第39話 夢を繋いで?

 部長と別れて光先輩の家へ向かう愛紗と光先輩。

 駅を離れて住宅街の方へとやってきた。

「そういや『泊まる?』とか軽く言っちゃったけどさぁ、ウチに来た人ってあんまいないんだよね。ユリも来たコトないし」

 結理先輩すら無い貴重な体験をしようとしているのか。

 しかし、なぜあまり人が来ないのか……。

 遠い――いや、学校からの距離でいけば結理先輩の方が遠いはず。

 あとは……見せられないような家――いや、それなら誘わない。

 いや、部屋か? いわゆる汚部屋とか、金ピカの部屋とか――それなら誘わないな。でも、光先輩なら金ピカの部屋は自慢するだろう。

 光先輩だし。

 などと光先輩の家を色々と想像していれば、

「着いたよー」

 と、光先輩が一言。

 目の前に有ったのは、所々透かしブロックの入ったブロック塀で囲まれて、板張り外壁の二階建て木造住宅だった。その外壁の年季の入った色合いから見ても、建てられてからかなりの年月が経っているのは想像出来る。

「……古民家?」

「古いだけだよ。あ、自転車はコッチ持ってきて」

 光先輩の先導で自転車を押して庭へ回ってくると、小さな木造の納屋が有った。扉を開けると、中にはいつも学校で見かけるロードバイクが停められていた。

「あれ? なんでここに」

「だって、休みの間に賊とか入られたりしたらイヤじゃない? あと、乗りたくなった時に学校まで行くのもダルいし」

 学校に泥棒とか……いや、たまにニュースになってるな。大体制服(多くは女子の)とか体操着(多くは女子の)とか靴(多くは女子の)とか、なんかマニアックな盗まれ方をしている気がする。

 いや、そういうのが欲しいから、学校に侵入するのだ。学校に自転車を盗みに入ろうという人は少ないだろう。

 多分。

 いたとしたら、それは自転車が有る事を知っている人だ。

 光先輩と愛紗は納屋にクロスバイクを停めて、玄関まで戻ってきた。

 玄関扉はガラスのはめ込まれた木製の引き分け戸。昨今あまり見ない。

 軽い滑りで戸が開くと、現代の住宅よりも広めな玄関がお出迎え。三和土たたきには大きめの靴箱。そして高い床との間を繋ぐ式台まで完備してある。

 くどいほどに昭和で溢れていた。

「古玄関!」

「バカにしてる? まぁ、古いのを否定はしないけどさぁ」

 二人は二階へと上がってきた。板張りの廊下を進み、先を行く光先輩がふすまの前で足を止めた。

(ここが……光先輩の部屋)

 一体、どんな部屋なのか。予想は当たっていたのか。

 期待が高まる。

「さ、入って入って」

 光先輩の手でふすまが開けられた。

 中はさほど広くない畳敷きの和室。部屋の端には小さな文机ふづくえが有り、そばには学校で使う用具や教科書を入れた木目調のカラーボックス。窓には和柄の遮光カーテンが取り付けられ、押し入れと思われるふすまが見える。その中に物は入れているのか、あまり部屋の見える場所に物は無かった。

「シン……プル……」

 想像とは違う部屋だったが、光先輩のイメージとは真逆な和の多い部屋で、これはこれで意外である。

 というか、渋いな。

「どんな部屋を想像してたの?」

「金ピカでキラキラと眩しい部屋かと」

「あたしゃ秀吉か!」

 愛紗は重く感じていたリュックサックを下ろした。ようやく開放感が生まれた気がした。

「お風呂入る? 汗凄かったでしょ? 特に柳先輩から逃げてきた時とか」

 いや、もう柳先輩を幽霊と間違えて逃げた事は忘れたいので、言わないで下さい。

 まぁそれはいいとして、汗だくになったのは事実。そう言うって事は、今臭ってるのだろうか。それは困る。

 そんな訳で風呂へ。

 こう昭和の溢れた家だ。風呂も昭和香る風呂なのだろうか。

 スペースを取るから浴槽が小さくなりがちなバランス釜とも呼ばれる自然給排気のBF式とか。

 いやいやそれよりも古い、強風の日や換気扇を使うと排気が逆流してしまう、排気筒の途中にバフラーと呼ばれる円錐台型の物が付いたのが特徴的な自然排気のCF式とか……。

 いや、もしくは木製浴槽の端に湯沸かし装置が付いていて、薪やガスやガソリンを使う……それは戦前だな。いくらなんでも、そこまで古くないだろう。どっかの海の名前が付く一家だって、そのお風呂からリフォームしたんだ。

 昭和の風呂と言えば職人のタイル貼り。素早く設置が出来るユニットバスの普及が始まったのは前回の東京オリンピック以降で、その頃は集合住宅が中心。昭和の時代の戸建住宅はまだまだタイル貼りで浴室を作る風呂も多かった。

 きっとここにもタイル貼りの浴室が――と思っていたが、お風呂はリフォームでユニットバスになっていた。

 残念。

 これなら給湯器は屋外型のRF式だな。古さの中にも新しさ……まぁ、風呂ぐらいはこっちの新しい方が落ち着くか。

 愛紗は浴槽に浸かって、今日一日の事を思い出していた。

 神社の奥に有るお寺から始まって、住宅街を回る。峠道に入ると住宅は減り、貴重な柳先輩にも出会う。あの時は全力で漕いだ。それから集落を過ぎて山の上の方に有るお寺から一気に下ってダムに到着。最後はデザート的な坂と、残った脚を最後まで削ってくれた階段。

 ――うん。坂ばっかりだったな。

 これを何回も走っているのなら、光先輩が坂で速い理由も分かる。これで鍛えられてる。

 明日もまだ坂は有るようだし、完走出来た頃には坂をもっと速く走られるようになっているだろうか。

 ……分からんけど。

 両手でふとももをさすってみた。あまり鍛えられた感の無い脚が、そこには有る。スポーツらしいスポーツはあまりしてこなかった。それでも、無事に峠を登る事が出来たし、走り終えられた。

 少し休めばある程度回復してくれる回復力の高い脚なのが幸いだ。今日は一日ありがとう。

 少しでも疲れが抜けるよう、脚にマッサージを行う。

 そう言えば、志賀島の温泉で見た光先輩の脚は綺麗だったな……。

 もっと自転車に取り組もうと思う愛紗であった。


 愛紗が光先輩の部屋に戻ると、入れ替わるように光先輩が風呂場へ向かった。「ゆっくりしてて」と光先輩は言って出て行ったが、初めて来た他人の部屋というのは、どうにも落ち着かない。

 だからといって、お風呂に二人で入るわけにもいかない。

 それは禁断の世界だ。

 仕方無く、部屋の主が帰ってくるのを待つことにする。

 部屋を見回してみた。

 文机の横に有るカラーボックスには、教科書以外の本が入っているのが見える。背表紙を見ると、仏像や神社に関する本だった。そう言うのには縁遠そうな感じなのに、意外だと思った。

 いや、でも仏像は金色に輝いているものが多い。今日もそんな仏像を見てきている。

 だからか?

 でも神社で金……?

 岐阜でプレミアムフライデーの日に金の御朱印とか言ってたような?

 だからか?

 金の何が光先輩をそうさせるのか。

 本の中身を見てみると、各地の神社や仏像等を紹介していた。光先輩はあちこちのお寺とか神社に行っているのだろうか。

 そう言えば、今日だけでもかなりの数のお寺に行った気がする。数年分は行った気分だ。

 愛紗は本をカラーボックスに戻した。

 振り返ると、部屋の隅に脚付き将棋盤が見えた。普段机の上に置くような薄いのでは無く、盤に厚みが有る。その将棋盤のそばには、取った駒を置く駒台も見える。

 文化祭で将棋部に勝ったとか聞いたが、普段これで特訓しているのだろうか。

 もっと近くで見ようと四つん這いで将棋盤に近寄っていると、外の廊下で走ってくる足音がして、ふすまが開け放たれた。

「ねーちゃんねーちゃん、帰ってきたの?」

 そこにいたのは、小さな男の子。

「え? ねーちゃん?」

 四つん這いの愛紗と立ったままの男の子。目を丸くした二人は、顔を見合わせたまま固まる。

 そして少しの間流れる沈黙。

「…………ドォーモー」

 愛紗は思わず半笑いで一言。

「そんな、声まで変わって……」

 ナオミじゃないヨ。

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