第74話 黒の菓商
須恵町の皿山公園へ行く日がやってきた。
いつものように晴れてはいるが、少し寒い。
そこで新兵器のウィンドブレーカー登場!
薄手なのに防風というコイツが役立ってくれるのなら、冬も乗り越えられそうな気がする。
今日はそのテストも兼ねている。これで寒いなら、冬対策をもっと練らないといけない。
いつも以上に期待と不安が入り交じる理由は、ここに有った。
「よし、行きますか」
ウィンドブレーカーのジッパーを目一杯上まで上げ、学校へ向けて出発した。
「ああっ! もう来ちゃった」
珍しく早めに来ている光先輩は、部室でバタバタしていた。
というのも理由が有って、今回はこの二人で行く事になった。
結理先輩も誘ったのだが、
「どこ行くの?」
「須恵町だよ。皿山公園まで」
「須恵町――――思い付くの、カネシチ醤油ぐらいしか……」
と、断られた。
醤油はダメなんですか……。
「さすがに醤油は飲み物! って言えないですかね?」
「言えないよ! 手前の
元炭坑=黒というのは元炭坑町あるあるで、福岡県で言えば筑豊地方や大牟田で特に盛んだ。饅頭、飴、ソフトクリーム、メロンパン、ケーキ、クッキーあたりは、全国どの炭坑町でも大体定番である。
光先輩の住む篠栗町も元は炭鉱が多数有ったが、そういう話は聞かない。もっと古くから有る霊場を生かした大師絡みの物が多い。
「でも、須恵町も元炭鉱町ですよね?」
愛紗はそう聞いた。
「うん。最初須恵町に海軍燃料廠が出来たけど、志免町に移って第四海軍燃料廠になっちゃったからね。ボタ山も町またいで残ってるけど、志免町のイメージ強いし。須恵町って燃料廠の記念碑ぐらいしかそれっぽいの、ないんじゃないかなぁ」
志免町はまだ石炭関連の物が多く残る。須恵町には炭鉱より昔の窯跡や眼科医の屋敷跡(井戸と石垣だけだが)は残るが、炭鉱関連はほぼ残っていない。
「須恵で有名な物……コメリ?」
「いやいや、他にもあるよ。
「神社やお寺はどこにでも有るような……」
「神社もお寺も同じモノがないからおもしろいんだよ」
確かに篠栗八十八ヶ所には八十八ヶ所どこへ行っても同じ物は無かったが、町全体なら神社・寺以外にも何か有るだろうと思ってしまう。
「よっし、できたっ!」
話しながらも進めていた光先輩の準備が終わり、二人は校門の所まで出てきた。
「今日は須恵町の奥の方に行くんだけど」
光先輩から、軽い説明が始まる。
「まぁ……途中、起伏もそんなにないし、離れるってコトはないと思う」
今日は後ろに結理先輩がいない。よく知らない土地で光先輩とハグレたら終わるかもしれない。
「ただ、道がそんなに広くないワリには交通量が多いトコロもあるから、車には気をつけてね」
道が狭い割に交通量が多い、交通量が多い割に道が狭いというのは、福岡市周辺全般の問題。今に始まった事ではない。
「前半は広い道を中心に走るけどね。あっとは…………思いつかないや」
テキトーに始まった説明は、テキトーに終わった。こんなんでいいのかと思うかもしれないが、光先輩なので仕方が無い。
二人は須恵に向けて出発した。
まずは県道六〇七号線篠栗街道を目指す。光先輩には走り慣れた道であり、夏に通った愛紗には勝手の知る道である。距離的には空港北側の県道五五一号線を走った方が距離は短いのだが、空港手前も過ぎた後も交通量が激しく、更に篠栗街道の方が近年整備されていて走りやすいという理由が有る。
走りやすい道路は自然と速度も上がる。トータル的な時間は大きく変わらない。
篠栗街道は扇橋交差点まで整備されている。ここから先は片側一車線の狭い道路になるが、ここで右折するので問題ない。
県道二三号線福岡東環状線バイパスへと入って南へ進む。この道路は国道二〇二号線の福岡外環状線へと続き、西区の方まで行ける。
田畑の間を貫く道路は綺麗に整備されていて、走りやすい。
国鉄
国鉄勝田線は石炭輸送をメインに作られた。沿線の宇美八幡宮の参拝客輸送も狙っており、近くの酒造店が社長を務める私鉄として設立。戦時買収で省線、戦後国鉄になる。炭坑が閉山になった後は旅客には力を入れることもなく、廃線となった。もっと旅客に力を入れていれば違った姿だったのでは? と言われる事の多い路線として有名である。
国道三号線から太宰府市まで延びる県道六八号線と交わる交差点で左折し、県道六八号線へと入る。
この県道六八号線は宇美までのバスが多く走っている。勝田線の代替交通では無く、元から多く走っていた。旅客に力を入れていれば……、と言われる理由はここに有る。バスとバトルして勝てたかどうかは分からないが。
少し進むと、左側に茶色い建物群が見えてきた。
ここは昭和五十四年に出来た町民センターと、昭和五十七年に竣工した志免町役場。移転前の役場は、戦前に建てられた志免村時代からの物だった。
交番が有る交差点で、左へ曲がる。この辺りは個人店やクリニック、チェーン店が入り交じる。低層の建物が多い。
少し進むと、再び勝田線跡。
この辺りに志免駅が有った。勝田線だけではなく香椎線から支線が延びており、大きな駅だったという。
現在、駅跡地は鉄道公園として整備されている。
「うわっ……」
信号の向こうに緩い右カーブの坂道が見えてきた。勾配はそうでもなさそうだが、坂はあまり得意では無いので、やっぱり身構えてしまう。
坂の手前の信号が赤に変わったので、二人は停まった。
「愛紗ちゃん、喜んでいいよ。坂だよ、坂」
「いやぁ……。でもキツい坂では無さそうですね」
「んー、ゆる坂だね。距離もそんなにないし」
「そうですね」
坂の左側は山のようになっていて、斜面が見える。
正面の遠くにも山。これは若杉山の隣に有る
「……岳城山にヒルクライム! とか、言わないですよね?」
「いやぁ、行く皿山公園から登れるけど、道は車両通行止だし、途中もマウンテンかグラベルロードじゃないとツラい道だから言わないよ」
安心した。
というか、これから行く皿山公園から登れるのか……登らないけど。
別に気になってないし。
そして坂の右側には、坂の上に有るであろう広場と……周辺の低い建物群からは想像も出来ない高い建造物が見える。
「え、なに? あれ」
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