第19話 ALIEN MUSTARDS
愛紗は駐車場を横切ってうどん屋の方へ行こうとしたが、
「そっちじゃない……目的地はあっち」
と結理先輩に止められた。
結理先輩が指差していたのは、駐車場の右の方にある
あの四阿か……屋根が変な形だよね。普通なら下が広がっているのに、上に広がっているなんて。
そう思いながら近付いてみると、屋根が小さな船の形をしていた。
なるほど。形が変だと思う訳だ。
そして結理先輩は四阿の方へ行――かず、右の方の道へ進んだ。
前方の方にベンチと、赤っぽいタープテントの下に飲料やアイスの自販機、そして小屋のような物が見えてきた。
その小屋のような物の前には何人かお客さんが並んでいる。
「これなら今日はそんなに待たなくて良い……」
結理先輩が言う。いつもはもっと並んでいるのか?
近付くと小屋っぽい物はキッチンカーで、そこには『ハンバーガー』と書かれてあった。
ハンバーガー?
愛紗は疑問に思う。
開かれたキッチンカーの後方扉にメニューの写真が貼ってあるが、そこに写っているのは背割りした細長い俵型のパンに具を挟んだ物。挟んでいる物は小ぶりのハンバーグ、切ったソーセージ、玉子等豊富で組み合わせも色々、その下に緑色の物――キャベツだろうか。どの具材もパンからはみ出している。
そして写真の上には『ホットドッグ』の文字。
――いや、ハンバーガーとホットドッグ、どっちなの?
疑問が増える一方である。
「平田さん……辛いのは大丈夫?」
結理先輩に聞かれたので、
「平気ですよ」
と答えた。
やがて順番が回ってくると結理先輩は慣れたように注文した。ま
ぁ連れてくるぐらいだ。来た事は有るんだろう。
中の人は狭いキッチンカーの中でオーブンを開け閉めしたり、鉄板でハンバーグを焼いたりで絶え間なく動いていた。
やがてハンバーガーだかホットドッグだかは出来上がっていく。
完成。
「私が……払う」
と、結理先輩がおごってくれた。
結理先輩と中の人にお礼を言って半透明袋の上の方を持って受け取る。出来立ては激熱なのだそうな。
「あっちがいいかも……」
結理先輩が指さしたのは、船形四阿奥の柵が有る方。
行ってみると、そこは展望台だった。
眼下には博多湾が広がり、遠くには海の中道やアイランドシティのタワーマンション群、須崎埠頭のサイロ群が見える。
そして博多湾の手前には円柱型のタンクが立ち並んでいる。これは石油製品や液化天然ガスのタンクだ。船で運ばれてきた製品が、ここから陸送で各地に運ばれていく。
「博多湾って、見る場所で全然景色違いますね」
「西公園は展望広場が三ヶ所あって……見え方が全部違う。海が一番見えるのは西側展望広場だと思う。ここ、中央展望広場や東側展望広場は木が目立つ」
確かに下から伸びてる松が目立つ。西側展望広場はもっと開けてるのだろうか。
「へぇー……あっ、ボーッとしてたら冷めちゃいますよ」
景色に見とれて、アツアツのホットドッグだかハンバーガーだかを忘れる所だった。折角の出来立てなのだ。熱いうちに食したい。
袋から中身を半分出してみる。
オーブンで焼いた焦げ目の少しあるパンに二つに切って断面も焼いた小ぶりのハンバーグが縦に並んでいる。その横にソーセージとチーズが有り、上からケチャップベースのソースがかけられていた。下のキャベツは肉混じりの物となっている。
写真でも凄かったが、実物もパンに収まりきれずはみ出しており、ボリュームが凄い。
まずは端を一口。
焼いて表面がパリッサクッのパン。食感がいい。
ハンバーグはもう少し先、二口目だ。
二口目。パンの食感とは真反対の柔らかい食感のハンバーグだった。その柔らかさに驚いていた時、
「――アッ」
思わず声が出た。
辛味が口内から頭を突き抜けていった。マスタードだ。
結理先輩が辛いのが大丈夫か聞いた理由はこれだ。
ただ、後を引くような辛さでは無い。スッと無くなるし、端だけに付いているようだ。マスタードの辛味は一瞬だった。
パン、ハンバーグ、ソーセージ、肉入りキャベツとどれも食感が違うが、それぞれの味が邪魔をすることは無い。口の中で一体化している。
そう言えば、ハンバーグもソーセージも肉入りキャベツも全部肉が絡む。
――肉の三位一体攻撃。
強い。強すぎる。
口の中で肉祭り開催とか……勝てる訳がない。
気が付けば、夢中になって半分食べていた。
「これ、いいですね!」
「……ん?」
結理先輩を見ると、もう全部食べてしまっていて最後の一口を入れた所だった。
「はやっ!」
「早く食べないと……奴が来る」
結理先輩が指差した先には、翼を広げて低く飛ぶトビの姿が有った。観光地でトビに食べ物をさらわれたなんていうのは、よく聞く話だ。
「四阿の下だと、襲われにくい」
「それ早く行って下さいよ」
愛紗は近くに有る普通の屋根の方の四阿へすばやく移動しながら言った。トビに襲われるなんて、たまったものじゃない。
「海を眺めながら食べるのが最高だし……私は襲われる前にほぼ食べきれる自信が有る。これは
結理先輩はゆっくりと愛紗の後を追う。
「なんの勝負ですか!」
愛紗は四阿の下へ移動すると、続きを食べ始めた。
先ほどの位置から少し左へ移動したぐらいで、見える風景は大きく変わらない。最初からこっちで良かったんじゃないだろうか。
「私たちはこのレベルの物を作ろうとは思わない……時間がかかる」
四阿の下まで来た結理先輩が語り出した。
「……最善を尽くしたい」
結理先輩の力強い言葉だったが、愛紗には最後の端に入ってたマスタードの辛味であまり耳に入ってきていなかった。最初だけだろうと安心していたので、油断していた。両端に入っていたとは。
口内の辛味が収まった所で、結理先輩に疑問をぶつけてみる。
「ところで、これはハンバーガーなんですか? ホットドッグなんですか?」
「ここのハンバーガーはホットドッグが発展した物だから……互換性は有る。ミックスチーズのチーズ無しはミックスバーガーだから、これはハンバーガー」
「すっきりしました」
最後の最後で謎が解決したような気がしたが、もう一つ疑問が浮かんだ。
「えっと……今回文化祭で作るのがホットドッグなのに、食べるのはハンバーガーだったんですか?」
「私はここでハンバーガーに目覚めた……謂わば、ここが原点」
疑問は解決しなかった。
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