第47話 建人 ~田之浦ジャッキー~
その後、光先輩の家へ戻ってきた二人。
今日の星くんとの将棋は、星くんが光先輩に勝てそうで勝てなかった。成長はしているのだろう。いつか勝てる日が来るのかもしれない。
いつか分からんけど。
そして二日間走りっぱなしで疲労が溜まっているのだろうか。夜は酷い眠気に襲われる。
早めに寝る準備を始める事にした。
しかし、布団に入ると目が冴えて眠れない。
困った。
困ったと言えば……。
「光先輩、まだ起きてます?」
「起きてるよー」
隣の布団から返事が返ってきた。
「明日の高原までの道、私行けるんですかね?」
それが不安だった。
初日こそ坂は長かったが登り切ることが出来た。
しかし、今日は登れない坂が出てきた。
明日はもっとキツい坂と思われる物が待っている。
それを思うと不安だった。
「キツければ歩けばいいのよ。坂で足つきは自転車乗りにとっての敗北だけど、足をついたからって死ぬワケじゃないし。それより、そこで坂が嫌いになって走る範囲を狭めてしまう方がモッタイないよ」
それもそうか。そう言われると、気持ちが楽になった。
「そこでキツいの体験しておくと、その後の坂が楽に思えるよ」
「またですか。またそのパターンですか」
「あたしだって、どんな坂でも登れるワケじゃないんだしさぁ」
光先輩が登れない坂って、どんな坂だろう。それはそれで気になる。
「坂も、ナニも考えずにガムシャラに登るのが、一番いけないけどね。ある程度は考えないと」
「なるほどぉ…………」
「そこよりも、その後が大変かもね。いや、キツくは……ややキツいか。でも、愛紗ちゃんなら大丈夫だよ。体力はある方だと思うし。でも、二日走ってて疲れとかどう? ――ん?」
返事が無かった。
寝息が聞こえる。どうやら愛紗は寝落ちしたようだ。
(疲れてたみたいだね)
「坂ってさ、みんな同じじゃないのが面白いんだよね」
明日に備えて、光先輩も眠りについた。
三日目の朝がやってきた。
ぐっすり眠ったせいか、体力は回復できた――と思う。
と言うか、光先輩と話してたのはなんとなく覚えてるが、途中から記憶が曖昧だ。
坂をガムシャラに登るとか、なんかそんな感じの事を言ってた所までは、なんとなーく記憶が有る。
ガムシャラに登れって事なのかな?
よく分かんないけど。
とりあえず、出てきた道を走りきればいいだろう。
「それじゃあ、行こっか」
愛紗と光先輩の三日目巡拝が始まった。
まずは県道六〇七号線、国道二〇一号線を通って筑前山手駅方面へと走る。
八木山バイパス入口の横を通って、入口と駅との間ぐらいから右へと曲がる。初日の終盤に見た、お寺の看板が建つ所だ。
一番遠くて二・五キロ――普通の道ならなんて事ない近所ぐらいの距離だが、多分普通じゃないんだろう。二日間の経験で予測が出来る。
橋を渡って十字路を過ぎると、坂道スタート。しかし、勾配はそんなにキツくない坂。ウォーミングアップには丁度いい。
しばらく登っていると、左側に篠栗八十八ヶ所の幟が見えてきた。近くに札所の案内プレートも有る。
矢印が向いている方を見ると、折り返して坂を登った先に住宅が見えた。
「え? 住宅みたいな札所?」
「いや、途中の階段登ったトコだよ」
クロスバイクを停めて階段を登ると、四十八番札所の
近年リニューアルされて新しめに見えるお堂。御本尊も新しく木造の十一面観世音菩薩像が祀られており、左隣には先代の黒ずみが目立つ十一面観世音菩薩像が祀られている。
境内には『奉建立』と書かれた石碑が有る。建立年と思われる嘉永七年の文字と、世話人として六人の名前が彫ってある。この六人が、慈忍の跡を継いだ村の六人衆である。
しかし、ここで疑問が一つ。
「光先輩、嘉永七年っていつですか?」
「――嘉永は嘉永よ。有名じゃない」
誤魔化された。まぁ、答えに期待はしていなかったが。
後で調べたら一八五四年なんだそうだ。日米和親条約を結んだ年である。
その場で答えは分からなかったが、とりあえずお堂で読経まで終わらせる。
納経箱は階段下りて向かい側、休憩所のようなスペースに有る。セルフ御朱印を捺して、次へ向かう。
といっても、はす向かいに大きな白い看板が建っている。ここから下りていく道が有り、この奥に札所が有るようだ。距離は実測で五百メートルらしい。
短い距離の時は、大体なにかキツい道になっている。これまでの傾向だ。
先を見ると、道は下って百八十度右に回って――竹林でよく見えない。
でも、看板には『おしゃべり小道でまいろう』なんて書いてある。緩い道の可能性が高い。
これは行くしかないだろう。
おしゃべり小道らしき道を進む。幅は車一台でいっぱいだろうという狭さ。カーブを曲がった後に登りになったが、大した勾配でもない。
ただ、道路は小石が大量に落ちている。変に踏むとパンクしかねない。
路上の小石に注意しながら走る。
この『おしゃべり小道でまいろう』のまいろうって、行くという意味じゃ無くて降参という意味じゃないだろうか。
いや、ギブアップするような道でも無いけど。
車が来たらどうしようと心配しながらもなんとか進んで、未舗装の駐車場らしき場所で停まる。
まだ続く道路の先に見えるのは、普通の住宅。
「今度こそ、住宅みたいな札所ですか?」
「いや、その先だから」
住宅の前を通って登ると、二十番札所の
別名の
お堂よりも目立つ存在が、十三仏堂の屋根まで届くかという巨大すぎる釘抜。釘抜の間にはお地蔵様が祀られており、これは釘抜地蔵である。釘抜地蔵という言葉にあやかって巨大釘抜が奉納される事は有るが、ここまで巨大な釘抜はそうそう見る事ができない。
中ノ河内地蔵堂への道は念仏坂という道も有るのだが、大雨による土砂崩れ以降通行止が続いている。その影響は堂付近にも及んでいて、地面が崩れているのが堂前からも見える。
読経まで終えて、セルフ御朱印を捺した。
再びおしゃべり小道を通って戻る。
それにしても小石が凄い。住民と参拝者しか通らないだろうから、当然と言えば当然なのだが。
これじゃあ、おしゃべり小石だろう。
そんな事を考えていたら、元の道に戻ってきた。右に曲がって進む。
すぐに左側には道沿いの駐車場が見えてきた。お寺の看板が出ているので、お寺の駐車場だろう。向かいに有る小さなお堂の為の駐車場には見えない。
もう少し登ると、今度は右側に空中へ飛び出すように造られた駐車場が見えてきた。
光先輩はこの駐車場の上の方で停まる。
駐車場のすぐ上に有る下り坂の参道を下っていった所が、十四番札所の
由来は境内で流れる二ノ滝と呼ばれる二つの滝。これは大雨による水害で二つになってしまった歴史を持つ。
山間で比較的大きめな境内を持つお寺だが、初期に三畳ほどのお堂で堂守をしていた
滝の向かいに有る本堂は、ミャンマー産のチーク材が使われている。チーク材は船の甲板等でも使われる高耐久性、高耐水性の木材で、ミャンマー産は特に色合いも含めて優れていると言われる。が、日本のお寺では採用例が少なく、この二ノ滝寺で二例目という貴重な物。
そして御本尊も札所唯一の弥勒菩薩で、貴重な物。
お寺に宿坊も併設されていたが、現在は廃業して信徒会館的な建物になっている。
本堂で読経まで終えた。
セルフ御朱印の納経箱は本堂に有るが、墨書は寺務所。
二人は寺務所で御朱印をいただいた。
「次の札所も、そんなに距離ないよ」
と言う時は、大体キツいんだよなぁ、坂が。
でも、まだ中ボスじゃないだろう。
愛紗はそう思いながら二ノ滝寺を出発した。
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