第48話 おまえさんのせかいはこのさかのむこうじゃ。
二人は二ノ滝寺を出発した。
道路の勾配はややキツめ。走っている場所から二ノ滝寺が見えるが、少し進んだだけで二ノ滝寺のどの建物の屋根よりも高い位置まで来てしまった。
坂は登られない斜度でも無いが、体力が削られていく。
やがて左側の雑木林がコンクリートブロック擁壁へと変わった。年代が経っているのか、ブロックは少し黒っぽい。
右側は開けて、少し先に民家が見える。
「そこに停めるよー」
光先輩はそう言って、未舗装のスペースに入った。ここはどうやら駐車スペースらしい。
そして民家の向かい側から階段を登ると、二十四番札所
ここには藤木藤助誕生の地石碑が建つ。ここで産まれた藤助は、田ノ浦地区の藤木家で養子となる。
その縁かどうかは分からないが、ここから三十番札所田ノ浦斐玉堂の方へ抜けるへんろ道が有る。当然未舗装なので、徒歩以外では通る事が出来ない。
緑溢れる中の小さなお堂で読経まで終わらせ、セルフ御朱印を捺した。
「こっからは完全な山道になる、かな?」
自転車を停めた駐車スペースへ戻ってくると、光先輩は怖い事を言い出した。
すでに山道っぽかったのに、更にパワーアップするのか。
「まぁ、準備運動だと思ってキラクに行こうよ」
「準備運動で力尽きそうなんですが」
まだ中ボスではないらしい。でも、光先輩ぐらい肩の力を抜いた方が行けるのだろうか。どうだろう。
二人は中ノ河内虚空蔵堂を出発した。
キツめの坂が続く――と思われたが、民家を過ぎた辺りでゆるーい道へと変わった。
なんだ、光先輩に脅された。
しかし、そうは甘くない。右カーブを曲がって小さな橋を渡ると、また坂がやってきた。
緩くは無いが、キツ過ぎて登れないという事もない勾配。
雑木林に包まれた道路は、両側とも蓋の無い側溝が通る。
道路は中央線も無いが、狭すぎるという幅でもない。
直線部分は短く、カーブが続く。
うーん、これは山道だ。山道以外に表現しようがない。背の高い竹や木が日光を遮っているのが、ありがたい。もし無ければ、もっと暑かっただろう。
――と思っていたが、いつの間にか雑木林を抜けてしまった。抜けるような青空が頭上に広がり、日差しが身体に突き刺さる。
暑い……。
そう思いつつ緩い左U字カーブを回ると、右側に住宅が見えた。だからこの辺開けてるのかな?
左側を見ると、どこまでも山の稜線が続いており、眼下には雑木林が広がっていた。今、標高の高い所に居る事を実感した。
「結構、登ってきたんですね、私たち」
「まだ上あるけどね」
とはいえ、ここまで自分の脚で来られたのは、少し嬉しくなった。なんだか疲れも吹き飛んだ気がする。
そんな景色も、右カーブの所で竹林に遮られた。
カーブを過ぎると、竹林は無くなって再び山の稜線が見えてきた。
「愛紗ちゃん、右ね」
「え?」
右を見ると、札所の大きな看板と未舗装の広場が見えた。
危うく景色に見とれて札所を過ぎる所だった。
札所の前に広がる駐車場に入って、四十二番札所の
看板には『佛木寺』と書いてある。寺とあるが、ここは無人のお堂。これは愛媛四十二番札所仏木寺に由来する。
広めの境内には、小さな
御本尊は大日如来で、屋外には大日如来の立像が有る。手の形から御本尊と同じ金剛界の大日如来で、大日如来の大半は坐像なので立像は珍しい。
お堂で読経まで終えて、セルフ御朱印を捺した。
お堂の横にベンチが有ったので、二人は次に備えてここで休憩を挟む事にする。
「ココから上が、中ボスね」
「ボスかぁ……。どんな坂ですか?」
「んー……ややキツな坂と急な坂のミルフィーユ、少しラクな坂を添えて」
「ちょっと何言ってるか分かんないです」
「ココから先って、平均勾配が10%以上……12%近くになるんだけどさぁ」
「どれぐらいなんですか?」
「水平に百メートル進むと、標高が十メートル上がる」
「聞いても、よく分からないですね」
「キツいってコトよ。まぁ、若杉山だしね、ココ。最大の斜度は、昨日の田ノ浦の方がキツいと思うけど」
「あの坂、壁に見えました」
「アレでも、まぁーだ坂に見える方だけどね。市内だと30%近い坂とかあるよ。アレこそ、SASUKEのそり立つ壁にしか見えないから」
勾配30%は、百メートル進めば標高が三十メートル上がる。三十メートルは、大体マンション十階ぐらいの高さになる。百メートルでその高さまで登るのだ。それを考えると、とんでもない角度になっていそうである。
怖いもの見たさで行ってみたい。登れる気はしないが。
「そろそろ行こっか」
そう言いながら、光先輩が立ち上がった。
「行きましょう」
坂道はまだまだ続く。愛紗は覚悟を決めた。
二人は中ノ河内仏木寺を出発する。
登り始めると、すぐにお寺まで一キロという看板が建っているのが見えた。下の国道からお寺までが二・五キロ。既に一・五キロは登ってきている事になる。
――百メートルで標高十メートルって言ってたから、標高百メートル以上も上がるの?
