第76話 パワーコメリスト

 須恵町に行くと言ったが、竪坑櫓から少し東へ進むと、そこはもう須恵町だった。竪坑櫓は志免町の端っこに有ったようだ。須恵町も志免町も村が誕生してから拡大していないので、元々端っこだった。

 県道の左側はずっとボタ山のはずだが、木々に覆われていてボタ山とは思えない。未開発の低山にしか見えない。こちらのボタ山も処分費がかかるのと、竪坑櫓と違って志免町、須恵町、粕屋町の三町に跨がっているという問題も有って、どうするかハッキリしないまま残っているのが現状だ。

 県道の右側は住宅街で、一軒家が建ち並ぶ。住宅街と県道の間には、防音壁が並んでいた。この県道は夜でもそこそこの交通量が有り、その対策だろう。

 やがて大きな駐車場を併設したドラッグストアが有る少し大きな交差点へ。

「コレ、右ね」

 と光先輩が言うので、右へ曲がって南東方向へ向かう。県道九一号線は、こっちへと続いていた。

 曲がりくねった県道を走っていると、大きなコメリが見えてきた。

 須恵町にドンっと出来た巨大ホームセンターで、売場面積の比較なら破綻した総合スーパーの居抜きで入る空港近くのナフコに負けるが、二階のほとんどは家具売場。ワンフロアで広がるコメリの方が大きくも感じる。店舗前の駐車場も三百台近くが平面で停められ、こちらの方が巨大に感じる要素の一つでもある。

 よく「コメリが有ると田舎」なんて言われるが、愛紗の家周辺は一フロアが小さくて通路も狭く、商品もぎっしり詰めるように並べられた「ドンキか!」と言いたくなるホームセンターしか無い。あれはあれで楽しいが、巨大なホームセンターは羨ましく感じる。恵まれているとすら、思える。

「パワーッ!」

 コメリを見て、福岡出身芸人のギャグをやっている先輩が前にいる。

 ――うん。見なかった事にしてスルーしよう。

 もし、このコメリが中小規模のハード&グリーンだったら、HGのように「フォー!!」とでも叫んでいたのだろうか。

 そこは少し気になる。

「ツッコんでよ! あたしにツッコんでよ!」

 光先輩がなんか言っているけど、スルー。

 そんなツッコまれたがっている光先輩は、須恵スマートインターチェンジ入口前を通過。

 この須恵スマートインターチェンジは九州自動車道で、いや九州で一番最初に出来たスマートインターチェンジ。まだまだ初期の社会実験をやっていた頃の設置という事もあり、須恵パーキングエリアに無理矢理出入口を付けたような作りになっている。

 やがて、青い案内標識が見えてきた。先は丁字路になっていて、今走っている県道九一号線は左に曲がるようだ。そして左矢印の先には古賀市から筑紫野市を結ぶ県道三五号線、右矢印の先には福岡市東区から太宰府市を結ぶ県道六八号線が描かれている。それぞれ曲がった先で、その県道に出るようだ。

「あー、左ね」

 光先輩が言う。このまま県道九一号線を走っていくようだ。

 交差点を左に曲がって東方向へ。

 九州自動車道をくぐって進むと、香椎線の踏切が見えてきた。

 踏切を渡れば、左に須恵中央駅の小さな駅舎が見える。この町の中心部に近い駅は、JRになった後に作られた比較的新しい駅。

 明治時代、線路が開通した時に作られた須恵駅は、ここから北西側の粕屋町に近い所に有る。なぜそんな所に……と思うが、元々は新原しんばるの海軍炭坑からの石炭輸送の為に作られた路線だ。志免に海軍が坑口を作る前から近くに炭坑が有ったからという理由以外見つからない。

 更に進んで県道三五号線と交わる交差点を過ぎると、左に薄茶色な四階建ての建物が見えてくる。これは昭和六三年に竣工した町役場。

 町役場を過ぎると交通量も減って、辺りは住宅、アパート、医院など低層の建物が続く。

 人通りも無く、聞こえるのは時折走る車と、クロスバイクのタイヤから聞こえるロードノイズだけ。

 いつも身近で感じている喧噪とはかけ離れた世界が、そこには広がっていた。

 左前方に見える若杉山も近く、その両側も山で稜線が続き、一気に長閑のどかな風景になった気がした。

 夏はあの若杉山を半分以上自転車で登った。こうやって自転車に乗る前だったら、「何をバカげた事を……」と思っていただろう。

 篠栗で荒田高原まで登ったのはキツかったけど、今ではいい思い出。

 でも、またやりたいか? と聞かれたら、悩む。山さんや光先輩のように山登りが好きという事もなく、どちらかと言えば苦手な部類だ。ルートに山があるなら仕方無く登るが、わざわざ山へ行って登ろうという気はしない。

 そう言えば、今日は比較的平坦な道ばかり。坂らしい坂は竪坑櫓付近だけ。しかも緩い坂だった。

 何か物足りない気がする……。

 ――私、坂を求めてる?

「おぉう……赤になる」

 光先輩の言葉で現実に戻る。前を見ると信号が黄色から赤に変わる所で、光先輩はブレーキレバーを握ってスピードを落としていた。愛紗もブレーキレバーを握って停まる。

 今停まった交差点はコンビニや町の電器屋さんがある何気ない場所だが、ここを左に曲がると元々村役場が有った地区で、周辺には眼科へ来た患者の為の宿街跡や、皿山役所の窯跡が残る。跡と言っても物は殆ど残っておらず、説明看板と少々の形跡しかないので、歴史を期待して行くとガッカリするかもしれない。

 そのような経緯が有ったせいかどうか分からないが、町の郵便局も今の役場付近では無く、この地区に有る。

「この信号を越えたら、もうちょっとで着くよ」

「え、もうですか?」

 思ったより近かった。どうりで途中寄り道出来る余裕が有るはずだ。

 前で信号を待つ光先輩は後ろを見てニヤニヤしている。

 なんだろう。

「今日は比較的平坦な道で、なーんかモノ足りない、なーんて思ってない?」

 ……心、読まれてる?

「安心して。事前調査の通りなら、この後に濃厚な坂タイムがあるから」

「それ、安心出来ないじゃないですか」

「いやぁ、あたしは安心できるけどなぁ。自転車に乗ってる実感がしてさぁ。坂がキツいと、より強く実感できるよね」

(やっぱりドMじゃあないか?)

 愛紗はそう、強く実感する。

 坂を登り切った時の達成感はまだ理解出来るが、キツい坂が気持ちいいとか、自転車に乗ってる実感とか、理解出来ない。

 いつか理解出来る日が――――来なくてもいいかな?

「さぁて、行こっか」

 信号が青に変わって、ちょっと嬉しそうに言う光先輩が進み出した。

 これから、あの若杉山を少しだけ登る。

 ……でも、あの光先輩の喜びようだと、少しじゃ無いような気がする。

 不安が募るばかりでは有るが、信号が青に変わったのだから、いつまでもこの場にとどまっている訳にもいかない。

 愛紗は光先輩の後を追いかけた。

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