第30話 初めて始める人に
光先輩と初日だけ参加する部長とで、篠栗四国八十八ヶ所霊場巡拝をする事になった。
必要なロウソク、線香、経本、納経帳等は、光先輩が用意してくれるという。
自分で用意する物と言えば、納経料を納めるのに使う大量の百円玉とお賽銭の硬貨。やっぱりご縁があるようにと五円がいいのだろうか。ベタすぎるかな?
それらは棒状のコインケースに入れておくと、取り出しやすいし管理もラクと言っていた。
そしてもう一つ。光先輩から白いお札を大量に渡された。
これは
札所は当然八十八ヶ所。予備を含めて八十八枚以上書かないといけない。途中から、なんだか写経でもしているような気分になってきて、無の境地にでも入ったかのようだった。四国お遍路だと必ず本堂と大師堂が有るので、二倍の枚数は必要だという。
やはり四国は最強だな!
納札の他にも、事前に目を通した方がいいと小豆色の表紙の経本を渡された。
この経本には、読経の際に必要な
光先輩の話では、御宝号(白衣の背中にも書かれている『
光先輩もこの努力を勉強に向ければ――と思ったのは、秘密にしておこう。
経本の裏側には
お経を納めるので納経。これがメインだ。本来は写経を納めるのだが、現地での読経でも納経となる。
光先輩によれば、お経はアカペラだと思えばいいそうだ。自分の中でリズムを取りながら唱えていけば、問題無いらしい。
読経ガチ勢は複数人の場合、
まぁ、読経は一番慣れていそうな光先輩の速度にに合わせていこう。
光先輩曰く、
「巡拝に一番必要なのは、行おうというキモチ」
なのだそうだ。
昔は巡拝中に力尽きて亡くなる事もあったので、覚悟を決めて白衣を着ていたそうだ。
環境が比較的整えられている現代の全国各地の巡拝は、不慮の事故で亡くなる事は有っても、力尽きて亡くなるという事はほぼ無い。幅広い年代が、完走しようと思えば出来るという。
だからこそ、行う為の気持ちが必要なのだそうだ。
篠栗四国八十八ヶ所霊場の五十キロという道のりは、四国八十八ヶ所霊場の一四〇〇キロ、西国三十三ヶ所観音霊場の一〇〇〇キロ、北海道八十八ヶ所霊場の三〇〇〇キロや、篠栗も数えられる三大新四国霊場の他の二つ、知多四国八十八ヶ所霊場の二〇〇キロ、
そう考えると、五〇キロという距離なら最後まで行けそうな気がしてきた。
明日から始まる旅がどうなるのか、想像も付かない。
霊場巡りなんて貴重な経験だ。
思えば、自転車愛好部に入ってからの三ヶ月間、自分の人生で経験したかどうか分からない事ばかりやってきた気がする。
それなら新鮮な体験となるだろう。楽しみだ。
明日に備えて、愛紗は早めに寝る事にした。
翌日早朝。
頭上には広々とした青空が広がっていた。
「これ……絶対暑くなる奴だ……」
それは予測出来たので、顔などに日焼け止めクリームをしっかり塗っておいた。
トップスは吸湿速乾素材のシャツとアームカバー。アームカバーは吸湿速乾素材なので走っていれば涼しいし、日焼け防止にもなる。
ボトムスは変わらずジョガーパンツとインナーパンツ――これは予算の都合。まだまだ買い足さないといけないものがたくさん有る。まだ困ってはいないので、こっちは後回しだ。
愛紗は着替えなどを詰めこんだリュックサックを背負い、家を出発した。
学校で部長と合流し、篠栗へ向かう。福岡市から篠栗町へは、東西に伸びる県道六〇七号線を走る。この県道は、JR篠栗線沿線を通る道路だ。
光先輩とは駅前で待ち合わせしていた。駅の北側が、一番最初の札所なのだそうだ。
「おーい」
駅前で光先輩が手を振っていた。部長と愛紗は光先輩の近くで自転車を降りた。
光先輩の横には、濃い青のクロスバイクが有った。これはロードバイクの前に買ったクロスバイクで、今は自宅周辺用として活躍しているらしい。
光先輩のクロスバイクにはキックスタンドが付けられていた。これが今回ロードバイクではなくクロスバイクを選んだ理由。篠栗八十八ヶ所は総距離が短い分、札所の間隔も短い。回る順番でも変わってくるが、一番離れている場所で三キロから五キロとなる。クランクのスタンド着脱が大変だ。
また、歩く箇所がいくつか有るので、SPDペダルが付いたクロスバイクを選んでいる。
「ようこそ、我が町へ……って、結構大荷物だね」
光先輩は愛紗の背中に有るリュックサックを見て言う。荷物量は抑えたつもりだが、結構膨らんでいる。
光先輩の背中には、コンパクトなサイクルバッグが有った。荷物はそこまで詰まってないようにも見える。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
「いや、最初の方はいいんだよ。最初の方は、ね」
なんだか気になる言葉だ。
「平田の荷物は私が持とう。元々手ぶらだからな。
部長がそう言って、サドルを叩いた。
部長が今日乗ってきたのは通学用のクロスバイクではなく、ミヤタのE-BIKE。時速二十四キロまではモーターでアシストしてくれる、エンジョイ勢の強い味方だ。部長が持つ三台の自転車のうちの一台である。
愛紗はいつものクロスバイク。一台しか持っていないのだから、当然の事。
「いいんですか?」
「ああ。明日以降は下郷の家に余分な荷物は置いてくればいいからな。今日は私を頼っていいぞ。明日からは居ないからな」
「ありがとうございます」
愛紗は部長に深々と頭を下げた。
「それより早く行こう。時間食って中途半端な位置で一日目が終わるのが一番辛いぞ? 二日目が」
「そうだね。行こう行こう」
三人は光先輩を先頭に、すぐに出発した。
こうして、愛紗たちの篠栗四国八十八ヶ所霊場巡拝の旅が始まった。
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