俺に言わせりゃ八割がシマノ――西島義則

第3話 だが乗っていた方が、楽しいことは多いぞ

「愛紗ちゃん。自転車って聞かれて、どんな自転車を思い浮かべる?」

 光先輩に聞かれて、愛紗は頭の中でパッと自転車を思い描く。

「えっと……前カゴが付いてて、荷台が付いてて――車輪が付いてる!」

「そうそう。バスケットが付いてて、リアキャリアが付いてて、ホイールが――って、どんな自転車もホイール普通に付いてるよ! 愛紗ちゃんは街中を走ってる自転車を想像していると思う。自転車は、ざっくり分けると七種類に分かれるの」

「そんなに!?」

「本当はもっと分類あるけど、とりあえず手を出しそうな範囲で。で、愛紗ちゃんが思い浮かべたのは、シティサイクルね」

「シティサイクル?」

「きっちり説明を始めると長くなるから、ものすごーくザックリ説明すると――」


●シティサイクル

 軽快車、シティバイク、ホームサイクル、ママチャリなんて言い方も。

 大きめの前カゴや厚めのサドルに低いトップチューブによる乗降の容易さ等、日常生活において使いやすいようになっており、頑丈で(値上がり傾向とはいえ)安価だが、重め。

 相当頑張れば、それなりに速度も出る。

 相当頑張れば。

 ただし、速度を出すことは想定していない性能。

 メンテナンスはあまり気にしなくても乗れるが、メンテナンスしようとすると、かなり面倒。


「あー、これこれ。自転車と言えば、これですよね。自転車って、これ以外何があるんですか?」

「あとは……」


●ミニベロ

 小径車とも。

 二十インチぐらいまでの小さなタイヤの自転車。同じ二十インチでも、ホイールの直径違いなどが有り、地味にややこしい。

 出足がいいので、ストップアンドゴーの多い街中では有利。走行性能を高めたタイプも有るが、長距離は頑張り次第。中距離ぐらいまでなら(比較的)問題は無し。ただ、一漕ぎで進む距離は、他の自転車に比べると短め。

