自分自身を信じてみるだけでいい。きっと走る道が見えてくる――ゲーテ
第55話 ゼファールとアンパワー
篠栗の旅が終わって数日。
身体の疲れは完全に抜けた。
――指先はまだ真っ黒のままだが。
このまま全身焼いて誤魔化そうかと思ったが、指先が余計に黒くなるだけのような気がしてやめた。
そして時はまだ夏休み真っ只中。
愛紗は、どこかに行きたい欲が湧いていた。
かといって、一人で遠くと言うのは、まだまだ不安が有る。
「あーっ! でもどっか行きたーい!」
と、ベッドに転がって足をバタバタ。
自分の中の不安は、行きたい欲にかき消された。
そんな訳で、なにか良さげな所が無いかネットで探してみる。
「んー……」
その結果、市内にはCMなどで使ったロケ地が多数有るようだ。
「ロケ地かぁ……面白そう」
市内のロケ地巡りならそこまでの距離を走らないだろうし、郊外に行く訳じゃないから何かトラブルが有ってもなんとかなりそうだ。
「よし、行っちゃおう!」
今日はロケ地と言われている場所をピックアップして、市内を巡ってみる事にした。
家を出て県道三十一号線へと出てきた。
高宮通りの愛称を持つ道路は、市内を西鉄天神大牟田線に沿うように南北に走る。その線路を挟んで少し離れて平行する日赤通りと比べても道路は狭く、ごちゃごちゃした印象を持つ。
愛紗は高宮通りを北へ進み、
道路の愛称は、この交差点で高宮通りから大正通りへと変わる。明治通り、昭和通りに比べると、大正通りという愛称はあまり浸透している感が無い。下手すると高宮通りと言われる事も有る。
更に北進して国体道路と交わる
この交差点、元々は法務局前交差点という名前だったが、法務局が道路挟んで病院跡地に建てた新庁舎に移転した為か、隣の名も無き交差点に名称が移って、こちらの名称が変わった。
――その名も無かった交差点から入って右が旧庁舎跡、左が現庁舎なので、元々法務局前交差点から遠かったのだが。
愛紗は大正通交差点を左に曲がって昭和通りに入る。
少し西へ走った所で、愛紗は停まった。
「着いたーっ!」
愛紗が見上げるのは、古い歩道橋。『昭和通り2号歩道橋』という名前が付けられている。1号はどこに有るかと言うと、ずっと東に行って昭和通りの始まりになる
歩道橋の上から、西側を眺める。片側三車線の道路が、真っ直ぐ伸びていた。この昭和通りは、この先で明治通りへと繋がる。
反対側の東側を向くと、道路は少し先の交差点から左に少し曲がっていた。こちらは天神へと続く。
「これが……霊園」
ここは一九七〇年代に開かれ、その後流された霊園のCMで撮影された場所。この道路を天神方面から歩道橋に向かって赤いバイクが走ってくる。
――その方角は西で、霊園が有るのは福岡市の北東に位置する新宮町なのだが。
きっと、なにか凄い技術で東に移動したのかもしれない。
CMソングは大学時代の長渕剛で、当時の名前だった永渕剛とテロップには出している。
「あっ!」
歩道橋から道路を眺めていると、バイクが向こうから走ってくるのが見えた。
しかし、そのバイクは黒っぽいし、二人乗りだ。大体、周辺にバスや車が多数走っている。バイク単独で走っているCMと同じようにはいかない。
「やっぱ同じようにってのは無理かぁ!」
歩道橋からCMと同じ風景を見ているはずだが、左に有ったガソリンスタンドはマンションに変わっている。他に見えていたビルも、少しずつ変わっていた。
「これも時代の流れ、なのかなぁ……」
次へ行く事にした。
次は天神方面。昭和通りを東方面へ進み、途中から南へ向きを変えて市役所方面へと向かう。
「着いたぁ!」
愛紗の目の前に有るのは、県営の天神中央公園。近くの駐輪場にクロスバイクを停めて、歩いて中へと入っていく。
