを持っているし、ボトムスはデニムパンツ。自転車に乗る服装では無い。
「ロードバイクじゃ間に合わないかも、ってあれで来ちゃった」
中津先生が指差したのは、舗装された駐車場の方。その方向を見ると、前輪が二輪のバイクが見えた。
このタイプのバイクは最近街中でもたまにみる――が、それらよりも大きく感じる。
ヤマハ・
「先生、買っちゃったんだ。欲しい欲しい言ってたけど」
「一目惚れしたからね。もう思い切って」
「たしかに、この見た目は特徴ありすぎ」
「でしょ? カッコいいし」
「どっちかといえば変態感が」
「ヤマハはスタイリッシュな変態の部分が……」
光先輩と中津先生は、話しながらバイクの方へと歩いていった。
そして一人取り残された愛紗。
「あのぉ……自転車部?」
このままでは自動二輪愛好部になってしまうのでは?
まだ自転車も理解していないのに。
いいのか? それで。
愛紗は自転車を停めて、二人を追いかけた。
「でっかい……」
近付くと、NIKENはでかかった。先に行った二人が小さいとかでは無い。間違いなくでかい。
「これ、乗るんですか?」
三人の中で一番背が高い愛紗ですら、でかいと思う。自分より背が低い先生が乗るのは大変そうだ。
「そうだよ。ローダウンしたり、厚底ブーツ履いたりして、ねー。乗る為なら、なんでもするよ」
厚底ブーツと言われて、足元を見た。厚底と言われたら厚底かなというソールのブーツだった。
「思ったより普通……」
「愛紗ちゃんが想像してるの、足つきは確実によくなるけど、操作はしづらくなるから」
操作? 何言ってるのか分からない。
「大変じゃないですか? 乗るの」
「二輪好きで乗ってるから、むしろ楽しいのよ」
そういうもんか。
でも、
「これ、三輪ですよ?」
「分類は二輪だから」
バイクって難しい。
「NIKENのあるけん博多たい、って言葉も有るから、これぐらい乗りこなさないと駄目よねー」
「無いです。そんな言葉」
さすがの光先輩も、先生相手にはツッコミがソフトだ。
「ていうか先生、本当に愛紗ちゃんに会いに来ただけ?」
「本当の目的はあっち」
中津先生は、SLを指差した。指の先には色褪せたC11の姿が有る。保存状態が少し良くないように見えるが、これでもマシな方らしい。バス停のそばにあった西鉄の路面電車500形は末期にボロボロの状態になっており、保存会に引き取られた。その場所はコンクリート土台も無くなっており、その付近だけ舗装が新しくなっている。
「え? 鉄?」
これじゃあ二輪どころか、乗り物好きじゃないか。二輪好きならまだしも、乗り物好きで自転車愛好部の顧問をやるのは……いいのだろうか。
「そっちじゃない。下! 下!」
「下?」
SLの下を見ると、SLの黒さに負けない真っ黒な何かがいた。
なんだろう。
近付いてみると、黒猫だった。SLの下で丸くなっている。
「ネコぉ~」
近付こうとした所で、光先輩はまだロードバイクを押している事に気付いた。
「ちょっと待って! 置いてくる!」
慌てて反転し、未舗装の駐車場へと走る。クリートの付いた靴なので、走りにくそうだ。
すでにクロスバイクを停めていた愛紗は、黒猫の方に近付いた。
「猫さーん」
黒猫はその声に反応してチラッと見たが、再び寝てしまった。
警戒されてるんだか、されてないんだか。
「その子、安全だと分かった人には凄く人懐っこく寄ってくるんだけど、平田さんはまだまだみたいだね」
猫に詳しい。猫マスターか?
なるほど。にゃんこ先生と呼ばれる訳だ。
「戻ってきたぁ!」
自転車を停めてマリンシューズに履き替えた光先輩が全力で走ってきた。黒猫はそれに驚いて、奥へ逃げてしまった。
「あっ……」
「駄目ですよ、光先輩。そっと来ないと」
「もふもふしたくてやった。今では反省している……」
黒猫が逃げた方向を見ると、歴史民俗資料館の前にキジネコを初めとした数匹の猫が居た。
「いや、いっぱい居る!」
「だから先生来たの。久々に来たけど、撫で心地の良い子が多かった-」
猫撫でてたのか。さすがにゃんこ先生だよ。
どうも我々はまだ受け入れて貰えないらしい。
何回か来ないといけないのだろうか。
――三顧の礼?
私、そんなに偉くない。
目的を果たしたという事で、中津先生は出発するという。
中津先生が実際に跨がっても、NIKENはでかいなぁと思う。フロントが二輪のせいかな?
「これからどこへ行くんですか?」
「ショウケ越抜けて筑豊の道の駅でも回って帰ろうかと」
福岡県の道の駅は、
「二人とも、帰るまで気を抜かないようにね」
「はぁーい」
「はいっ」
「それじゃ、気をつけて」
中津先生はヘルメットのシールドを下ろして、走り去っていった。
二人は中津先生を見送る。姿は消えて、音も遠くなっていった。
「そう言えば、中津先生『間に合わない』って言ってたけど、どこに住んでるんですか?」
「
今宿は福岡市の西の方に有る。近年は、駅前でイノシシが人に突撃するニュースで有名になっている。
「それは遠いですね。ていうか、博多関係無いですね」
「向こうは糸島とか山が多いから、この坂じゃ満足しないと思うけどね。にゃんこ先生」
「先生も山派……だからヤマハのバイクに!」
駐車場に静寂が訪れた。
「……い、行きましょう光先輩」
「そうだね。凄く寒くなってきたから、身体あっためないと」
「それは言わないで下さい」
光先輩の身体が寒くなるのとは逆に、愛紗の顔は熱くなっていた。
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