 折りたたみ自転車も多くはこのサイズで、輪行をやるなら折りたたんで輪行袋に入れるだけなので、一番ラク。


「ここからはスポーツ自転車とかスポーツタイプとか言われるのが多いね」


●ロードバイク

 欧州を中心に進化を続けてきた、道路を速く、遠くまで走ることを重視した自転車。

 速く走る事は可能な自転車だが、速く走ることも、その速度を維持するのも、その人の脚次第。

 ただ、長距離を走るなら、一番ラク。

 細めのタイヤ(と言っても、近年太くなりつつあるが)やドロップハンドルが特徴的で、車体は軽量。

 ロードレースの歴史は長く、オリンピックでは第一回と、第五回からずっと続いている。

 悪路はそこまで向いていないが、ロードレースではパヴェ(石畳)も走る(タイヤの空気圧を落とす等、それなりの対策はするが)。

 中距離から長距離向き。


●マウンテンバイク

 太めのタイヤとフラットバーと制動力の高いブレーキが特徴的。

 今主流のディスクブレーキは、元々マウンテンバイクを中心に普及が始まった。

 米国生まれ。

 悪路の山道を下るという遊びから進化していったものなので悪路を走るのには強いが、舗装路ではタイヤの太さが抵抗になって、あまりスピードは出ない。


●クロスバイク

 マウンテンバイクにロードバイクの要素を組み合わせて、走行性能を高めた自転車。

 逆にロードバイクにフラットバーを組み合わせたフラットバーロードというのも有る。

 スポーツ自転車の分類だが、どちらかと言えば実用寄り。日常生活でも使いやすい。

 実はクロスバイクは和製英語で、海外ではハイブリッドバイクやシティバイク(リアキャリアが付く等、より実用寄りの場合有り)と言う。

 乗る感覚はシティサイクルに近いが、シティサイクルよりも軽いのでスピードはそれなりに出せる。

 ただし、ロードバイクの様に高速で安定的に長距離を走らせようとすると、キツい。

 使用パーツグレードはマウンテンバイク系のエントリーグレードが多く、日常使用における耐久性はそれなりに高く、価格はシティサイクルよりも高いが比較的抑え目。

 近距離から中距離向き。


●グラベルロード

 ロードバイクとマウンテンバイクの中間で、グラベル(未舗装道路)も舗装路も走れる自転車。

 ロードバイクにマウンテンバイクの要素を組み合わせたクロスバイクの上位のような存在だが、こちらはスポーツ寄り。

 太いタイヤを装着出来るようにする等、より走破性を高めているが重量はロードバイクより重め。

 荷物も多く載せることが可能なので、ツーリングにも使える。


●電動アシスト自転車

 (日本では)時速二十四キロ未満の場合、モーターでアシストしてくれる自転車。

 漕ぎ出しは強くアシストされるため、ロケットスタートになりがち。慣れてないとビビる。

 登り坂では特に恩恵を受けるが、バッテリーが切れるとただの重い自転車へと変身する。

 シティサイクル型以外の電動アシスト自転車はe-BIKEとも呼ばれる。


「イーバイク……悪いバイクとか、普通のバイクも有るんですか?」

「そうそう。エアキーボードとエアドラムやって――って、良いバイクじゃない! 欽ドンか!」

「欽ちゃんに壁ドンされて『なんでそーなるの!』と囁かれたら、恋に落ちちゃいますよね!?」

「落ちねぇよ! て言うか、『欽ドン!』ってそう言う意味じゃないから!」

「残念……」

 愛紗の気分が少し落ち込んだ所で、部室の扉が勢いよく開け放たれた。外からの光が部室内へ流れ込み、人影が見える。

「欽ちゃん!?」

「みっちゃん……重いんだけど」

 そこにいたのは欽ちゃんでは無く、小さな先輩だった。

 まぁ、ここで欽ちゃんが現れても困るのだが。

 小さな先輩は腕にイスの背もたれを引っ掛けて左右で二つ、そして手で机を持っていた。よく持って来れたなと思う。

「あー、ごめんごめん」

 机から降りた光先輩が小さな先輩の持っている机をもらうと、部室に有った机の横に並べた。さっきの机とイスは部室の備品だったようである。

「そっちも」

 そう言って光先輩がイスを受け取ると、手早く机の周りに置いた。

「あ、忘れてた。愛紗ちゃん、こっちは江淵えぶち結理ゆりね」

「どうも」

 小さな先輩こと、結理先輩が頭を下げた。

 ていうか、なんか入部前提に話が進んでいるような気がする。もう逃れられないのか?

「あれ?」

 愛紗は結理先輩が制服から体操服のジャージに黒いエプロン姿になっていることに気付いた。

「結理先輩、料理部兼任とか?」

「例え料理部だったとしても、ジャージで料理は無い……多分」

「――なら、自転車乗りながら料理とか?」

「そんなに器用な事は出来ない……というか、無理」

「――じゃあ、自好部のママ」

「……助けて、みっちゃん」

 段々と道から外れていく愛紗に結理は心が折れそうになり、光に助けを求めた。

 だが、光はサッと目を逸らした。この状況を楽しんでいるフシがある。

「で、正解は?」

 愛紗自ら答を求めてきた事で、結理から不安は取り除かれた。ほっと胸をなで下ろす。

「私は乗るよりいじる方が好きで、こうやって部室で自転車をいじる事が多いの。制服のままだと汚れてしまう……かといって、ジャージでも汚れるのは困るからエプロン着けてる」

「あっ!」

 光先輩が声を上げた。

「ちょうど実物が有るんだからさ、さっきの種類の説明するのに丁度いいじゃない」

「種類って、自転車の? リカンベントとか、ファットバイクとか、ピストバイクとか、ランドナーとか、シクロクロスとか、ビーチクルーザーとか、ダルマ自転車とか、ここ無いけど……出来るの?」