天神中央公園は元々福岡県庁が有った場所。明治初期に移転してきて大正期に本館が出来て以降、昭和五十年代まで増改築を進めて来たが老朽化など限界が来た為、東公園の北側部分に移転した。跡地を整備してホールや会議室と商業施設が同居する複合施設と、この天神中央公園が作られた。ビルや庁舎に囲まれた地帯で有りながら、緑が溢れている。
「はぁ……よく考えたら、天神中央公園って来るの初めて」
芝生広場でイベントが開かれている事は有るが、来た事はなかった。
複合施設に沿って、公園を東側へ進む。
この複合施設の公園側は階段状になっており、植栽された樹木で緑に染まっている。ネットで印刷なCMにもこの施設は映ってはいるが、目的地では無い。
小さな
「おおっ!」
茶鼠色の壁に青緑色のラインがアクセントとなった洋館が建っていた。
これは旧福岡県公会堂貴賓館。
明治末期に共進会が開催された際、来賓の接待所としてフレンチルネッサンス方式で建てられた洋風の木造建築物。共進会の後は福岡県公会堂として使われ、最後は県教育委員会の建物として使われた。県庁移転の際に壊される予定だったが、市民の保存運動によって回避されて現在に至る。
入館料が必要だが中に入る事が出来て、館内にはカフェも有る。
貴賓館の前を過ぎると、今度は船の発着場が見える。これは那珂川、もしくは博多湾を巡る遊覧船に乗る事が出来る場所。
今回の目的地は、発着場の右側にある。
「これが……テニスクラブ」
福博であい橋。
天神中央公園が整備された後の平成二年に架けられた歩行者専用橋。武士の町福岡と商人の町博多が出会うという意味で名付けられた。
しかし、この橋を渡れば中洲。男女の出逢いと思われているフシが有る。
この橋をテニスウェア着て歩けば熱い視線を感じ――いや、冷たい視線を感じそうだな。こんな一般人の多い場所でそんな恰好していたら。
さらにボールをラケットで打てば……キャッチされるどころか取り押さえられそうだ。
橋の上から川を眺めると、川沿いにビルが建ち並ぶのが見える。屋上には看板が設置されているビルが多い。夜になれば、この看板たちが光り、夜の街としての顔を見せる。
――まだ高校生の愛紗には早い世界だが。
あのCMもパブだったが、パブというのがまずよく分からない。お風呂に入れる入浴剤?
今はまだ昼間。九州最大の歓楽街もまだ静かだ。
橋を渡って中洲側へと渡る。中洲側で橋は二手に分かれていた。その中央は、雫型にぽっかりと穴が開いている。
「これ、ぴち●んくんだよね! 絶対ぴちょ●くんだよね!」
いいえ、ぴ●ょんくんが産まれるのは、橋の完成の後です。
「それとも、し●くちゃん?」
しず●ちゃんはもっと後です。
近くに案内板が有った。それによると、橋本体は扇、盃、槍をイメージしているらしい。盃は途中の
槍と扇……どれか分からない。
結局、あの雫型が何を現しているのか良く分からないまま、次へ向かう。
駐輪場から東へ進んで、中洲を越えて博多地区へと入る。
博多地区を進んで、
この片側四車線の広い道路は、博多駅が移転前の祇園付近に有った頃から博多港まで南北にまっすぐ貫いていた。道路の狭い福岡市の中でも特に大きな道路だが、交通量は非常に多くて渋滞している事も有る。
愛紗は右へ曲がって博多駅方面へと向かった。
東長寺を過ぎると、市営地下鉄の
この祇園駅の南側、昔博多駅が有った付近が、今回の目的地。
「これが……ミチコはん」
商工会議所入口交差点。
奥さんから電話がかかってきた旦那さんが産まれると勘違いして路上でラマーズ法を始めたが、実は奥さんがゴミに埋もれるという不用品引き取りのCM。旦那さんが居た場所が、この交差点だという。
「――ていうか、たかだ引越センターってなに!?」
愛媛では有名な引越業者です。
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