第58話 シカイル
四人は元の県道七六号線へと戻ってきた。さっき結理先輩と出会った場所である。
この丁字路を左へ曲がって東へ進む。
順番は道が分かる光先輩が先頭、その後ろに結理先輩、そして愛紗、部長と続く。部長が一番後ろなのは、坂で何か有ってもアシストが付いた部長ならなんとかなりそうだからという理由。
大宰府政庁跡の広場、大宰府の遺物などで歴史を学べる展示館の前を過ぎると、道から少し離れた場所にひっそりと
七世紀から八世紀にかけて建てられたお寺は、平安期から鎌倉期辺りに創られた重要文化財の仏像が多数有り、宝蔵で拝観料を払うと見る事が出来る。
また、日本最古と言われる梵鐘も有るが、九州国立博物館に出張しがち。
観世音寺は九州西国三十三ヶ所観音霊場の三十三番札所にもなっており、
太宰府市庁舎の前を過ぎて御笠川に架かる赤い橋を渡ると、五条地区に入る。
バイクも停められる貴重な太宰府天満宮近くの駐車場が左に曲がって進んだ所に有る五条交差点を過ぎると、道路は県道三五号線との重複区間へ。
左カーブを曲がって梅小路交差点で、県道七六号線と分かれて県道三五号線単独と変わる。
梅小路交差点を過ぎると参拝客狙いの時間貸し駐車場が増えだし、右側にも西鉄太宰府線の線路が見えてきた。
やがて、西鉄の線路は駅になる。
ここが太宰府駅。太宰府天満宮に一番近い駅になる。
駅前交差点を右に曲がって昼間は歩行者専用の参道を進めば太宰府天満宮だが、そこは最後の目的地。今は交差点を直進する。
北へ進む県道は途中で九十度近い右カーブで東へ。太宰府天満宮西門前で左カーブとなり、再び北へ向かう。この周辺の道路沿いにも、時間貸しの駐車場が点在する。
押しボタン式歩行者信号の先に竈門神社の案内板が見えた。矢印は右をさしており、矢印の横には『1900m』の文字。
案内に沿って右に曲がると、道路は坂道へと変わった。
ここから、グルービング工法の縦溝が入ったアスファルト舗装の道路になる。
まずは緩い坂道。勾配は増していくが、キツすぎない程度の坂。
登って行くと、お石トンネルの出口が右側に見えた。このトンネルは炭鉱王
大学の入口を過ぎると、大きな左カーブになる。
カーブを曲がると、勾配が緩くなってきた。ペダルが軽すぎるので、シフトを上げて進む。
道路は直線道路になっているが、途中には跨道橋が有った。この橋の下には、久留米への道路へ繋がる県道三五号線バイパスが通る。
跨道橋を渡って右カーブを曲がると、再び登り坂が見えてきた。
残りはあとどれぐらいだろう。半分は過ぎていると思うが……。
いや、距離は関係無いというのは篠栗で散々味わった。仏木寺からの一キロがどれだけ辛かった事か。
あまり期待はしない。
すこし登ると、右側に茶色の案内板が見えた。
竈門神社も書いてあり、『0.5km』と書いてある。
もう少し!
愛紗に気合いが入るが、それに反してペダルは重く感じ、スピードも落ちてきていた。先を行く光先輩や結理先輩との距離が開き始める。
「勾配が上がった!?」
「ああ、間違いなくな」
後ろから部長の声が聞こえてきた。
その坂は、跨道橋手前の坂よりもキツく感じた。
しかしシフトを落とせば登れないという訳では無い。猫峠のキツい坂ぐらいの感覚。
なるほど。ミニ猫峠だ。
だが案内板通りなら残りの距離は少ない。
ゴールまではなんとか……。
そんな気持ちで緩い右カーブ、緩い左カーブを曲がる。
右側に大きな竈門神社の有料駐車場が見えてきた。駐車場が竈門神社とそんなに遠く離れているとは思えない――いや、思いたくない。
ゴールが近付いている……はず。
遠くには稜線と、その上に建つ鉄塔しか見えないが。
だが、道路沿いは店が増えてきている。神社が近い証拠……か? 自信は無い。
先は緩い左カーブになっていた。
そのカーブを曲がると、坂の先に有る駐車場で待つ光先輩と結理先輩。その先には大きな鳥居が見えた。
「ゴールだ……うぉぉぉぉぉぉ!」
愛紗は最後の力を振り絞って、鳥居前の駐車場まで登り切った。
「やったぁ……わたっ!」
愛紗は一気に力が抜けて立ちゴケしそうになったが、落ち着いてクリートを外して地面に足をついたので、倒れずに済んだ。
「愛紗ちゃん、大丈夫?」
光先輩が素早く声をかける。
「いや、大丈夫です」
「よくやったな、平田」
と、悠々と登ってきた部長。E-bikeがちょっと羨ましくなった。
四人は詰所裏の駐輪場に自転車を停めて、参拝の準備を始めた。
「いたたた……」
頑張りすぎたのか、愛紗は脚の痛みを感じた。
「どこが痛い?」
心配する光先輩。
「ふとももの表側です」
「それ、多分ペダルの踏みすぎ」
「え? ペダルって踏むものでしょ?」
それが常識だと思ってた。
踏む以外、どうする?
