第60話 穴守
四人は御朱印所の横から裏側へ抜けてきた。正面には崇敬者会館が建っている。ここの地下は菅公歴史館。もっと北側に建っていた菅公歴史館が移転してきており、博多人形を使って菅原道真の生涯を描いている。
ここから右に曲がって摂社の前を通り過ぎる。本殿側には大量の絵馬がずらり。当然、内容は合格祈願が多い。
包丁や捌いた生き物を供養する包丁塚を過ぎると、茶屋や梅の木が見え始める。この辺りは
「梅が咲くシーズンだと綺麗でしょうね、この辺り」
「そのシーズンって、高校の合格祈願で人多いけどね」
「十月は太宰府も受験合格祈願大祭のシーズンだからな。その辺りから春まで合格祈願が本格化するんだろう?」
「え? 十月に来た方が良かったんですか?」
そう部長が言うので、時期が早すぎたのかと愛紗は慌てた。
「なぁに、十月にまた来れば良い。今日は下見だ。一回しか来られないなんて事は無い」
「それは良かったです」
太宰府天満宮では毎年十月十八日に特別受験合格祈願大祭が開かれる。これは菅原道真が教育機関である大学寮で、文学の教官となる
それだけに妬み、
四人は、花はないが華のある梅園を進む。冬の終わりから春にかけての花の咲シーズンを想像すると、足取りも軽くなる。
しかし、逆に足取りが重い人が一人。
「我慢……我慢……」
結理先輩である。
両サイドには梅の木が有るが、その木の向こう側には茶屋が並ぶ。道は先の方で右に曲がっており、正面にも茶屋が見える。
周囲から結理先輩を誘惑する魅惑のゾーン。
梅園周辺の茶屋は梅ヶ枝餅や甘味の他に、うどん・そばや丼物、カレーなどの食事も提供している。
駅側の表参道にも梅ヶ枝餅や食事を提供する店は有るが、土産物店も多い。
だが、こちらの北神苑には、梅園の周囲に茶屋と土蔵造りのような外観のトイレしかない。
この食べ物包囲網を結理先輩に耐えろというのは、酷な話。
光先輩が時計を見ると、昼は過ぎて客は減っていく時間帯だった。
今日は厳しくしていたので、ずっと我慢してもらっていた。
そろそろいいかな?
「――ユリ」
光先輩は振り返って一番後ろにいる結理先輩の方を見た。
「天開稲荷社行って、帰りに寄ろう」
それを聞いた結理先輩。顔つきが変わって一気に加速し、三人を抜いていった。
「早い早い早い!」
結理先輩は周囲に脇目も振らず、一直線に天開稲荷社の方へ歩いて行く。小さな結理先輩が、更に小さくなっていった。
「ん、ったく……ユリは。シマノと食べ物に弱すぎる」
「いや、あれで良かったんじゃないか? 行く前に江淵が茶屋に吸い込まれたら、ここで終わってたかもしれん」
「まぁ、ああでも言わないと、ユリいつまでもあんなだし」
「あの……光先輩、結理先輩は最後に『の』が付く物に弱いんですか?」
「そんなワケねーよ」
三人は突き当たりの茶屋の前で右へ曲がった。その先は緩い階段と坂の組み合わせ。
坂の途中に有る茶屋の前まで来ると、坂の上に赤い大きな鳥居が見えてきた。
赤い鳥居をくぐると広場になっていて、左に大きな鳥居と、その先の階段の途中にも赤い鳥居が見える。
「なんか……鳥居が増えてきた」
二つ目の鳥居に近付くと、左奥の方にレンガ造りのトンネルが見えた。これがお石トンネルの入口。お石トンネルは通称で、正式名称は『宝満宮参道隧道』。ここを抜けると、先ほど竈門神社へ行く時に通った坂へ行ける。昔は徒歩で行く人が多かったかもしれないが、今は太宰府駅前からコミュニティバスに百円で乗って神社前まで行ける。
とはいえ誰も通らないという事も無く、現在も麻生家で管理しているという話。
鳥居をくぐると、木に囲まれた参道は石階段になる。左右には赤や白の『天開稲荷大明神』の幟。
薄暗い参道は途中で二手に分かれていた。
右は石階段が続く。左は緩い登り坂で、鳥居がいくつか建っているのが見える。
愛紗が戸惑っていると、
「こっちだよ」
と、光先輩が鳥居が有る方を指差した。
参道は少し狭くなって続く。
参道を進んでいくと、
「うわっ……」
少し急な石階段が現れた。鳥居と幟の密度は上がり、幅ももうかなり狭い。
「光先輩、まだ続くんですか?」
「いや、これ登り切ったら着くよ」
愛紗は細い手すりを握って急な階段を登って行った。
「うおぉぉ……」
階段を登って開けた所に、小さな紅白の社殿が有った。
九州最古の稲荷社という話だが、社殿は歴史の長さを感じない比較的新しめのように感じた。神社に歴史が有るからといっても、社殿も古いとは限らない。そこはまぁ気にしない。
「……遅い」
先に来ていた結理先輩が、左側に有るトイレの方から歩いてきた。
「ああ結理先輩、トイレが我慢出来なくて急いでたんですね」
「……違う」
「いや、それだったら北神苑のトイレがすぐ近くにあったでしょ」
「…………そう言えば有りましたね」
四人揃った所で、お参りを済ませた。
「ところで……」
愛紗は気になっていた物が有った。
「奥の院が有るんですか?」
それは、さっき結理先輩を見た時に目に飛び込んできた看板。奉納された狐の絵馬の下に『奥の院』と書いてあり、矢印は右を差している。その方向には、さっき登ってきたような鳥居が続く狭い階段が有る。
「あるよー。奥の院といっても、山登って行けとか、そんなんじゃないからすぐ行けるけど」
「行ってみたいです」
「というか、行かなきゃダメでしょ」
という事で、四人で階段を登って奥の院へ。
階段を登ると、鳥居と石室が見えた。
これが奥の院。
石室は小さく、一人ずつしか入れそうもなかった。
「よし、私から行こう」
と、部長が最初に。
次に光先輩。
その次に結理先輩。
そして最後は愛紗。
愛紗はそっと石室の中に入っていった。
入ってみて思ったのは、篠栗に有った穴観音。残っていた箇所は少なかったが、昔は岩穴に仏像を祀っていたという場所も有った。
まぁ、この奥の院はそこまで歴史が長くはないのだが。
ただ、普通の社殿よりも、ありがたみがすごく増すような感じがする。
愛紗はすっきりした気持ちで奥の院を出てきた。
「どうだった?」
「なんか、特別感が有りましたね」
「あの空間は特別よ。ココ、だざいふ遊園地の音が聞こえる時もあるんだけど、聞こえないもん」
「え? だざいふ遊園地近いんですか?」
「下にあるよ」
帰りは奥の院の右側から下りていく。こちらの道は緩い坂と階段になっていた。途中で下を見ると、確かにだざいふ遊園地が見えた。
「ていうか、だざいふ遊園地って近いんですね」
「そりゃそうよ。太宰府天満宮の境内だもの」
「どんだけ広いんですか、境内」
「あたしに言われても知らないよ」
光先輩は天満宮の中の人じゃないんだから、それも当然だった。
「……次は茶屋」
四人は足取りの軽い結理先輩が先頭になって、天開稲荷社を下りていった。
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