第50話 CYBERNAUT
薬師大寺から坂道を下りてきて、元の旅館街を通る道路へと戻ってきた。光先輩は登ってきた左の方ではなく反対側の右へ曲がったので、あとに続く。この辺りはほぼ平坦の道で走りやすい。
すぐに木々に囲まれてお堂っぽい物が建つ所が見えてきた。
六十四番札所の
境内は決して大きく無いものの、お堂が多数有り石仏が祀られている。本堂は立派な書体の扁額が掲げられた所。
献灯台には溶けたり立ち消えしたローソクが多数残っていた。参拝者が多いのか、掃除があまりされていないのか、よく分からない。でも、今までの札所でこんなに残ってた所は無かったな……。
二人は読経まで終えた。
納経所はここではない場所に有るようだ。次の札所へ向かう。
荒田高原の旅館街をさらに奥へと進む。ブロック積擁壁の所に短い石階段が有った。そこに光先輩はクロスバイクを停める。
「表から行ってもいいんだけど、坂だし走りにくいからね」
ここから階段を登って右に行くと、二十九番札所の
庭園の一角に小さなお堂と修行大師像が建つ札所だが、ここは旅館の敷地内。徒歩の人であれば天狗岩吉祥寺から荒田旅館街の奥の方へショートカット出来るへんろ道が有り、二人が登った階段から入るという順路になる。
旅館は標高四百メートル近いこの地点から遠くに海が見えるようで、それが旅館の名前にも表れている。
二人は読経まで終えた。納経は旅館内だという。
「こんにちは~」
大きなガラスの引戸を開けたが、玄関は真っ暗で人の気配は無かった。
「……いいんですか?」
「お客さんいない時はこんなもんよ」
黒い納経箱はすぐ右の所に置かれていた。セルフ御朱印を捺す。
「あとは荒田阿弥陀堂の御朱印捺して、下りだね」
「どこに有るんですか?」
「近くの旅館」
二人は来た道を戻っていく。光先輩が停まったのは、この地区に入って二番目に見た大きな旅館だった。ここも引戸を開けても無人で、納経箱も玄関に置かれていた。セルフ御朱印を捺して終了。
「あとは下りながら札所に寄る形だけど、次の札所は気をつけてね」
「何にですか?」
「入口がカーブの所にあるのよ。しかも突然出てくるし」
「そんな事無いでしょう、いくらなんでも」
「ま、行けば分かるよ。白い看板に注意してね」
二人は荒田高原から坂道を下っていった。
下り道はつづら折りのようで、カーブに差し掛かると毎回百八十度曲がっていた。下りはスピードが出るので、カーブ手前ではキッチリスピードを落とす。
千手院方面から出てきた道と交わるカーブから二つ目の曲がり道。同じようにスピード落としてカーブを曲がっていると、光先輩が右を指差した。
なんだろうと思っていると、向こう側のガードレールに札所の小さな看板が建っているのが見えた。
「え?」
先を行く光先輩は、カーブの途中から右に曲がっていった。
「そこぉ!?」
愛紗も車が来ていない事を確認して、光先輩に続く。
そして坂を下って行った所が、四十六番札所の
赤い屋根の小さなお堂が特徴的な札所は、すぐ横に民家が建っていて住宅の庭という雰囲気だった。
「本当に突然だったんですけど、入口」
「だから注意したじゃない」
「もうちょっと分かりやすくお願いします」
二人は読経まで終えた。納経箱はお堂裏の民家前に置いてある。セルフ御朱印を捺した。
「次は、坂登って道路渡ったトコね」
「あっ!」
愛紗は小さく声を上げて道路を見た。そう言えば、カーブの所から坂を下りてきた。帰りは当然登りだ。
「ひえぇぇぇ」
そこそこの勾配が有る坂を登って道路を渡ると、六十八番札所の
名前は香川六十八番札所の神恵院に由来する。
お堂らしき物は見当たらず、納経所のプレートが貼られた瓦屋根の簡易的な建物と十三仏堂しかない。よく見れば、建物の前に献灯台と香炉が有った。ここがお堂である。
岡部神恵院は尼僧等が札所を守ってきたが、平成八年に放火により焼失。現在の建物は仮のお堂らしいが、新しく建つ気配は無い。黒い煤の付いた石仏が、火災の事実を伝えている。
読経まで終わらせて、セルフ御朱印を捺した。