そう思うと、とんでもない事のように思えてきた。
愛紗は現実から目を逸らすように、視界の開けた左側を見る。視界を遮る樹木も無く、遠くの山々が見えていた。視界の端には堰堤が入る。初日に寄った鳴淵ダムだろう。現地では大きく見えたダムも、ここからでは小さく見える。
とまぁ、この辺はまだ景色を楽しむ余裕が有った。
右カーブを曲がると雑木林に包まれたのもあるが、勾配がキツすぎて余裕が無くなった。
「はぁ……はぁ……」
坂で心が折れる主な要素は二つ。呼吸が限界を迎えるか、脚が限界を迎えるか。
浅い呼吸を繰り返していると、体内の酸素が足りなくなって限界を迎えるのも早くなる。坂に慣れていない人は、呼吸に意識を持って行ける程の余裕が必要――とは言うものの、
「はぁ……きっつっ……はぁ……」
愛紗には、そんな余裕も無かった。
それでも、少しずつ離れていく光先輩の背中を追おうとする。
が、ここまで。
やや長い直線が終わろうという所から、明らかに斜度が上がった。ただでさえキツい勾配が更に増して、失速していく。
「んがっ! 登ら……ない……」
倒れそうになった愛紗はクロスバイクから飛び降りた。
「はぁ……はぁ……何これ……」
見た感じ、確かに田ノ浦の八木山バイパスの所からの坂ほどでは無い。だが、今までの坂よりは確実に勾配がキツい。多分、自分の脚で行ける坂の境目がこの辺りなんだろう。
「んー……」
坂を改めて見てみる。登れ……そうにもない。
何度も足をつくと言われていたので、悔しくは無い。気持ちを切り替えて歩く事にした。
歩いて登る途中、水の音が聞こえてきた。左側に山からの水か、石を縫うように流れる水が見えた。その水は道路の下の方へ流れている。
(多分、普通に登ってたら気付かなかったな)
水に見とれている場合ではない。先へ進む。
少し歩いて登ると、坂が少し緩くなった気がした。
「また行けるかな?」
再びクロスバイクに跨がり、進み出す。坂はキツめでスピードは相変わらず出ない。それでも、歩くよりは速い。
しかし、次のカーブは左へ百八十度回るカーブ。内側だと勾配がキツい。
再び足をついてしまった。
(もうちょっと、坂を登れるようになりたいなぁ……)
そう思いつつ歩いてカーブを曲がりきると、再びキツい坂はキツめの坂へと緩くなった。
上を目指して再び自転車に跨がる。自転車で登れる所は、自転車で登りたい。その方が早く登れるだろう。
次は右への百八十度カーブ。この辺りはつづら折りの道になっているようだ。
いくつかのカーブを曲がって登って行く。順番なら次は右カーブだが、左の短いカーブ。そして次の右カーブを曲がると、雑木林を抜けた。
日差しが眩しい。
右側はブロック積の擁壁。左側は中ノ河内仏木寺付近の様に木々の無い状態で、畑のようになっている。
緩い右カーブを曲がると、坂の上で待つ光先輩の姿が見えた。光先輩の後ろには、お寺らしき何かの瓦屋根が見える。
「もうちょっとだよー!」
愛紗は最後の力を振り絞って登り切る。
「やったぁ……」
愛紗は頂点手前にあるガードレールの所で座り込む。流れ落ちる汗がコンクリートの地面を濡らした。
「頑張ったね。思ってたより早かったよ」
「そ……そうですか?」
「ずーっと歩いて来ると思ってたもん」
坂に慣れてきたのかな……分からんけど。
でも、あそこから自分の脚で一キロ登ってきたんだ。自転車と徒歩で。
ほら、そこに仏具店の名前入りでお寺の大きな看板が――ん? 下に有った看板と名前が違う。
「あ、次の札所は、まだ先ね」
「ここがゴールじゃ無いんですか!」
愛紗の試練はまだ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます