第61話 「うどん」「うどん」「うどん」「てんどん」
四人は天開稲荷社から緩い坂を下りてきて、北神苑まで戻ってきた。
結理先輩が
「もう我慢出来ない!」
と言いだしたので、
「ゴリラか!」
と光先輩に言われつつ、一番近い茶屋へ入る事にした。
瓦葺きで木造の建物は、いかにも『茶屋です!』という感じがして、趣があった。
建物の右側には緋
内装も、外観からのイメージを崩さない和の造り。
「いい……」
この茶屋は今でもテレビで出る事はあるが、テレビすら無い時代にも多くの著名人が訪れた。全国に歌碑が残る歌人・
四人が注文した物は、
部長:天丼
光先輩:梅の香うどん
結理先輩:肉うどん
愛紗:おかめうどん
と、梅ヶ枝餅。
「良かった。結理先輩が天丼か親子丼を注文していたら『丼物』で、やっぱり最後に『の』が付く物に弱いんだってなってました」
「……何の話?」
その後、注文したものが運ばれてきた。
愛紗はおかめうどんが気になって注文していた。やや平たい麺の上にニンジン、タマゴ、シイタケ、かまぼこ、ワカメなど、色とりどりの具が載っていた。組み合せたりしない限り具は単品で載っている事が多いので、最初からこんなに具が載ったうどんは珍しい。
「珍しいね。愛紗ちゃんがおかめうどんなんてシブいの頼むなんてさ。あたしならまだ分かるのに」
「おかめうどんって見た事無いから、珍しいと思って……」
「
「「「え!?」」」
部長、結理先輩、愛紗の三人が同時に声を上げた。
「うどんはウエストじゃないんですか?」
「牧のうどん……」
「私は
福岡と言えばラーメン! というイメージがありがちだが、うどん・そばの店はラーメン店の一・四倍ほど有る。好きなうどん店が分かれるのは、珍しい話ではない。
「でも一番好きなうどんは……黒田屋のハンバーグ定食でハンバーグと一緒に鉄板載ってるうどん」
「あのミートソースかかってるヤツね……って、黒田屋ってうどん店って言うより、定食屋じゃない?」
「言われてみると……確かに」
25時間営業で有名な黒田屋のメニュー表にもうどんは有るが、扱いは小さい。元々は運転試験場の代書屋にあるうどん屋が始まりなので、うどん屋のイメージが今でも強い。黒田屋は定食屋となっているが、今でも試験場の所にうどん店を出している。
「ところで、なんでおかめうどんって言うんですか?」
「元々は江戸の蕎麦屋が具材を並べたらおかめっぽく見えたから、おかめそばと付けたとか……それがうどんになっておかめうどん」
と、食に詳しい結理先輩の解説。
「おかめ……」
おかめと言われると怪しい。載っているワカメしか連想出来ない。
「おかめって、お多福ですよね? 節分シーズンに櫛田神社の門の所に造られる、あの」
「ん……そうだよね。おたふくだよね。おたふくの方が字面的に良さそうなのに、なんでおかめなの?」
光先輩が結理先輩に聞くが、
「私に言われても……」
さすがの結理先輩も困惑。
「お多福うどんだったらソースかかってそうだからじゃないですか?」
「そうね。広島の酢とかソースがうどんに……って、オタフクブランドが出来たのは昭和だから!」
「どうでもいいが、食べないのか?」
すでに天丼を食べ始めている部長に言われて、三人は話に夢中になって食べてない事に気付いた。
食後の梅ヶ枝餅は皮が厚めで、餅の存在感が有って良かった。この皮の厚みも、中の餡の状態も、各店で違う。それ故、人によって推しとなる梅ヶ枝餅が違う。普段何気なく買っている人も、何気なく買った店の梅ヶ枝餅を推すようになる事も有る。
四人は食べ終えて店の外へと出てきた。
「いやぁ、この店は良かった。来月来た時にまた……と思うが、他の店も試してみたい気もするな」
