第68話 ヤマザキ王国大パン争!
坊主ヶ滝の入口を過ぎると、勾配が増した。国道はここから本格的に山道へ入っていくようだ。勾配が増したとはいえ、まだまだ余裕は有る。心も折れずに進めそうだ。
それと同時に、この場に相応しいのかどうか分からない物が目に飛び込んできた。
「魚屋……?」
そう魚屋。山に入ろうかという場所に魚屋である。
別に、山に魚屋が有ってはいけないという決まりはない。ただ、店舗角の両開きガラス扉とタイル張りの外壁が、魚屋らしくない外観だった。しかし店舗上部の看板が、魚屋で有る事を主張している。
山だから川魚かと思ったが、看板には『ふぐ』の文字も有る。ここは海魚を取り扱っているようだ。
「ココ、昔はポプラだったよ」
ポプラはシーナ&ロケッツ鮎川誠の「九州のコンビニはポプラやね」でお馴染みのコンビニである。
――本社、広島ですが。
弁当は炊飯器からご飯をよそってくれるのが特徴で、大盛りにするとフタが浮くのは有名な話。福岡にも店舗は多数有ったが、不採算店閉店の時に大幅に数を減らし、残った店舗も現在はローソン・ポプラへリニューアルする事が多い。
それでコンビニっぽい外観だと思ったが、
「その次は魚に強いYショップだったし」
と続く。
Yショップは山崎製パンが展開する店舗。正式名称はヤマザキショップで、コンビニと扱われがちだが、どちらかと言えば個人商店に近い小売店である。制約が緩い為に施設や学校に作られる事が多いニューヤマザキデイリーストアよりも更に制約が緩く、オーナーの意向が反映された個性的な店舗が生まれる事も珍しくない。
Yショップに限らずヤマザキ系は他のコンビニが無いような場所にも出店している事が有り、自然の多い場所に行くと助かる事も有る。
そして現在は魚屋。店が変わる度に取り扱い商品が絞られていっているような気がする。だが、駐車スペースに有る車の台数を見ると、お客さんが少ないという事も無いようだ。
前後にバス停の有る
これは一軒目の豆腐屋だ。もう少し上に有ったのが、狭いという事で移転してきた。
大きな三角屋根の店舗が特徴的な建物。固さ違いで寄せ豆腐が複数有り、一番柔かいものは「豆腐は飲み物!」と言いたくなる。プリンなどのスイーツ系も揃えてあり、決して大きいとは言えない店舗内では悩む事もある。
その一つ目の豆腐店を過ぎると、小高い山林が近付いてきた。名前は付いているのだろうか。もしかしたら、個人所有の山かもしれない。
この辺りを走っていて思ったのは、妙にコーヒーと書いた看板が店の前に置いてある事が多い。おいしい水でおいしいコーヒーを、という事だろうか。これもこれで気になる。
そんな事を思いながら坂を登っていると、前方左側に大きな看板が見えてきた。こちらの店舗も車の出入りが激しい。
これが二軒目のの豆腐屋。
元々はもう少し下の方に有ったのが、狭いという事で移転してきた。
店舗が大きいが、野菜コーナーやカフェが併設。豆腐の売場はそこまで大きく無い。豆腐は寄せ、がんも、厚揚げなど基本的な物が中心だが、料理好きなお笑い芸人が番組で作ったドーナツも売っている。
愛紗がどういう所か気になっていると、
「帰りまでにどっち寄るか、決めといてねー」
と、前方から光先輩。
どっちも気になるんですけどぉー?
両方……いや、そんなに豆腐食べるか? 豆腐以外も有るという話だし。
そもそも、どんな豆腐が有るんだろう。
豆腐が気になりつつ坂を登って行く。豆腐に気を取られて坂が気にならなくなっていたが、左の歩道が無くなる辺りから勾配が増したように感じた。まだ普通に登る事は出来るが。
豆腐を考えつつ登っていると、前方左側に大きな猫や犬の看板が見えてきた。ペットショップが有るような気配も無い所に、動物写真の看板。
豆腐よりも気になってしまう。
「あれ、なんですか?」
「あたしも知らなーい」
「あれは……ペットフード」
結理先輩……食べ物ならペットフードもいいんですか!?
ていうか、なぜここにペットフードの看板が?
そう思っていると、
「あぁ、ココ左ぃ!」
光先輩が左を指差した。見れば、角の電信柱の所に緑色の小さな花乱の滝への案内板が有った。案内板によれば、滝までは一・一キロ。距離は大したこと無い。
――距離は。
問題は坂。距離が短くても勾配がキツければ長く感じるのを、篠栗で実体験した。
でも、坂登れるか確かめるのに良いって言ってたぐらいだし……。
……いや、きっと行ける!
左へ曲がると、まずは下り坂。右手にはレンガ造りのような二階建ての建物が有る。なんの建物かは分からない。
その建物の前を通り過ぎると、
「ソコを左ね」
光先輩が指差した。
先には真っ直ぐと左の分かれ道。そしてその間にはホテルの看板。ホテル名が書いた所の上で、小さな電球がズラッと並んで左を差している。
「光先輩……こんな山奥のホテルに私を連れ込んで、何をするつもりですか……」
「なんもしねーよ! 潰れてるし!」
「平田さん……左を見て」
後ろから結理先輩。左を見ると、花乱の滝の案内板が有った。矢印は左を差している。残り九九〇メートル。
いや、刻みすぎじゃない? 後十メートル手前に設置して一キロでも良かったのでは?
そして左に曲がろうとすると、林道の起点を示す標識が出ていた。
ここから道路が酷くなりそうだ。
曲がって林道に入ると、一気に勾配が増した。一瞬の休憩ゾーンが有った分、その落差で余計キツく感じる。
林道なんて、基本的に林業の人が通る道。林業の人も、自転車では来ないだろう……多分。一般的な通りやすい道なんて事は無い。
そんな道路だ。道も広くない。車が来たらと思うと……。
――いかん。またネガティブだ。
車が来たら状況次第。その場がどうなっているか、現状予測出来ない。その場の状況で判断するしか……いや、多分それは前を行く光先輩の役目。
後方から来れば……結理先輩がいる。
前後は先輩たちに任せて、自分はペダリングに集中する。
登っていると、左右の林が無くなって急に開けた。前方左側に建物が見えてくる。近付くとテント生地の屋根は破れており、明らかにボロボロの廃墟状態。元が何だったのかよく分からない。
この辺りが、ホテルのあった場所らしい。先ほどの場所は駐車場で、向かい側にホテルが有ったそうだ。廃業後に火災が発生。焼け跡からは……。
こうして残ったのは駐車場と看板だけなのだそうだ。看板は分かれ道に建っていて、目印となっている。間違ってあの道を真っ直ぐ行っても、行き止まりなのだそうだ。
ホテル跡から少し登ると、左右には畑が広がっていた。この辺りの坂は少し緩い。畑と道路の間には柵が建っていた。奥の方には倉庫らしき建物が見える。
「さぁて、こっからが本番だよ」
前を行く光先輩が言う。
先を見ると、林道はそのまま前方の山林に飲み込まれていく。
体感的にはもう半分以上は過ぎていると思うが、この先にはどんな道が待ち受けているのか……。
三人は山林に突入した。
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