三角乗りでもいい。たくましく育ってほしい――丸大ハム

第16話 DAN-GO

「そう言えば」

 いつものように腕を組んだまま立っている部長が切り出した。

「今年は部で何かやるのか? やるならもうすぐ提出期限だから、早く企画書出さないと駄目だぞ」

「あー、どうしよう、今年。やる? やるって言っても、なんも考えて無かったしねぇ……」

「なんの話ですか?」

 部長と光先輩がどんどん話を進めていく。このままだと、なんの話なのか分からないまま進みそうだ。愛紗も話に置いて行かれないように聞く。

「なにって、桃輝とうき祭に決まってるじゃない」

「……?」

 初めて聞いた単語だ。当たり前のように言われても困る。

「ああ、文化祭」


 体育祭で求められるのが体力なら、文化祭で求められるのは知力。

 何をやる、どうやる、どう魅せる。

 それらは生徒たちのアイデアにある程度委ねられる。

 文化祭は戦前の旧制中学で学生の創作活動の場として設けられたのが始まりと言われ、現代でも大きく変わらず創作活動発表の場となっている。

 ここ、鴇凰高校でもそのような場となっており、毎年六月の初めの方で開催される事が多い。

 桃輝祭という名前になっているのは、スクールカラーが鴇色――ピンクだからである。


「去年は何をやったんですか?」

 愛紗が聞くと、光先輩の動きが止まった。

「え、去年……去年? あれ? 去年って、何もやってない気がする。あたしクラスの方に参加してたよ」

「ああ、それか? 山さんが『ヒルクライムに関した事を何かやりたい!』と言い出したから、私が全力で止めておいたぞ」

「正解! ロクなコトにならない気しかしない」

 先輩たちがそう言うのだ。ロクな事にはならなかったんだろう。

「じゃあ、一昨年はなにを?」

「ん? 詩吟会だ。ビックリするぐらい人が来なかったぞ。ステージ会場で一番入らなかったんじゃないか?」

「なぜ詩吟……?」

「その頃の部長は、詩吟部が無くて自好部に入った先輩だったからな。だが、自転車詩吟は流石にニッチすぎた」

「それが噂の詩吟ライダー先輩か……。色々言いたいコトはあるけど、まず自転車部が詩吟という時点で間違ってるし」

 光先輩の言うことももっともだが、文化祭なんだから詩吟でももうちょっと注目を集めてもいいのに。

「だから去年は山さんを止めたんだ。あんな大火傷は一度で充分だ」

 部長がそう言うぐらいだ。一昨年がどんな惨状だったか、容易に想像出来そうである。

「今年は何を」

「だから、それを今聞いてるんじゃあないか」

「そうでした」

「人数少なめでも回せる奴だぞ。うちの部は人数少ないんだからな」

「他の部って、何しているんですか?」

 腕を組んで仁王立ちしていた部長は、天井を見上げながら考える。

「んー……野球部は十二球で九枚の的を射貫く奴だし、それ以外だと他校を招待して試合してみたり、ショー開いてみたり、あとは模擬店だな。二階に取り残された自然活動同好会は、災害時でもすぐに提供出来るようにと、代々伝わるすいとんをレシピの確認を兼ねて毎年出しているぞ」

 この部室荘、他に部があったんだ。そっちが驚きだ。他に人がいたの、見た事無い気がする。

 ていうか、災害どうこうってどんな部だろう。もっと気になる。

 ここに部室が有るって事は、運動部?