「その気持ち……分かる。梅ヶ枝餅、まだ全店制覇出来ていない」
結理先輩、太宰府の店を全店制覇するつもりか。でも、結理先輩なら出来そうと思えるのが恐ろしい。
太宰府天満宮の御朱印所で太宰府天満宮と天開稲荷社の御朱印をいただいた後、帰りは表参道でおみやげを買う事にした。太宰府に詳しい結理先輩に連れて行ってもらう。
部長と光先輩は店の外で待っていた。おみやげを買わないとかでは無く、部長に止められていた。
「なぁ、下郷」
部長はいつもの腕組みスタイルで、店を見つめていた。
「なんですか?」
止められたって事は、何か話があるのだろうとは察してはいた。
「今日見てて思った。安心して部長の座を下郷に渡せそうだ」
「え? あたしですか?」
突然の指名に驚いたが、
「考えてもみろ。江淵がやると思うか?」
という質問に、
「うん。やらないですね」
と、即結論が出てしまった。
「だろう? 私だって柳が来ないからと部長になったし、山さんだって流浪先輩がすぐ放浪の旅に出るからと部長をやっていたんだ」
「――ウチの部って、部長選出の理由が後ろ向きすぎません?」
「ん……いや、多少は適性も考慮している。大体、江淵が部長だとストッパーが居なくなるからな。たまに暴走するだろう?」
「いや、まぁ……そうですね」
今日もユリをコントロールしていたような気がする。他に止められる人はいないだろう。
「下郷なら自好部を引っ張っていけそうだ。今日一日見て、それを実感した。下郷は他の人をよく見ている」
光は部長からの評価の高さに、少し照れ臭くなってきた、
「いやぁ……そんなにホメても、ナニも出ないですよ?」
「なぁに。部長としての、最後の仕事をしているだけさ」
「あれぇ?」
おみやげを買った愛紗が店から出てきた。
「光先輩、妙に嬉しそうですけど、何か有りました?」
「え?」
光先輩はそんなに顔に出てたかな? と両手で頬を覆った。ちょっと恥ずかしくなって顔がみるみる紅潮していくのが、自分でも分かる。
「ないないない! ナニもないよ!」
「みっちゃん、御飯でも貰った?」
結理先輩も店を出てきた。
「いや、ユリじゃあるまいし」
ユリの一言は、光が冷静さを取り戻すのに十分だった。
四人は駅まで戻ってきて、帰路に就いた。
途中で結理先輩と別れ、三人は学校まで戻ってきた。
そして、いつもの部室荘前へ。
「いやぁ、これで心置きなく部を引退出来る。引退とは言っても、部室に色々置いてるからな。もう全く来なくなる訳じゃあ無いぞ」
「部長が引退したら、誰が部長になるんですか?」
話を聞いていない愛紗には、当然の疑問だった。
「ああ、次の部長は下郷だ」
「光先輩ですか? おめでとうございます」
愛紗は拍手をした。
「選ばれたというか、流れでなった感が強いんだけどね」
「よっ! 部長!」
「部長は恥ずかしいから、光でいいよ」
いきなり呼び名が変わると、照れるというか、まだ違和感がある。部長になったからといって、いきなり何かが変わる訳じゃない。通常通りでいい。
「あとの自転車愛好部は任せたぞ」
「だ、そうですよ。任されましたよ? 光先輩」
「いや、愛紗ちゃんもだよ。一緒に引退でもするつもりか!」
「もし同好会落ちになったら、一生言われ続けるからな。それだけは気をつけろよぉ」
「――来年は頑張ります」
光はようやく部長の重みというのを、実感した。来年は部員を二人以上入れないといけない。
その為には、何でもやる。やらなければならない。
こうして四人の、そして上ノ原部長の自好部としてのラストランとなる太宰府の旅は終わった。
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