第21話 モーターメイド

 結局、ホットドッグの内容については光先輩、結理先輩、愛紗の三人が揃ってから決まった。

 キャベツと冷凍タマネギを炒めた物の上にソーセージ、そしてソース。

 冷凍タマネギを使うのは準備が大変なのも有るが、冷凍の方が細胞が壊れて

火の通りが早いうえに辛味も抑えられ、食感を多少でも残せるからである。

 食感が重要なのは、体感したからこそ分かる。西公園であの体験をしていなければ、あまり重視はしなかっただろう。結理先輩に感謝したい。

 ソースはケチャップにソースを混ぜた物。これは下関にある工場で製造され、周辺の県ではメジャーな太くて短いフィッシュソーセージ炒めに使われる事が多いソース。おつまみとして食べる時は、マヨネーズを付ける事が多いようだ。

 このソーセージ炒めと、熊本の粉末トマトルーを絡めたソフトスパゲティは、お弁当の定番品である。

 このケチャップと合わせるソース、通常はウスターソースを使う。今回は少し甘さを出す為に中濃ソースを使う事にした。

 なお、結理先輩の話ではウスターソース、中濃ソース、とんかつソースの違いは甘さととろみなのだそうだ。


 内容がまとまった所で部活は試験休みに入り、中間試験とのバトルになる。

 その結果だが、

「ん? 試験なんて授業聞いてればほぼ分かるだろう。たまにひねった意地悪な問題が有るけどな。ま、落ち着いてやれば問題は無いだろう」

「まぁ……いつも通り」

「いや、結構取ってたでしょ。あたし? わ、悪く無かったよ、うん……」

「初めてで緊張しましたけど、思ってたよりいい点数でした!」

 という各コメントから察して欲しい。


 試験が終われば、文化祭である桃輝祭の準備もいよいよ本格化してくる。

 模擬店の飾り付けも準備しないといけないが、数日後には試作会がやってくる。迷いなく調理出来るように手順をしっかり決めないといけない。

 話し合いはいつもの部室。他に場所が無いので、当然の話である。

 愛紗が部室荘の近くまで来ると、一階右端の扉前に男女二人の生徒がいるのが見えた。この人たちは、博多にわか同好会のメンバー。桃輝祭の間、ここの空き部屋を借りるという話を聞いた。

 この部室荘の住民は、自好部の他には二階に自然活動同好会しかいない。その自然活動同好会も、姿は見たことが無い。

 短い間とはいえ、少しは賑やかになるだろうか。

 短期の住民に挨拶をしようとしたが、二人は扉を開けて中へと入っていった。

 ちょっと悲しい気分になる。

 そして二人が居た向こう側、真反対にある自転車愛好部部室の鉄扉前で浮かない顔して部室を眺める光先輩の姿が見えた。

 近付いても、その表情は変わらない。光先輩は愛紗が近付いたのに気付いていないようだ。今見えた博多にわか同好会の人たちとは、原因が関係無さそうである。

「どうしたんですか? 光先輩」

 愛紗が声をかけると、光先輩は愛紗の方へゆっくりと振り向いて、黙って親指で左側にある部室の方をさした。

「何かあるんですか?」

「――入れば分かるよ」

 光先輩は鉄扉から少し離れながら言う。その声はいつものように明るくなく、なんとも言えないような感じがした。

 この部室内に何かがある。それは間違いない。

「一体何が……?」

 不安に思いつつ愛紗はノブに手をかけ、そっと鉄扉を開けた。

「おかえりなさいませ、御主人様!」

 中に居たのはメイドの姿をした部長。いつもとは違う明るい声が部室内に響いた。

「…………」 

 これには言葉も出ない。

 声帯どころか、全身が一気に凍り付いた。

 愛紗は何も言えず、やっとの思いで腕を動かして鉄扉をそっと閉めた。

「そうなるでしょ?」

 後ろから聞こえた光先輩の声で全身が解凍されていくのを感じた。

 愛紗は振り返って何度も頷いた。今部室内で見たあれは、幻覚では無かったようだ。

「なんなんですか? あれ」

「知らないよ」

 そこで、ふと少し前の出来事を思い出した。

「……そう言えば、光先輩当日着るレンタル衣装頼んでましたよね?」

「当日は接客するから可愛くて目立つ衣装着る予定だけど、アレじゃないよ」

「接客担当なんですか? 光先輩」

「だって、ユリやうえパー姉さんがやると思う?」

 それはまぁ、あまり想像は出来ない。

「――って、私は当日どうするんですか?」

「愛紗ちゃんはフリー。どこでも行けるようにして手伝いとかしてもらう予定だから」

 って事は、全部こなせるようにしないといけないのか。それは大変かも。でも自分が言い出した事だ。それぐらいはやろう。

「どうしたの? 入らないの?」

 一番最後に来た結理先輩が声をかけてきた。

「いやぁ……ねぇ」

「中が……」

 光先輩も愛紗も口ごもってしまう。部室内で見てしまった光景に脳の処理が追いついていない。

「?」

 結局表の二人からは何も情報を得られない結理先輩は、部室のドアノブに手をかけた。

「おかえりなさいませ、御嬢様!」

 先程と少し内容は違うが、同じようなトーンの声が聞こえてきた。

「何しているんですか……部長」

 結理先輩はその異様な光景にも躊躇する事なく、部室内へと入っていった。

 ――強いなぁ。

 私たちも、いつまでも外にいる訳にもいかない。

 愛紗と光先輩も部室へと入っていった。


 部室に入ると、メイド姿の部長が出迎えてくれた。長い髪は高い位置でまとめてポニーテールにしており、いつもとは雰囲気が違う。

 まだ部長と出会ってから一ヶ月ちょっと。部長の全てが分かった訳では無い。大体の登場時は驚かされる部長だが、理由もなくメイド姿になっている訳では無いと思う。普段であれば、この後起こるであろう事を予測しながら行動している。

 前にコック服を着ていた時も、当日着ようと試着していた。

 となると、メイド姿になる理由として考えられる事は一つ。

 愛紗は勇気を振り絞って聞いてみる事にする。

「あの……まさかと思うんですが、本番その姿で……」

「いや、これはクラスの出し物用だ」

 それはそれで一安心。

 しかしメイド姿になるって、クラスの出し物はメイド喫茶とかそんな類いだろうか。

「本番は着る事が無いかもしれないから、今のうちに着ておこうと思ってな」

「それはいいんですけど、なぜ部室で?」

「クラスのみんなの前だと恥ずかしいではないか!」

 部長に恥ずかしいという感情があったのかとか以前に、部員の前では恥ずかしくないのか……。その感覚が分からない。

「ちなみに執事服も有るぞ」

「執事って……アレ? 部長って女子クラスじゃ」

 光先輩が部長に聞く。

 鴇凰高校はどの学年も女子生徒の割合が高い。その為、女子のみのクラス、男女混合のクラスの二種類が有る。生徒たちはそれぞれを女子クラス、男子クラスと呼んでいた。

「メイドが居るなら執事も必要だろうという話になってなぁ。両方用意する事になったんだ。クラスのみんなは私に執事服を着て欲しいようだが」

 その要望は分からないでもない。身長一七〇センチある部長には執事服が合いそうな気はする。

 しかし、さっきからメイドコスなのを忘れている気がするのは気のせいだろうか。最初はメイドっぽかったのに、これではメイド姿なただの部長である。

「部長……あれは」

 結理先輩の声に、部長はいつもの腕組みスタイルになる。ますますメイド姿な部長だ。

「ああ、試作会用の材料だな。当日届くようにしている。にゃんこ先生に話は通している。心配するな」

 その言葉に、結理先輩も一安心。

「試作会でやるのは手順の確認、改善点の洗い出しだな。ライドもそうだが、事前の準備が重要だ。試作会には当然、私も出るぞ。クラスの出し物で私がやるべき事は殆ど終わっ――」

 突然、部室内に携帯電話の着信音が響き渡った。

「――ん、なんだ? まったく」

 鳴ったのは部長の携帯電話のようだった。どこからか取り出して耳に当てた。

「私だ。どうした? ――――なにぃ? すぐ行く。待っているんだ」

 眉をひそめながら携帯電話が切れたのを画面で確認すると、三人の顔を見た。

「と言う事で、私はクラスの方に戻る。試作会当日はなんとしても出るぞ!」

 部長はそう言うと、駆け足で部室を出て行った。

 あのメイド姿でクラスへと戻るのだろうか。

 それじゃあ、結局クラスの人にメイド姿を見せる事になる。

 部長は想定外の出来事には少し弱いようだ。

 それとも、どじっ子メイドって奴かな?

 なにこの可愛い生き物。

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