第57話 碧き遺跡のテーマ

 あれから日が経って、四人で太宰府へ行く日がやってきた。

 見上げれば、雲の少ない抜けるような青空が広がっているのが見える。

 毎回晴れているような気がするが、それも当然。自好部のメンバーには雨の日に走りたくないという人が多い。雨を避ける為に週間予報などから雨の確率が低い日を選んでいるのだから、晴れで当然と言えば当然なのだが。

「これは……今日もいい日になりそうだな」

 まだ残暑の続く中、愛紗は集合場所である学校へ向かった。


「お、来たな」

 部室荘の前では、部長がいつもの腕組み仁王立ちスタイルで待っていた。そばには篠栗四国八十八ヶ所霊場巡りの初日に見たミヤタのE-bike。部長が持つ三台の自転車のうちの一つ。他は通学用のクロスバイクと……あと一台なんだろう。部長にはまだまだ謎が多い。

「あれぇー? もうみんな来てるー」

 二人から遅れてきたのは、光先輩。部長も愛紗も学校から比較的家が近い。遠い光先輩が不利になる。

 なお、結理先輩は学校に来てから行くよりも自宅から直接行く方が近いので、一人だけ現地集合になった。いつも学校に置いているクロスバイクは、乗って帰っている。

「まぁ……現地まではアップダウンも特にないし、大きなイベントも無いだろうから、現地までダラダラ・ゾロゾロ行くよりは、な」

 とは、部長の意見。

 福岡市周辺は道路が狭いうえに自動車の交通量が多く、自転車に優しくない。青い自転車通行帯が設置してある箇所も有るが、専用の幅を確保して有ればまだ良い方。広くない車線に無理矢理設置したような混在箇所も多い。また、中途半端にしか設置していないので、青い通行帯や矢羽根が現れたり消えたりする。路駐も多いが、これは自転車通行帯が有っても無くても多め。

 光先輩の準備が終わると、光先輩、愛紗、部長の並びで出発した。

 夏休みの篠栗の時は東へ福岡市、粕屋町、篠栗町と移動したが、今回は南東へ福岡市、大野城市、太宰府市と人口多めの地域を移動する。

 ルートというと、福岡市内で旧三号線の片側一車線である県道一一二号線に入り、南へ進む。

 大野城市へ入って市役所の前を通り過ぎ、ロードサイド店舗が並ぶ地区を過ぎて御笠川を渡ると太宰府市に入る。

 九州自動車道をくぐれば、建物の密度は段々と減ってきた。店舗が無い訳ではないが、小さな店が多い。

 都府楼とふろう前駅近くの消防署が有る関屋交差点から左へ曲がり、県道七六号線を東へ進む。この関屋交差点の西側に有る細い道には鳥居が建つ。これは日田街道から太宰府天満宮へ行く分かれ道だった場所。ここからさいふ参りの参道となっていて、江戸初期に建てられた石の道標も残っている。

