第49話 必見!天狗岩
目の前にお寺が有るが、次の札所はここでは無いという。
愛紗が周囲を見回すと、後方に看板が見えた。もう少し有る坂を登り切って、左に曲がっていった方角だ。矢印は右を向いているが、雑木林で先が見えない。道は右カーブになっているようだ。
そして道路は……平坦か、微登りで体力が奪われそうにない。
むしろ、この日差しの下にいる方が体力奪われそうである。
「光先輩、行きましょう。あと少しですよね?」
愛紗が立ち上がると、座っていた場所のコンクリート部分に汗が染み込んでいた。
「いや、どんだけ汗かいたの? 私」
「この汗染みが、後年語り継がれるコトに……」
「なるの!?」
「いや、あたしが噂を流す。呪いの染みって」
「止めて下さい。周辺に迷惑です」
もうコンクリートの汗は乾きつつある。それだけ暑いのだろう。
この暑さから逃れるように、次へ行くことにした。
丁字路を左に曲がって看板前のカーブを曲がると、お寺らしき建物が見えてきた。
「え、もう着いた……?」
「着いたよ」
予想外に近かったが、六十五番札所の
このお寺には二つの名前が有る。愛媛六十五番札所由来の三角寺。そして堂から寺格を得てお寺になる時に付けられた
山寺らしい高低差の有る立体的な境内の中心部分には、水が流れている。これは本堂と大師堂の間に有る
「あー、滝癒されるぅー」
あまりの暑さに滝行じゃ無くても飛び込みたい気分だ。だが、上から見ている不動明王に怒られそうなので、やめておく。
「篠栗の滝って比較的コンパクトだけど、あたしは好き」
「え、これで小さいんですか?」
「有名な糸島の白糸の滝とか、
「それはでっかいですね」
「行くの、大変だけどね。白糸の滝は標高五百メートルぐらいにあって長い山道、花乱の滝は標高半分ぐらいだけど狭い林道」
「いつか行ってみたいなぁ」
御本尊が有る本堂へ向かう。本堂がとてつもなく大きいと思ったが、宿坊併設なのだそうだ。予約制だが、営業はしている。
読経まで終えて、墨書で御朱印をいただいた。
「次は、登ってきた所のお寺ですか?」
自転車を停めた所へ戻る途中、愛紗は光先輩に聞く。
「いや、違うよ?」
「え? まだどっかに隠し札所が?」
「隠してはないけどね。隠すイミが分からない」
二人は三角寺を出発した。
先ほど登ってきた丁字路の所まで戻ってきて、そのまままっすぐ進む。
お寺に沿うような左カーブを曲がってトイレの先で、左側の坂道の横に看板が建っていた。
六十三番札所の
吉祥寺は愛媛六十三番札所に由来する名前で、無人のお堂。御本尊は札所唯一の毘沙門天。愛媛の方は毘沙聞天と書くが、こちらは普通の毘沙門天。この『聞』表記は少ないが、愛媛の吉祥寺以外でも見る事は有る。
入口から入って少し登ると、『天狗滝』と書かれた石柱が建っている。
「滝、有るんですか?」
「ないよ」
「じゃあ、この石柱は一体……」
「あたしも知らないし」
天狗の仕業じゃあ!
天狗岩は弘法大師にまつわる話が残る場所で、村人や行者に迷惑をかけていた天狗を、若杉山で修行していた大師様が改心させたという。以降、天狗はこの地を守るようになったという。
そんな話が残るのに天狗岩については案内板等も無く分かりづらいが、大師堂の裏に有る岩山で、ここには天狗と吉祥天が祀られている。
吉祥天は毘沙門天の妻にあたる。
それなのに天狗とともに――穏やかではない。
二人は読経まで終えた。
納経は隣へと書いてある。坂を登って最初に見たお寺だ。
という事で戻って、八十三番札所の
阿形と吽形の仁王像が建つ階段を登ると最初に見えたのが、
「え? 神社?」
ここは元々稲田姫が祀られていた祠があったという。そこに千手院が開かれ、稲田姫を祀る社も建てられた。
千手院の由来は御本尊の千手観世音菩薩と思われる。お寺が開かれた後に南蔵院付近に有った城戸観音堂から八十三番札所が移り、札所の御本尊である聖観世音菩薩も祀られるようになった。月の法要は千手観世音菩薩の縁日である十七日に行われている。
三角寺とは違いフラットめな境内には四国八十八ヶ所のお砂踏み場が有り、龍の口から水が出てくる滝も有る。
大きな唐破風が目立つ本堂で読経まで終えて、六十三番札所天狗岩吉祥寺と合わせて二体分の御朱印をいただいた。
二人はクロスバイクを停めた千手院前の駐車場へと戻ってくる。
「さ、こっからいよいよ高原を目指すよ」
「え? ここ高原じゃなかったんですか?」
「まだだよ。だから中ボスなんだよ」
そうか。中ボスだもんな。ラスボスクラスなだけで中ボスだもんな。
そりゃあ途中だよな。
少し気が滅入りつつも、千手院を出発した。
天狗岩吉祥寺の前を過ぎると、道は下り坂になった。
(おっ?)
と思ったが、坂はすぐに登りへと変わった。
ぬか喜びだった。
だが、坂はそこまでキツくは感じなかった。千手院下で苦労した坂のおかげだろうか。
これなら行けそうな気がする!
やがて道路は丁字路へと辿り着いた。右に曲がれば下り、左に曲がれば登り。
当然の如く、光先輩は左へと曲がった。光先輩を追うように曲がると、旅館街の看板が見えた。
旅館街まであと八百メートルらしい――距離に関してはもう考えるのをやめた。いや、逆に考えればあと八百メートルで到ちゃ……そこが札所とも限らない。
とりあえず坂を登って行く。
途中に道沿いに整備された駐車場が有った。すぐ上には、今登っている坂よりも勾配のキツい坂が見える。看板を見ると、どうやらレストランのようだ。前はカトリック系の施設だったらしい。
さらに登って行くと、今度は旅館が見えてきた。
「あれ? ここって……」
「旅館街だよー」
「って事は……」
「高原に到着ー」
思ったより近かったなぁ。感覚がマヒしてきただけのような気もするが。
いや、仏木寺から千手院までは大きく距離は変わらないと思うが、長く感じたぞ。
ゴールが近いとなれば、気合いも入る。
最初に見えた旅館の先にある大きな旅館辺りから道は平坦になった。
しかし、すぐに右へ曲がって再び坂に。
そして別の大きな旅館が見えてきた。日本酒の銘柄が入った看板には、山女料理、鱒料理、鯉料理と書かれている。が、この旅館は営業していないらしい。ちょっと残念。
「さぁ、最後だぁ!」
光先輩はそう叫んで、旅館へ入っていくよう急な坂を立って登り始めた。
いやいやいや、なんか道に横ラインの溝入ってるし、路面もガタガタだし!
不安定な路面に失速もしてコケそうになった愛紗は、クリートを外して足をついた。
「……こっちがラスボスじゃないの? どう考えても」
雷音寺参道よりも走りにくい坂を歩いて登ると、広い未舗装の駐車場らしき場所に到着した。石垣の上に建物が見える。
ここにクロスバイクを停めて歩いて登ると、二十六番札所の
住宅に向拝が付いたような造りの建物だが、れっきとしたお寺である。元々はすぐ近くの
また、薬師大寺のそばから若杉山山頂近くに有る若杉山奥の院まで続くへんろ道が有る。ここから
読経まで終えて、セルフ御朱印を捺した。
二人はクロスバイクを停めた駐車場まで戻ってくる。
「ここが、一番高い所ですか?」
「そうだね。あとは荒田高原に札所が二つあって、それからずっと下り……でもないか。少しは登り坂あるよ。そこの坂ぐらい短いけど」
「勾配もそこぐらいキツいとか?」
「そこまでは……ないね」
それなら一安心。
まずは荒田高原の札所を回っていこう。高原っぽさは今の所感じないけど。
二人は薬師大寺を出発した。
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