二人は岡部神恵院を出発する。坂を下って次の右カーブの所で、公衆トイレと左に延びる道が見えてきた。その道の奥には、階段と朱色の山門、そして上の方に大きな屋根の本堂が見える。
これが十番札所の
山間に建つお寺は、立体的というより縦に長い印象を受ける。名前は徳島十番札所の切幡寺より。
この切幡寺、博多の芸者が悲恋の末に出家、十番札所の堂守となった後にお寺を開いたという経緯が有る。
階段横の懺悔洞には手水鉢が設置されていた。
この懺悔洞では、閻魔大王が睨みを効かせている。
「なぜ閻魔様の前で清めるんですかね」
「懺悔してお参りしろって話じゃない? 多分」
その説が合っているかどうかは分からない。
階段を登ると、本堂。この本堂と下の山門は、高野山の霊木を使用している。
本堂には数多くの仏像が祀られており、豊臣秀吉が信仰していたと言われる大黒天、弁財天、毘沙門天が三天合体六変化した三面大黒天も祀られている。京都のお寺に実物が存在するが、秀吉はここに有る三面大黒天よりもはるかに小さなサイズの仏像を常に持っており、出世に御利益が有ると言われる。
また、お寺には真言宗の瞑想である
読経まで終えて、墨書で御朱印をいただいた。
階段を下りてくると、光先輩は右の元の道路の方では無く、左に曲がっていった。
道、間違ったのかな?
「光先輩、元の道はこっちですよ?」
愛紗が道路の方を指差すと、
「もう一個、札所があるのよ」
と言う。
光先輩についていくと、コンクリート階段の脇に古い札所の石柱や新しい篠栗八十八ヶ所の幟が建っている。ここが札所である証拠だ。
その階段を登って奥の方へ行くと、八番札所の
ここは、今世紀に入って
また、淡島明神を祀った堂が有り、その前には小さな鳥居が有る。これはくぐり鳥居と言って、くぐると御利益があると言う。
「あたしは楽勝で通るけどね、ほら」
伏せた光先輩がくぐり鳥居をくぐって見せた。
「私は……無理かもしれない」
「愛紗ちゃん、身体大きいしね」
淡島明神は女性の守り神なので、鳥居は女性に合わせていると思われる。
鳥居の建立は昭和四十八年。もう五十年近く経っている。
「つまり、光先輩の体格は五十年前並……」
「確かにあたしは平均ぐらいだけど、五十年前と今でも平均身長は三センチぐらいしか変わってないし」
ここは札所の名前の通り金剛の滝が有り、落差七メートルは札所内でも大きめ。この滝が有ったので、奥の院が開かれたのである。
「滝っていいですねぇ。これでまだ小さいなら、白糸か花乱に行ってみたいですねぇ」
「行くの大変だけどね。花乱の滝なら、そばに
「いい滝って、行くの大変なんですね」
「だから修行の場になるのよ。この辺りの滝は八十八ヶ所巡りで道は整備されているけど」
お堂で読経まで終わらせる。納経箱は休憩所みたいな所に有るので、セルフ御朱印を捺した。
次の札所へ向かう。
更に下って左のU字カーブを曲がって下っていくと、三十八番札所の
一番目立つのは、お堂の斜め前に建つクグリ大師。岩の上に大師像が建っており、先ほどのくぐり鳥居と同じでくぐれば御利益が有るが、こちらは大きいので体格はあまり問われない。
「大師様に検索しろとか、なかなか凄いですね」
「ググレ大師じゃねーよ」
なぜ岩にカタカナで書いてしまったのか……。
赤で『クグリ大師』と書いた当時はグーグルなんて無かったと思うが、カレーと思う人が出るかもしれないのに。もっと古いか?
ここは隣に守堂者が営む遍路宿が有ったが、現在では廃業している。
近くには龍神の滝もあり、道路を下って奥に行くと滝を見る事ができる。滝の落差は金剛の滝よりも低いものの、ワイルドに落ちてくる水は迫力が有る。
お堂で読経まで終えて、セルフ御朱印を捺した。
「次はちょっと距離があるかな? またカーブの所に入口があるから、気をつけてね」
「目印は……」
「ないっ! いや、あるのはあるんだけど、カーブでそれを見つけた時は、もう遅い」
まだ下りは続くだろうから、スピードは速めのはず。光先輩の動きに注意しよう。
二人は丸尾観音堂を出発した。
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