いろいろ考えられる選択肢の中から、「この自転車」を選ぶのは自分しかいないわけです――羽生善治

第62話 THE CLUB OF THE FOOL

 三年生が引退して、自転車愛好部の部員が三人になった――多分。

 一人だけ動向が分からない人がいる。

 もう一人の三年生である柳先輩も引退した……のかなぁ?

 柳先輩は元々部室に来ないので、今までとあまり状況は変わらない。ただ、部の活動的な物に関しては、柳先輩が一人で走っていた。五人で一番走っていたという話だ。私たちが今の頻度で走るのなら、走行するという活動的な物はグッと減るだろう。

 部室になら、いつも誰か居るのだが。

 部長――いや、前部長は来る頻度がぐっと減った。

 今はたまに部室へ来て私物を部へ提供する物と持って帰る物に分けているが、

「これは新しく買ったから、残していいか。部に提供していくぞ」

 と、大抵は提供する物に分類された。

 何に使うか分からない工具とかも有ったが……結理先輩なら分かるのだろうか。

 多分、分かるんだろう。分からないと困る。

 とまぁ、前部長はこんな感じ。来る頻度が減っただけで、いつもと変わらない。

 一方で、現部長はと言うと……。


「あーっ! あんなコト言っちゃったけど、来年どうしよーーっ!」

 光先輩はすでに来年の新入部員勧誘に悩んでいた。

 今日はいつものような机でなく、イスに座っている。それだけ真剣なのだろう。

 来年、一定期間までに二人入らなければ、この自転車愛好部は自転車愛好同好会という長ったらしい名前に変わる。自転車愛好愛好会だったら、もはや意味が分からない。

 名前の長さはどうでもいい。日本一長い部活名になっても、ウィキペディアにすら書かれない。一番の問題は、僅かな予算すら無くなる事。パンク時の予備チューブなどを買っている。予備チューブは幅広く対応出来るシュワルベを買っている。すごく高額な物ではないものの、自費で買っていくのは地味に辛い。

「私が入部しなかったら、どうなっていたんでしょう」

 今年唯一の新入部員である愛紗が言う。

「どうなってたんだろうねぇ……」

 誰も入部しない可能性も有ったかもしれない。愛紗も、自転車愛好部との出逢いは偶然だった。出逢わなければ、入る事も無かっただろう。

 思い返してみれば、そもそもあの勧誘自体がおかしかった。

「大体、あの怪しい占いで勧誘とか、誰が考えたんですか?」

「ん? あたしだけど」

「……」

 部室が静寂に包まれた。

 あれにひっかかるような人がいるなんて、本当にいるとか考えていたのだろうか。もはやオレオレ詐欺に近いレベルだった。

 いや、ひっかかった本人が言っても、説得力は無いが。

「ほら、入れちゃえばなんとかなっちゃうし」

「でも、即辞められたら終わりですよ?」

「あっ!」

 そこは考えてなかったらしい。

「せめて、合意の上で入れましょう」

「そうね」

「というか、新入部員勧誘ってポスターとか校内に貼るじゃないですか。自好部って、どんなポスター貼ってたんですか?」

「えっとねぇ……コレ」

 光先輩が机の中から出したのは、『自転車愛好部』と筆で書いたような文字だけのポスター。

 妙に達筆すぎて、これなら目立つのは目立つが……これを誰も自転車部とは思わないだろう。

「これ、書道部に書いてもらったんですか?」

「私……」

 そう言ったのは、作業場にいる結理先輩。こんな特技が有ったとは。

「なんで文字だけに?」

「これを見れば……分かる」

 そう言って結理先輩が取り出したのは、別のポスター。愛紗は作業場まで行って、それを受け取った。

 そのポスターには直線や謎の曲線が描かれていた。

 何がなんだか分からない……。モジャモジャ?

 唯一分かるのは、端に決して綺麗とは言えない字で書かれた『自転車愛好部』という文字。

 何と言えばいいのか……。

「――えっと……美術部に書いてもらったモズクの抽象画か何かですか?」

「いや、どーみても自転車でしょ!」

 そう自信たっぷりに言ったのは、光先輩。どうも描いたのは光先輩のようだ。

「え?」

 その言葉に愛紗はもう一度ポスターを見るが、いくらランクを下げてみても、これが自転車には見えない。

「どこに自転車要素が……?」

「そのトップチューブのあたりとか」

 どれが!?

「ホイールだってきちんと描いてるし」

 いや、無いよ!?

「ドロップハンドル、描くの結構難しかったんだ」

 むしろ、自転車をこう描く方が難しいのでは!?

「人も描こうと思ったんだけど、人で自転車隠れちゃって分からなくなるかなーって思ってさぁ」

 いや、人間がいなくても自転車と分からないんですけど!?

「あたし、すっごく自信あるよ! 上手に描けたと思う」

 これを出す方が賭けだと思う。

「理由……分かった?」

 結理先輩の言葉に、愛紗は全力で頷いた。

「ええーっ! ひどぉーい!」

 と光先輩は言うが、自転車をこんな風に描く方がひどいと思う。

 光先輩は画伯どうこう言う以上に、センスがあれだ。愛紗は強く実感した。

 来年どうしよう……。

 このままでは――と、愛紗も悩み始める。

 いや、

「そう言えば……」

 このままポスターの話を続けると、こっちも何かおかしくなりそうだ。愛紗はこのポスターの話題から変える事にした。

「去年ってどうだったんですか?」

「去年って、あたしたちが入ったコロ?」

「そうです」

 ふと切り替えた話題だが、先輩たちがどうして自転車愛好部に入ったのか、それも気になる。そこに新入部員勧誘のヒントが有るかもしれない。

「あん時は、あたしもまだ純だったなぁ……」

 今は?

「山さんに色々開発されちゃってね……」

 何があった!

「あたしは、別に自好部に入るつもりは無かったんだけど」

 と、光先輩の過去話が始まった。

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