第63話 Roadbike of Sword

 愛紗が入学する一年前。光は鴇凰高校に入学出来た。

 高校には特に希望もなかった。しかし行ける学力ギリギリの学校だと、テストがヤバいかもしれない。

 と言う事で、一つ下を選んだら、鴇凰高校になってしまった。比較的自由な校風だし、利用するJRの駅から離れている事以外は悪くないと思った。

 その離れているのが大変なのだが。

「博多駅にママチャリでも置こっかなぁー」

 光は廊下を歩きながら、一人つぶやく。

 篠栗町に住む光は、篠栗線の電車に乗れば鹿児島本線の博多駅まで乗り換える事無く来られる。

 問題はそこからの移動手段。

 バスは渋滞に巻き込まれて時間が読みにくい。

 自転車の方は時間が安定するが、雨の日に乗るのがイヤだ。夏とか、カッパなんて着たら絶対に暑い! 雨に濡れるか、汗に濡れるかの選択になるだろう。

 その前にママチャリが重い。雨の日でも乗れるようにママチャリにしようかと考えたが、普段クロスバイクに乗ってる身からすると、ママチャリは鈍重な乗り物だ。

 だが値段は安いし、多少雑に扱っても丈夫だし、何かトラブルが有ってもママチャリを対応してくれる店は多い。通学の為、しかも駅から学校までの間だけにクロスバイクというのは、少々値が張るもの。

 悩みどころだ。

「やっぱバスでいっかなぁ……」

 今日はバスだったが、これはこれで悪くなかった。降りてから少し歩くが、許容範囲。

 問題は渋滞。特に雨の日や事故発生の時は渋滞が酷くなる。到着が読めなくなる事も。

「んー……バス使って、問題出てきたら自転車にすっかー」

 と結論が出た所で、光の目に一枚の部活勧誘ポスターが飛び込んできた。思わず足を止めてしまう。

 ポスターには山が描かれていた。そして力強い『山に登ろう!』の文字。

 これだけ見ると山岳部のポスターかと思ったが、下に『自転車愛好部』と書かれている。

「いや、山岳部じゃないんかい!」

 光はポスターにツッコミを入れていた。

 自転車で『山に登ろう!』と言う事は、徒歩でなく自転車で登るという事だろう。

 光はクロスバイクを買って貰って、篠栗四国八十八ヶ所霊場を回った。坂道は泣きたくなるぐらいキツかった。それでも楽しかったし、若杉山奥の院ついでに寄った標高五八〇メートルにある米ノ山展望台からの景色は最高に良かった――若杉山の山頂が何も見えなくてガッカリした分。いや、米ノ山も展望台近くに山頂があるが、展望台に比べるとそんなに……。

 でもあの景色、自然、開放感は登った人でないと味わえない。

 山を自転車で登ろうという気持ち、分からなくも無い。

「てかコレ、自転車登山部の間違いじゃないの?」

 登山に興味が有る訳では無いが、どんな所なのか気になってきた。

 もしかしたら、自転車と登山を組み合わせた新しい競技が生まれているのかもしれない。

 自転車愛好部を覗きに行こうかと思ったが、場所はグラウンド端の旧部室棟とある。

「冷やかしで行くには遠いなぁ……」

 部活が多数集まっているような場所なら他の人もいると思われるので、チラ見に行くぐらいの気持ちでも寄れる。旧部室棟と書いている時点で部活が集まってないどころか、学校側も大して力を入れてないのが予想出来る。人も少ないだろう。行けば目立つのは間違いない。

「どうしよっかなぁ……」

 光が行くか行かないか考えながら昇降口を出ると、多数の先輩たちが部活勧誘を行っていた。運動部、文化部が入り交じっている。山岳部はいるようだが、自転車愛好部の姿は見えない。

「――ベツに、そんなに気になってるワケじゃないし……」

 とはいえ、いないとなると逆に気になってくる。

 光の足は、いつの間にかグラウンドの方へ向いていた。

「ちょっとだけ……ちょっとだけならいいよね?」

 グラウンド全体が見える場所に来ると、遠くに古い二階建ての建物が見えた。あれが旧部室棟だろう。

 そしてグラウンド手前側に見える新しい建物が、まだ建ったばかりという新部室棟。

 運動部のほとんどは新部室棟に移ったそうだが、なぜ自転車愛好部があそこに取り残されてしまったのか、気になってしまう。

 ――まさか、他に言えないような競技……いや、どんなんだよ!

 心の中のセルフツッコミは、なんか悲しいモノがあった。

「アレ?」

 旧部室棟の方へ歩いていく女生徒の姿が見えた。

 その子は旧部室棟前に立っている女生徒の前で止まる。二人は遠いこの場からでも分かるぐらい身長差が有った。

 やがて部室棟前に立っていた背の高い方が万歳をすると、二人で部室棟の中へ入っていった。あの様子からすれば、小さい子は新入部員だったのだろう。

 ――コレ、行ったら入部しないといけないヤツじゃないの?