 中学校を過ぎると、蔵司くらつかさ官衙かんが跡が続く。跡といっても、草の生えた広場と歩道。見た目的には土手のような感じだ。

 県道を進んでいると、見覚えの有る小さな影が見えた。

「……意外と早かったね」

 結理先輩である。隣の市に住んでおり、ここまでは近い。

「坂本八幡宮は……この奥だから」

「ここ、ですか?」

 結理先輩が立つ所に県道から左に延びる道路が有るが、奥に何が有るという案内は無い。

「あれ? でもここって……」

 見覚えが有る風景。

 この奥に延びる道路の右側が、大宰府政庁跡になる。別名は都府楼。

 大宰府政庁は九州の政治、西の防衛、外交の役所。平安時代の重要な拠点で、千人ほどの官人が居たと言われている。

 菅原道真は大宰府に左遷されたと言われるが、この政庁で仕事していた訳では無く、ここから少し南に離れた榎社えのきしゃで幽閉状態だった。

 現在、大宰府政庁跡は礎石と石碑だけな史跡公園の広場でしかなく、大体は小学生が遠足で駅から歩いて来て「何も無い広場」と言う印象しか残らない場所となっている。

「神社とか、あったかなぁ……」

 遠足で来た記憶は有るが、神社が有った記憶は無い。

「傍に」

 まぁ、結理先輩が言うのなら、間違いないだろう。太宰府には良く来ていると言うし。

「しっかし、意外だなぁ」

 そう言うのは、光先輩。

「ユリが坂本八幡知ってるなんて。神社やお寺が好きなあたしなら、まだわかるけど」

 確かに。光先輩が神社やお寺が好きなのは、夏休みに光先輩の家に泊まった時に分かった。しかし、結理先輩が神社好きだとは、聞いた事がない。

「まぁ……この近くは美味しい喫茶店が有るから」

「紅茶ですか?」

「その喫茶店があったのは大分だ。アグネスか!」

 光先輩が間髪入れずに言う。

 あのモデルになった喫茶店、今はもう無い。

「おーい、先に行くぞ」

 と、部長。

「ここでたむろってると、往来の邪魔だ」

 この入口のすぐそばには駐車場が有り、車の出入りも多い。

 四人は大宰府政庁跡の西側を南北に走る園路を北へ進む。

 しばらく進むと、左前方に幟が多数建っているのが見えてきた。

「あ、あれが」

 坂本八幡宮である。

 はす向かいに駐車場が有るので、邪魔にならない位置に駐輪して、神社の前に立つ。

「――思ったより小さいな」

 坂本八幡宮を見た部長が一言。

「まぁ……元々は村の鎮守様なので」

 光先輩が説明を始めた。

 始まりは、ここに建立された善正寺ぜんしょうじというお寺の境内に置かれた八幡宮である。戦国時代にはお寺が廃れてしまうも、神社だけは村の鎮守様として再興したのが、坂本八幡宮としての始まりだそうだ。

「それはいいのですが、なぜ令和ゆかりの神社に?」

 愛紗が聞く。

「ああ、それはだな、令和の由来が大伴旅人おおとものたびと大宰帥だざいのそちとしてここに赴任している時、大宰帥宅で開いていた宴で詠まれた歌の中の一首だからだそうだが、その家が有ったのがこの辺りという説が有るのだそうだ」

 部長が説明した。由来は知っていたようだ。

「え、ここに家が?」

「いやぁ、それは分かんないけどね。政庁周辺なのは確実らしいけど、場所までは特定されてないみたい。善正寺が建てられたのが大宰帥が赴任せずに長官代理に任せるようになってからだから、歴史的には間違ってないんだけどね。調べようにも境内あまりほじくり返せないし」

 再び光先輩が説明。寺社仏閣好きだけあって日本史だけは得意と言っていたが、その知識が発揮されている。

「でも家は政庁周辺だから、令和ゆかりなのは間違いないんですね」

「そうだね。昔から参拝者が多いとかだったら太宰府天満宮とかみたいに賑やかになるんだろうけど、注目を集めたのはつい最近だから、村の鎮守サイズのまま。まぁ、こっちの方が落ち着くけどね」

 愛紗の自宅近くにも、公園の横に神社が有る。小さいし、参拝の人はあまりみない。確かにそのサイズの方が落ち着くのかも知れない。

 改めて坂本八幡宮を見ると、入口から参道が真っ直ぐ延びている。

 入口には注連柱しめばしら。その奥に鳥居が建ち、小さな拝殿が見える。

 鳥居をくぐれば、右に小さな手水鉢が有った。手を清め、拝殿に向かう。

 一礼してお賽銭。そして二礼二拍一礼。

「令和かぁ……。どんな時代になるんだろうな」

 拝殿から離れる時、部長がポツリと呟いた。

「元号変わると、時代も変わる物ですか?」

 愛紗が聞いた。

「昔は時代の流れが悪いだけで元号変えてたぐらいだからな。多少は変わるんじゃあないか?」

 平成って、どんな時代だったかなぁ。

 と時代を振り返っていると、光先輩がサイクルバッグを下ろして中から何かを取り出そうとしていた。

「光先輩、何しているんですか?」

「コレよ、コレ」

 サイクルバッグから取り出したのは、御朱印帳。

「ちょっと行ってくる!」

 そう言うと、光先輩はプレハブの社務所に向かった。

 元々は社務所も無かったが、令和発表で参拝者が増えたという事も有って、簡易的な社務所が設けられた。基本無人の神社なので常に開いているという事は無いが、社務所が閉まっている時は申込書をポストに投函して、郵送にて御朱印や御守りやお札などの授与品を受け取ることが出来る。

 御朱印をいただいた光先輩は、満面の笑みで戻ってきた。

「いやぁ、嬉しいね」

「寺社仏閣巡るの、そんなに楽しいですか?」

「みんな違うもん。楽しいよ」

 確かに篠栗でも無人のお堂含めてみんな姿が違った。光先輩は篠栗を回っているうちに目覚めたのだろうか。

「次はどこですか?」

「先に竈門かまど神社だね。太宰府天満宮と天開稲荷社は自転車停めて歩きだから、最後に行くよ」

「竈門神社――山かぁ……」

 山が得意では無い愛紗は、少し不安になる。

「何か有っても私が居る。平田は心配するな」

 一人増えても、部長は一番後ろを走るようだ。

 今日は部長がメインのはずなのに、私はサポートされてばかり……。

 いや、負担にならないように走ろう。

 四人は坂本八幡宮を出発した。

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