 分からない。

「でも今の話を聞く限り、その選択肢だと出来そうなのは模擬店になるんじゃないんですか?」

「模擬店か……よっぽどの事をしない限りは大火傷しなさそうではあるが……」

 部長はまだ上を向いたまま。どちらかと言えば、その声は前向きでは無い気がする。

 それよりも、首が疲れないのだろうか。文化祭よりもそっちが心配だ。

「模擬店なら……こだわりの一品を提供したい」

 食べ物の話なせいか、さっきまで作業場に居た結理先輩がそばまで寄ってきて話に食いついてきた。

「な? こうなるだろ?」

 部長の上に向かっていた目線は愛紗の方を向いて、腕を組んだまま右手で結理先輩を指差していた。部長にはこの展開が読めていたようである。

「そっち系の話なら三人で話し合った方が良いだろう。もし交渉事なんかが有ったらなんでも言ってくれ。そっちは私が担当しよう。柳に出てくれと言う事以外な。ありゃあ出んというか、クラスの出し物の方で忙しいはずだ。クラスの奴らが手放すとは思えん。最大四人でやれる範囲でやってくれよ」

 そう言えば柳先輩にも、顧問のにゃんこ先生にもまだ会ったことが無い。この部はまだまだ謎の多い部だ。

「まぁ、私も準備期間はクラスの出し物で忙しくなると思うからあまり手伝えないが、本番はなるべく部の方に出る予定だ」

 そう言えば、うちのクラスは何をやるんだったかな……。何か言ってた気がするが、愛紗は思い出せない。

「じゃあ、何出したい?」

 副部長である光先輩が進行役になった。机に座ったまま、話を進める。

「……福岡っぽい物」

「え、じゃあ、自転車っぽい物」

「いや、何だよ。イミが分からない。オイルでも出すつもり? 飲めないよ」

 自転車っぽい物。

 愛紗は自分で言っておいて、自分でもよく意味が分からないと思ってしまった。

 自転車っぽい物と言っても、自転車の経験が浅い。

 大体、模擬店と言いだしたのも、自分だ。

 なんとかしないと。

 自転車……と言えば、この前の志賀島だ。

 途中に甘味処があったなぁ。

 甘味と言えば団子?

 スイーツ系でいいのだろうか。

 もっと範囲を広げてみよう。

 西戸崎……。

 ――そう言えば。

「あの……」

 愛紗は沈黙の中、切り出した。

「どしたの?」

「志賀島行った時の事思い出してたんですけど、ホットドッグ屋さんが何軒か有りましたよね?」

「うん、あるね」

「ホットドッグって、どうですか?」

「ホットドッグ……自転車かなぁ? 志賀島周辺のホットドッグ屋って、車とかバイク乗りばっかり見る気がするんだけど」

「下郷、メリダに『ホットドッグ』ってピストバイクあっただろう」

「なら自転車かぁ……」

 部長の一言で、光先輩も納得した……のかなぁ。

 だが、そこで新たな疑問が湧いたようだ。

「でも、福岡っぽいの?」

「大きな公園とか……あとは少し離れて山の方へ行くとワゴン車で販売しているし、久留米には独自のホットドッグが有る」

 これは結理先輩。光先輩の疑問を自分で片付ける。

 久留米ホットドッグは戦後に言葉からの連想で産まれた物であり、キャベツとプレスハムが挟んである。この赤いプレスハムは、暑くて舌を出した犬を表しているそうだ。

 暑い犬でホットドッグ。

 このロックすぎる直訳には、王様もビックリだろう。

「なら福岡かぁ……」

 光先輩はそう呟いた所で何か気付いたようで、動きが止まってしまった。

「あれ? コレって条件二つとも満たしてるの?」

「満たしてますね」

「……満たしてる」

「じゃあ、コレで行く?」

 異論は無かった。

「ホットドッグか……」

 部長が語り始める。

「何を挟むか、何をかけるか、カスタムの余地は大幅に有るな」

 そんなに幅広い食べ物だっただろうか。

 よく考えたら、ホットドッグについてはよく知らない。

「企画書は私が出しておこう。試作会が試験の後に有るから、それまでに方向性は決めておくんだぞ」

「シケン……?」

 愛紗はあまり聴きたくない単語が耳に入ってきた事で、動きが固まってしまう。

「来月下旬に有る中間試験だぞ? それが終われば桃輝祭の準備が本格化する。その前から準備出来る物はある程度進めておくが」

 この五月からは初体験のイベントラッシュだなぁ。

 試験はイヤだけど。


 ともかく、愛紗高校初めての文化祭は、この小さな部室で始まるのであった。

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