第17話 福岡女体開発センター
「今度の休み……平田さんを貸して欲しい」
私は貸し借りされるような物だったのだろうか。
結理先輩の一言で、そんな疑問が湧いてきた。
「珍しいねぇ。ユリが複数人で行きたい時は、大体あたし誘うのに」
光先輩も、何も言わず普通に話を進めてる。
なぜだ。
「文化祭の題材が題材だから……体験した方がいいと思って」
「え?
珍しくイスに浅く座って背もたれに身体を預けていた光先輩が、驚いて身体を起こした。
片江展望台も南畑ダムも、有るのはどちらも山だ。そんな所に行くとなるのなら、光先輩でも驚くだろう。
私だって、そこへ行くなら驚く。断るかもしれない。
「いや……そこまで無理はしない。もっと近く」
「なら大丈夫かぁ」
安心したのか、光先輩は再び背もたれに身体を預けた。
私も一安心。
いや、というか、本人スルーして話を進めないで下さい。
「ということで、いい?」
結理先輩が鋭い眼光で聞いて来る。
「あ、え、いや……はい」
戸惑いながらも、そう答えてしまった。
むしろ、断る事が出来ない圧が有った。この状況で、誰が断れると言うのか。
別に用事は無いからいいのだが。
「それじゃあ……今度の休みにここへ集合。みっちゃん、休み前にここの鍵を貸して」
「いいよ。あたしは使う予定ないし」
結理先輩は光先輩のようなグイグイ表に出るようなタイプでは無いが、動くとなると結構強引というか、我が強いというか、マイペースというか、そんな感じがする。
これはあれか。職人気質って奴だろうか。
光先輩はまだ分かりやすい人だが、結理先輩はよく分からない。
それ以上に部長は分からない。謎が多すぎる。
今度ので少しは分かるだろうか。
ちょっと楽しみになってきた。
そして結理先輩と出かける日がやってきた。
今日も快晴だ。
暦の上ではまだ春だが、少し暑い日も出てきた。
いつものように部室荘で待ち合わせ。今回は前回よりも遅めの集合だった。
結理先輩は今、部室の中。
結理先輩と二人でお出かけか……デート?
そんな訳無いか。
結理先輩が着替えている間、ふと思って二階を見上げてみた。
鉄扉の上に有るプレートに『自然活動同好会』と書かれた所が有るのが見えた。あれが噂の入居者か。
他の鉄扉の上を見てみるが、一階も含め物て他の住人はいないようだ。自転車愛好部と自然活動同好会だけが、この部室荘に取り残されている。
――ていうか、ここに部室が有るって事は、自然活動同好会って運動部なのだろうか。
この学校は、知れば知るほど謎が増える。
「……お待たせ」
結理先輩がクロスバイクを押しながら部室から出てきた。
いつものような全身シマノの結理先輩。相変わらず準備は完璧だ。
「今日はどこへ行くんですか?」
結理先輩は腕を一直線に伸ばして指差した。
その方角は……北西?
そっちに有るのは――
「
結理先輩は首を横に振った。
違うのか。じゃあ、
「ドーム球場?」
結理先輩は再び首を横に振った。
えー、あと何があるんだろう。
「それでは……出発」
結理先輩は正門の方へ向かって進み出した。
結局、どこへ行くのだ?
疑問が残るまま、二人は出発した。
二人は学校から北の方へ進み、
明治通りの由来は明治時代に道路が造られたからで、同様に大正通りや昭和通りも存在する。
昔はここを路面電車が東西に走っていたが、今は地下鉄が東西に走っている。
ほどなくして、お堀と石垣が見えてくる。
これは福岡城の跡だ。
関ヶ原の戦いで活躍した黒田長政が豊前国中津から移った
天守台は有るが天守は無かった、天守は有ったが壊された等説がいくつかあり、ハッキリとはしていない。
今は城の跡地が舞鶴公園となっており、裁判所跡や隣の大濠公園を含めて長期の整備計画が進められている。
このお堀付近の歩道だが自歩道になっていて、お堀側が歩行者、車道側が自転車で柵によって区切られている。区切られてはいるが、途中にバス停が有る等完全分離ではない。ここを走るのであれば歩行者に注意したい。
地下鉄の出口辺りで柵が無くなると、やがて茶色の大きなビルが左手に見えてきた。
大きな庇で重厚感の有るこの建物は、戦前に
現在もかんぽ生命が入居し、一階には郵便局が有る。
ここの交差点から左に曲がれば大濠公園だが、結理先輩はまだまっすぐ進む。
次の信号で結理先輩が「右に曲がる」と言い出した。
それよりも、交差点の反対側で行列が出来ている店が気になる。
そういえば、ここを曲がると――。
