第28話 マークでチェック! 製品安全
まだまだ雨の降る梅雨シーズン。
自転車愛好部の部員が部室に集まるのに、天候は特に関係無い。
今日のメンバーは部長、光先輩、愛紗の三人となっている。
部室の数少ない冷房器具である扇風機がフル稼働する中、特に何もする事が無い――というより雨で何も出来ないが、集まっていた。
「よく降りますねー、雨」
あまりの暑さに全開にした入口から外を眺めながら、愛紗が言う。
手には緑色で新書判サイズのメンテナンスブックを持っている。部室に有る本棚に並んでいたので、なんとなく読んでいた。
中身はロードバイクやクロスバイクに関するメンテナンスの手順が、写真付きで解説されている。ここでやったチューブやグリップの交換についても、これには載っている。先にこの本を見せてくれれば良かったのにとも思う。
この本で使われていたタイヤレバーは楕円の様な形で濃い青色の、チューブ・タイヤメーカーの物だった。光先輩や結理先輩が持っていた物とは形が違う。解説本で使うぐらいだから使いやすいのかな? と思うが、手を出したらタイヤレバー沼一直線なのは、間違いないだろう。光先輩に借りたアーチタイプのタイヤレバーが使いやすかったので、あれを手に入れたい。
「毎年、この時期は脚が鍛えられそうでな。自転車と徒歩だと使う筋肉は違うと思うが」
いつもの腕組みスタイルで部長が語る。
部長の家は学校まで歩いて来られない距離でも無いらしいが、朝は自転車で来る時よりも早く出ないといけないのが辛いらしい。
「雨の日はねー。今日は自転車で行けないと思うとイヤな気分になれるから、あたしは毎日電車で学校まで来てるけど」
いつものように机に座る光先輩。
光先輩の家は二つ隣の町だそうだ。自転車で来ようと思うと、かかって一時間だという話。毎日往復で二時間も乗っていれば、それなりに鍛えられるだろう。だが雨の日だけは電車とバスを乗り継いで来るとなると、時間が読めずに大変だ。通学に電車を選んで正解かもしれない。
家から近いからと言う理由だけで鴇凰高校を選んだ愛紗は通学で鍛えられそうも無いし、選択肢も徒歩しかない。家から自転車に乗って駐輪場に停めて昇降口へとかやるよりは、歩いて学校まで来てダイレクトに昇降口まで行く方が早いような気もする。
「しかし、自転車に乗られないから店でパーツを眺めていたりするが、誘惑が多くていかんな。あれこれ試したくなってくる」
「お店と言えば、この前行ってきたんですけど店内にポスター貼ってあったんですよ」
「なんの?」
「BBAです。安全がどうとかってポスターの」
「――BAAね。ババアって毒蝮三太夫か!」
「私たちの自転車って、そのマーク付いてないですよね? 安全じゃないんですか?」
「……そう言えば付いてないね。ママチャリ限定?」
「いや、スポーツ車向けのSBBAが有るから違うぞ。SBAAは安全マークから普及に関するマークになったが」
「まぁ、だいたいすぐにパーツとか交換しちゃうから、使用しているパーツが安全とか言ってても、あんまりイミが無いしね」
「一番のポイントは、ロードやクロス、マウンテンバイクがBAAの基準にひっかかる所だな」
「え、やっぱり安全じゃないんですか?」
「まぁ落ち着いて話を聞け、平田」
部長にそう言われて、愛紗は姿勢を正す。
「そもそも、BAAマークはいつ出来たと思うか?」
「防犯登録が出来た頃ですか?」
「防犯登録は一九八〇年だな。義務化はもっと後だが」
「アレじゃない? TSマークができたコロ」
「それは防犯登録の前年だな。正解は二〇〇四年だ」
「え、意外と新しいんだ」
愛紗以上に光先輩が驚いていた。
「うむ。新しいのだ。二〇〇四年と言えば、
「出来鉄工所……?」
愛紗は聞いた事が無いワードだ。
「なんかチラッと聞いたコトがある気がする。堺の自転車メーカー、だよね?」
「そうだ。堺と言えば、自転車と刃物と引っ越しが有名だな」
もうちょっと名物は有ると思う。
というより、引っ越しは全国的に有名で、勉強しない人でも知っている。
「この頃は海外生産の自転車が急増して、国内の生産台数が減っていた頃だ。この頃が、自転車が一番安かったように思える」
年齢的に部長は産まれてそんなに経っていない頃だが、見てきたかのように語る。
「付加価値と品質基準を作る為に生まれたと、私は思っている」
光先輩が手をポンッと叩いた。
「あっ、スポーツ車は付加価値や品質基準があるから、BAAマークが付いてないとか?」
「いや、SBAAが変わったのはそうだが、BAAを付けてもいいんだぞ?」
「違うのか……」
「さっきも言っただろう。基準にひっかかる、と」
「その基準ってのが分かんない」
「まずはリフレクターだ」
「リフレクター……」
愛紗は頭の中で自転車を思い描いた。
「付いてますよね? リフレクター。赤いの」
「それだけじゃ足りん。BAA基準なら前後左右必要だ!」
「前後左右……前?」
愛紗はライトじゃ駄目なのか? と思う。
「そう言えば、ハンドルバーに白いリフレクター付いた自転車、見たコトある!」
「うむ。リアリフレクターはBAAが無くてもほぼ必須だが、BAAだとフロント、そして左右からも分かるようにスポークリフレクターやリフレクターの付いたタイヤも必要だ。夜に車のライトを反射させて、存在を分からせるようにな」
夜間は暗く、当然の事ながら見通しも悪い。自ら存在をアピールする事は、事故に遭う確率を少しでも減らす行動になるだろう。
「で、リフレクター以上に基準にひっかかるのが、ペダルだ」
「ペダル……?」
何がひっかるというのか。
「ペダルにもリフレクターが必要だし、ペダルに重りを落としてもげないかという強度試験も有る」
「それに何の問題が……」
「多くはペダルが付いてこない、またはフラットペダルが付いてきたとしても、乗り回したい人は高い確率でペダルを交換するだろう」
「「あっ!」」
光先輩と愛紗は同時に声を上げた。
いわゆるスポーツ車は自分の好みのペダルを取り付ける事が多く、元から付いていない事も有る。付いていても万人向けなフラットペダルで、すぐに交換されてしまう事が有る。
光先輩のロードバイクは元々ペダルが無く、愛紗のクロスバイクは即ビンディングペダルに交換している。
もしビンディングペダルを最初から付けたとしても、多くのビンディングペダルはオレンジのリフレクターが付けられないタイプ。メーカー側も使われるパーツが限られてくる。
「なぁーんだ。それならBAA付けられないや」
「だろう? BAAマークが付いててもアピールにならないのだ。あのマークは、完成車のまま乗る人の為のマークだ。ま、私は自転車屋の中の人じゃ無いから、全部推測だがな」
と言う割に、部長は妙に誇らしげな顔だ。
「なんだか、スッキリしました」
店頭でポスターを見てふと思った疑問だったが、見事に解決出来た。なんだか嬉しくなる。
「自転車全般に言えるが、いくら品質が高くてもノーメンテなら劣化も早いぞ」
愛紗は自転車が有ると、つい見てしまうようになってしまった。どうしても他人の自転車が気になる。
自転車に乗るようになってから、街中でキーキーと音を立てながら走る自転車が気になるようになっている。今まではうるさい自転車が走っているなぐらいしか思っていなかった。そういう自転車に乗る人たちは、動けば十分なのだ。
(自転車は他人に見られる)
普通の自転車人生を送っていたら、こんな事は思う事も無かっただろう。
自転車愛好部と出会った事は、感謝したい。
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