「いや、ビンディングシューズ使ってるなら、引き足も使えるんだよ。ペダルが上にくる時にね」
「足を引っ張るんですか?」
「うん。まぁ、ぐいーっと引っ張ったら、それはそれで引きすぎ。よくペダルをクルクル回すようにって言うけど、踏み足と引き足のバランスが取れたら、そんな感じになるんだよ。どうすればいいって説明は難しいから、これは感覚で覚えて貰わないといけないんだけど、覚えるとペダリングも今よりはラクになるよ」
「うーん……」
確かに踏む方にしか意識が行ってない気がする。今度からは引く方も意識してみよう。
「というか、今更そこなのか?」
と、部長。
「そのペダリング方法は、初歩中の初歩だろう」
「いやぁ、誰も教えてなかった気がするなぁと思って……」
「それでよく篠栗完走出来たな。まぁ、確かに教えるのは難しいが」
よく完走出来たと、愛紗も自分でそう思う。
「でも、大丈夫?」
光先輩には別の心配が有った。
「何がですか?」
「脚。こっから階段だよ?」
「え?」
愛紗が振り返って坂の途中で姿を現した鳥居の方を見ると、その手前に階段が有った。そんなに段数は多くない。
「大丈夫ですよ、あれぐらいなら」
「あの先、まだ階段あるよ」
「え?」
「ひぃぃぃぃ……」
少し休憩を入れて脚の痛みは治まったが、やっぱり階段は脚に追加ダメージが来る。登るのは大変だ。
一の鳥居前の階段を登って二の鳥居をくぐる。
境内はカエデの木が多いが時期はまだ早く、葉の色は緑。冬の手前になれば、風景は紅く染まる。
緑のトンネルを抜けていくと、三の鳥居前にまた階段が有った。
階段を登って進むと、右におしゃれなレストランか喫茶店のようなガラス張りの建物が見えた。
そしてその建物の左側に長い階段。
その階段を登っていると、拝殿が屋根の上の方から少しずつ姿を見せ始めた。
「おお……」
登り切ると、昭和初期に建てられた大きな銅板屋根が特徴の拝殿が全身を見せた。拝殿の前には狛犬。そして後ろには木々が生い茂り、森の中に建つような感覚になる。
竈門神社に祀られる玉依姫命が縁結びの神様だけあってか、参拝客は女性が多めだった。それに混じってちらほら登山の格好をした人が居るが、ここの左手が宝満山登山口になっており、登山前と後にお参りする人が多い。
四人は手水舎で手を清めてから拝殿でお参りを済ませた。
「――で」
愛紗はずっと気になっていた。
「あのガラス張りの建物はなんですか?」
「アレ? 御守りとかの授与所だよ」
「オシャレすぎません?」
「百年後を考えて、あのデザインになったんだって」
「もう千年以上歴史有るのに、百年後も考えるんですか?」
「歴史が長いからって、守りに入らないのが凄いのよ」
光先輩は話しながら御朱印帳を出していた。
竈門神社は外に御朱印所が有るが、そこは閉まっていたので授与所へ。
中は白を基調として明るく、整然と並べられた御守りもオシャレに見える。普通の御守りから可愛い御守りまで、幅広く置いてある。これなら確かに女性の参拝客が多いなと思った。
「いちご?」
愛紗の目に留まったいちご型の御守りは、一期一会という意味を込めているらしい。
「いちごや、お主も悪よのう」
「いやいや、お代官様……って、それ越後屋!」
なお、江戸で実際に一番多かった屋号は伊勢屋なのだそうだ。
ただし、知名度が高かったのは越後屋。伊勢商人の
四人は授与所を出て階段を下りていく。
「登る時ちょっと気になってたんですけど、あれなんですか?」
愛紗が聞いたのは、途中に有った金網フェンスの囲い。これだけ雰囲気が違うので、気になっていた。
「中に鹿さんいるよ」
「え? 見たいです」
近寄ると、フェンスの中にはつぶらな瞳のシカがいた。
「かわいい~」
「篠栗だと、山を走ってるといたりするけどね」
「え? 野良のシカいるんですか?」
野生のサルやイノシシはニュースになったりするので存在は知っているが、シカもいた事に驚いた。
「いるいる。ガサッと音がしたらシカだったって事も。最近は山を下りてきたりもするよ。サルやイノシシみたいにそんなニュースにはならないけど」
「ジビエ……鹿肉……」
「ユリ! 食べちゃダメ!」
シカが狙われる前に、四人は駐車場まで戻ってきた。
「いやぁ、坂本八幡宮も良かったが、竈門神社も良かったな」
「部長が満足なら、良かったです」
最初に太宰府に行くと言い出した愛紗も、一安心。
「今日のメインは部長ですから」
「ああ、そうだな。次は……太宰府か?」
「そうですか? 光先輩」
愛紗は光先輩の方を向く。
「あたしに聞くの? いや、そうだけどさ。駅前から歩きだけどね」
「だそうです」
と、愛紗は部長の方を向き直した。
「天開稲荷社は……太宰府天満宮の裏だし」
そう言うのは結理先輩。
「なら、すぐ着くな。四社とか大変だと思ったが、意外とあっさり回れたな」
「こっから長いけどね」
「そうなのか? 何回も太宰府に来たが、そんなイメージは無いな」
「太宰府天満宮は意外と広いんです」
「そうか。楽しみだな」
四人は竈門神社を出発した。
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