信号機を見上げてみると、交差点名標識には『西公園入口』と書かれていた。
やっぱり……。西公園に来た事はないけど。
西公園は県営の公園である。
整備されたのは明治時代。黒田藩が建てた東照宮の跡を公園として整備した物である。
この周辺に西公園、大濠公園、舞鶴公園と大きな公園が固まっているが、それぞれ作られた時期が違う。
大濠公園は昭和初期、福岡城の外堀だった場所を西公園の一部として博覧会の会場にした後、整備された物。
舞鶴公園は戦後、福岡連隊の兵舎、練兵場の跡地に整備された物である。
そしてこの西公園は明治初期に廃社となって荒れていた荒津山に公園を作り、植栽を進めて花の多い公園となっている。
――そう、山なのだ。
「いやぁぁぁぁぁ、なんか見えるんですけどぉー!」
愛紗が叫んだ。
明治通りを渡り那の津通りも越えて道路を進んでくると、大きな石鳥居の向こうにオレンジ色の坂道が見えてきた。遠くにはやや小高い場所に木々が生い茂っているのが見え、そこに吸い込まれるように上り坂が存在している。
ここが西公園の入口である。
「大丈夫。短いし……大した坂じゃない」
「私には大した坂なんですけどー!」
「平田さん、少しは坂に慣れて欲しい。この前の志賀島……ペース合わせるのが結構辛かった……」
「あの……結理先輩、怒ってます?」
「……」
結理先輩の返事は無かった。
愛紗は全身から汗が噴き出すような感覚に襲われる。
「怒ってますぅ!?」
「……とりあえず特訓。陸橋ぐらいの坂だから、大丈夫」
その声は、いつもと変わらなかった。
結局怒っているのかどうかすら分からない。国語や現代文の『この時の作者の気持ちを答えなさい』ぐらいの難問だ。
「本当ですかぁ?」
「この坂……小学生でも登っているから。小学生に負けたい?」
愛紗は首を横に振った。
やる気は出た。が、結理先輩に乗せられている気さえしてきた。
しかし、まさか光先輩より先に結理先輩から坂で鍛えられるとは思わなかった。
でも、今後坂――というか、坂の後であんな失態は見せたくない。
自分ももっと高みを目指したい。
見えていた石鳥居をくぐって交差点を渡ると、オレンジ色の舗装路が始まる。
ここから坂道スタートだ。
最初は緩めの坂だが、すぐに勾配が上がる。
前を進む結理先輩はスイスイ登っていく。あの小さな身体のどこにそんなパワーが有るのだろう。
よく見ると、結理先輩はハンドルバーの両端に付いたバーエンドバーを握っている。やっぱり、あれが有れば違うのだろうか。今度お店に行ったら見てみよう。
愛紗も坂を登り始める。ペダルは重くなったが、前回の志賀島と違って余裕が有るように思える。これは坂に慣れてきたのか、勾配が緩いのか。
正面、上の方に階段と、階段の上に大きな石鳥居が見える。短いと言っていたから、あれの手前までだろう。
ゴールが見えている分、前回のような絶望感は無いし、坂の勾配も変化はほぼ無い。坂の最初の方でシフトを落としていたが、このまま登り切れそうだ。
前を進む結理先輩がゴールであろう位置で停まって足を着き、後ろを振り返った。
あれがゴールだ。間違いない。
行ける。今回は行ける。
はやる気持ちを抑え、ペースを変えずにペダルを回す。
少しずつ近付いてきた結理先輩の右隣に並んで、愛紗は足を着いた。
「よっしゃぁぁぁ! 坂道倒したぞぉ!」
愛紗は呼吸を少し整えて、左側に居る結理先輩を見た。
「今回は前回と違って、全然楽しょ……ってぇ、まだ有るんですけどぉ!?」
結理先輩の向こう側に灰色の坂道が見えてしまった。
西公園は全体が標高五十メートル弱の荒津山という山である。ここは山頂では無いのだから、当然登りはまだ続く。
「くっ……この坂は中ボスだったか……」
「いや、前回のようになられても困るから、ここで終わり」
結理先輩は左側を指差していた。その先を見てみると『駐輪場』と書かれている札が立っており、ちょっとしたスペースが有った。
「あと、車路狭いから……ここから上は平田さんが危ない」
確かに、続く道路は左の方がバリカーとチェーンで仕切られており、狭い左側が歩行者用の道路だろう。右の車道はそこまで広いようには見えない。
もし進んでいってスピードの遅い愛紗で車がひっかかったら、車に迷惑をかけるかもしれない。かといって、歩行者用を走るわけにもいかない。
二人は駐輪場に自転車を停めて、ここからは歩きで西公園を進む事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます