第31話 納経直撃ささぐりーん
打ち始めとなる三十三番札所
全体的なルートは、ここから右回りに町を回り、駅南側の七十九番札所
霊場を回る事を打つと言うのは、元々木札をお寺に打ち付けていた事に由来する。現代では当然、そんな事は出来ない。怒られる。
「ああー、なんかドキドキする」
三人は駐車場の一番奥にある
「いよいよ始まるんですね、八十八ヶ所」
「ソコまで緊張しなくていいよ。かるーい気持ちでやってても、段々心が落ち着いてくるからね。特に最初は余裕がナイから、リラックスしてやった方がいいよ」
「これが、最初の札所なんですね」
注連柱をくぐるとそこには――
――神社の拝殿があった。
「………………え?」
愛紗は新しめの拝殿の前で足を止めた。拝殿の向かい、少し離れた場所には鳥居が見える。その間にいる愛紗は左右を見回した。
「お寺に来たはずなのに……神社? これが神仏習合っていうのですか!? 歴史が有るから、まだこういう風習が!」
「いや、ここ田中八幡宮って別の神社だよ」
光先輩は拝殿前で興奮している愛紗を置いて、奥へと進んでいった。
「だ、そうだ。行くぞ」
部長も、光先輩の後を追う。
愛紗は一人取り残された。
「あ、ちょっと、待ってくださーい」
すぐに二人を追いかけた。
ここ本明院は天台宗のお寺で、琵琶を弾きながらお経を唱える
本堂を覗いてみると、中に香炉と献灯台が見える。奥の方には、右手を上げて左手に薬壺を持つ薬師如来様の姿が見えた。
「これが……御本尊」
思えば、こうやってお寺を見るのは初めての様な気がする。普通の参拝なら、本堂でお賽銭を入れたら合掌して一礼、最後に一礼という流れ。こうやってお寺を眺める事なんて、あまりない。
「それじゃ、始めよっか」
光先輩はサイクルバッグを下ろして、ロウソクの入ったプラスチック製のペンケースと線香を入れたお菓子の空容器取りだした。どちらも長さが丁度いいということで、使っているという。
ロウソクにライター等を使って火を付けた後、献灯台に立てる。
そのロウソクの火で線香三本に火を付けて、香炉に立てる。線香が三本なのは、
密です。
献香が終わると、納札を入れる銀色の箱がどこかに有るので、納札を入れる。
ここでお賽銭を静かに投入。
合掌一礼して、御本尊真言を覚えていない人は御本尊真言が書かれている場所を確認して、読経の準備に入る。愛紗も部長に預けていた自分のリュックサックから経本を取り出す。
「あ」
サイクルバッグから経本を取りだした光先輩の動きが止まった。
「部長の経本がナイ。どうしよう」
「いや、いいぞ。覚えてきた」
どんな記憶力だ。
何度も回っている光先輩でも覚えていないので、経本が絶対に必要だ。光先輩は「まぁ、覚えていても経本見るのがフツウだから」と言い訳していた。
補足をすれば、経本を見る見ないは自由。自分のスタイルでやればいい。そもそも、音木や印金叩く人は両手が塞がって見る事が出来ないのだから。
ここで合掌、一礼して読経に入る。
一般的な八十八ヶ所霊場における読経の流れとしては、
が正式な流れとなる。
が、略式として、
開経偈
般若心経
御本尊真言(三回)
光明真言(三回)
御宝号(三回)
回向文
とする場合も有る。
更に略すと、
般若心経
御宝号(三回)
になり、究極の略式は
御宝号(三回)
だけとなる。
観音霊場、不動霊場、地蔵霊場、薬師霊場と霊場によって内容が変わるので、霊場に合わせた経本を準備するのがいいだろう。
さて読経だが、長いと愛紗がついて来れないと判断した光先輩は、通常の略式で読経を進める事にした。
速度は普段よりも遅め、普通ぐらいの速度。遅すぎるような気がしたが、ついていくのが精一杯で余裕が無いのが、愛紗の声からうかがえた。速度をもう少し落とそうかとも思ったが、それではテンポが乱れてしまう。そのままの速度で、最後まで完走した。
回向文が終わると、三人は「「「ありがとうございました」」」と頭を下げた。
「どうだった?」
光先輩が感想を聞くと、
「いや、もう読むので精一杯でした。他に何も考えられなくなりました」
「だろうね。回数を重ねていけば、も少し余裕が出てくるよ」
光先輩は出していた物をサイクルバッグに仕舞うと、二冊の納経帳を出した。
「あとは納経帳に御朱印を貰えば終了。どっちがいい? 好きな方をプレゼントするよ」
赤色の納経帳か、紺色の納経帳か。
愛紗は紺色の納経帳を選んだ。
納経所は本堂の向かいに有った。巡拝に必要な物も売っていて、手ぶらで来てもここで揃えられそうだ。
こうして、初めての御朱印は
「うおぉ……」
いただいた御朱印を眺めて、愛紗は目を輝かせていた。
「んじゃ、次いきますか」
光先輩はサイクルバッグを背負って出発の準備をしていた。
「あ、これがあと八十七ヶ所有るんですよね?」
「そう。読経とか有るから、距離が短くても一日で回りきれないのよ」
「次はどんな所なんだろう」
三人は駐車場を出て川沿いを東へ走る。
小さな橋を渡ると、二十一番札所の
「ちかっ!」
「案内板の数字だと五〇〇メートルだからね」
高田虚空蔵堂は無人のお堂になっていて、献灯台と香炉はお堂の中に有る。三人は読経まで済ませた。先ほどの本明院との違いは、御本尊が虚空蔵菩薩なので、御本尊真言が違うぐらいだ。
「誰もいないんですけど、御朱印はどうするんですか?」
「これ」
光先輩は、サイクルバッグから大きなスタンプ台と大きな朱肉を取り出した。
「?」
お堂の隅には『御納経箱』と書かれた黒い箱が有った。蓋を開けると中には大小様々な印が四つ、それに黒いスタンプ台と朱肉が入っていた。
「セルフ」
「これ、スタンプ台とか入ってますけど?」
「全部がキレイに付くワケじゃないのよ。札所によってはインクが無くてすっごく薄い所とかある。だから安定して捺せるように自分で用意するの」
「へぇー」
納経帳には、まずは朱肉で札番印、宝印、堂名印を捺す。
最後に、黒のスタンプ台で御本尊名の印を捺す。
これで完成だ。
先に黒印を捺すと朱肉が黒くなってしまうので、絶対に朱肉の三つを先に捺す。
「なんか、これはこれで面白いですね」
納経料は指示が有ればその場所に。無ければ賽銭箱に入れるのが無難だ。納経箱に入れている人もいるが。
「しばらくは無人のお堂が続くから、ガンガン行くよ!」
三人は次の札所へと向かった。
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