 光は部がどんな所か気になっているだけで、まだ入部するつもりは無い。

「どんな部か気にはなるけど……」

「自好部が気になるのかい?」

「はぅあっっ!」

 いきなりの後ろからの声に、光は変な声が出てしまった。

 ゆっくり振り返ると、そこにはショートカットの女の子が立っていた。

 いつの間に……。

「あ、ロードバイク」

 女の子の右横には黒いロードバイク。そのロードバイクを押していた。ピカピカのフレームやチェーンからも、綺麗に手入れされているのが分かる。

「自転車に興味あるかい?」

「ええ、まぁ」

 光は自転車に全く興味が無いという訳じゃない。素直に答える。

「よし! うちの部は自転車に興味があれば、誰でもウェルカムさ!」

 え? 入るコトになってる!? このままでは引き込まれる。まだ決めてないのに。

「いや、その……ポスター見てどういう部が気になっただけで……」

「ああ、あれ? そのままの意味だよ。ボクはヒルクライムが大好きだからね」

「ヒルクライム?」

 直訳すると、丘登る。

「そう。簡単に言えば、自転車を使った山登りさ。道路さえあれば自転車はどこへでも行ける。歩いて山を登るのとは、また違った面白さがあるんだ!」

「……」

 光はキラキラ目を輝かせながら語る自転車愛好部の部員であろう人に見とれていた。

(カッコいい……)

 ハッと現実に戻った光は、それを振り払うように首を左右に振った。

(ダメダメ。このままだと入部しちゃう)

 だが光は目の前にいるキラキラと目が輝く先輩と、キラキラとフレームが輝くロードバイクに惹かれていた。

「あの……先輩はなぜ山に?」

「なんでだろう……気持ちいいからかな?」

「気持ちいい……?」

 なんか予想外の答が帰ってきた。

(いや、山の上からの景色は気持ちいいし、そのコトだよね?)

 と一人納得していた。

 でも、

「キツいですよね? 登るの」

「うん。山はキツいよ。キツいけど、その分達成感が段違いだからね。ロードバイクだと長距離走ったぞ! とかもあるけどさ、ヒルクライムは登り切った時にキツさから解放されるあの快感がタマらないんだよね。坂がキツければキツいほど、気持ちよさが違うね。ボクはヒルクライムを始めて、新しい世界が開けたと思うよ」

 と笑顔で語る先輩は更に予想と違う方向へ進む。

(キツいほど……気持ちいい?)

 その気持ちはよく分からないが、光の自宅周辺は山に囲まれている。山を登らなくて良いのは、西の粕屋町・福岡市方面だけ。

 南は若杉山がドーンとそびえる。

 北は猫峠があるし、久山町に抜ける道路は付近は元々炭坑が有ったような場所。

 そして東は八木山峠になっている。

 八十八ヶ所を回った時は自分なりに走ったが、山が得意そうな先輩に山の走り方を教われば、もっと行動範囲が広がりそうな気がした。

 なによりも楽しそうに自転車を語る先輩の姿に、もっと自転車を知れば世界が広がりそうな予感がしていた。

「あたしも……山を知れば新しい世界に行けますか?」

 光は勇気を出して踏み出した。

 新しい世界への一歩。この一歩は大きい。

「行けるさ」

 先輩は右手を出してきた。

「おいでよ、ボクたちの世界へ」

 先輩の手は、新世界への切符だ。

 これを握れば、新世界へ行ける。

「はい」

 光は手を握った。光の手を優しく包む先輩の手は温かかった。

 これならやっていける――そんな気がした。

「ボクは真坂まさか一山いっさ。自好部の部長だよ。みんな山さんって呼ぶから、山さんでいいよ」

「あたしは下郷光です」

 こうして入部を決めた光は、山さんと旧部室棟へ向かって歩き出した。

 が、

「しっかし自転車で山に登りたいなんて、光クンもよっぽどの変態だね」

「え? へ、変態ぃ!?」

 山さんから出てきたまさかの単語に、光は戸惑う。

「だって、ボクたちの年齢でもバイクとか乗れるのに、キツい苦しい自転車で山を登ろうだなんて、よっぽどの変態だよ」

「は、はぁ……」

「ボクは自分でも坂に悦びを感じるのはちょっと変態かな? って思ってるけどね」

 はにかむ先輩を見てヤバい世界にきちゃったかな? と思う。

(旧部室棟に残された理由はコレなんじゃ……)

 やっていけないかもしれない――段々不安になってきた。

 だが、もう遅い。

(別の新しい扉だったらどうしよう)

 悩みは増えていくが、自転車愛好部の部室がある旧部室棟はもう近かった。

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