「いや、面倒臭いから、その辺ハブいてる。いきなりそっちには行かないでしょ、普通は」

「……普通じゃないかもしれないよ?」

「その辺は……今は考えないことにする。とりあえず、ユリのから見せてよ」

「しようがないなぁ……」

 結理先輩は部室の奥の方に行くと、片方のカバーを外した。

 カバーの下からは、Livの黒いクロスバイクが顔を覗かせる。Vブレーキやホイールにサドルバッグもパーツ類はシマノづくし。サイクルコンピュータはステムに取り付けてあり、小さなフレームでも取り出しやすいよう、ボトルケージはサイドから出し入れするタイプを付けていた。

「うわぁぁ……」

 愛紗は感嘆の声を漏らした。

 自転車を、自転車と認識して見る行為なんて、人生初である。自転車に興味が無い限り、一般人にとって自転車なんて生活に溶け込んだ日用品だ。

「タイヤ、大きくないですか?」

 愛紗が真っ先に思ったのは、そこだった。自転車自体が小さいのに、車輪は大きく見える。

「タイヤは標準的なサイズの700C。フレームが小さいから、そう見えるだけ」

「これがクロスバイクね」

 カバーをたたみ始めた結理の代わりに、光先輩が説明を始める。

「ディレイラー……変速機やブレーキなんかはマウンテンバイクの物、タイヤなんかはロードバイク寄りの物と組み合わせた物ね。乗る感覚としてはシティサイクルから大きく変わらないから、ママチャリからステップアップしたい。いきなりロードバイクは――ていうか予算……という人向けかな? ここで自転車にハマって即ロードバイクに行く人もいるし、そうなるから最初っからロードバイクを買えという人もいるけどね。まぁ、自転車にハマった人が必ずロードバイクに進むということも無いし、あたしたちは何百キロと走らないから、クロスバイクでも大丈夫」

「ほうほう」

 光先輩の説明に、愛紗が頷く。分かっているんだか、分かっていないんだか。

「で」

 光先輩がもう一台のカバーに手をかける。

「こちらがロードバイクになりまぁす!」

「うゎっ……」

 光がカバーを取った瞬間、愛紗の口から出てきた物は感嘆というよりも引いた物だった。

 濃紺をベースにしたメリダのチームカラーロードバイク。ここまでは普通だった。

 チェーンが金色。

 ボトルケージが金色。

 ベルが金色。

 ケーブルアウターが金色。

 なんならバーテープも金色。

 あちらこちらに金色があしらわれていた。


 痛い――。


 眩しくて目が痛いとかではない。

 そういう痛さではない。とにかく痛いのだ。

 確かに車体の色も一部に金色が使われてはいるが、ここまで金色成分が多いと、何かが違う。

「ちょっとぉ! なんかユリのクロスバイクと反応違うんだけど!?」

「みっちゃんのロードを見る人は、大体そんな反応してる」

「えぇー、キンキラでカッコイイじゃない」

「「いや……」」

 結理先輩と愛紗の意見がピッタリ合ってしまった。

 この部でやっていけるかもしれない。ちょっと自信が持てた。

「自転車は個性よ、個性! 自好部三箇条にも定められてるし」

 光先輩は息を荒くしながら、壁を指差した。

 愛紗がその指の先を見ると、壁に一枚の紙が貼ってあるのが見える。

 そこにはこんな事が書かれてある。


  自転車愛好部三箇条


 一 無理はしない。

 一 自分の身は自分で守ること。

 一 自転車は個性。


「どういうことですか?」

 読んでもイマイチ理解が出来ない、ピンと来ない愛紗は聞く。

「無理はしない。別に争っている訳じゃないから、限界を突破しようとか、そんな事は考えない。一番の最優先事項は、家に無事帰ること」

「小学校の遠足ですか?」

「違うけど、それが一番大事なこと。無事に帰られなかったら、次回走ることも出来ないじゃない? 自転車がキライになっちゃうかもしれないし。帰ってこれたら、トラブルもいい思い出に変わるのよ。次に自分の身は自分で守ること。自転車を操作しているのは自分なんだから、危険からは全力で回避すること。これは、最初の無理はしないにも繋がることなんだけどね。車はりに来てる、歩行者はられに来てる。それぐらいの気持ちで走りなさい。相手が止まるとか、避けるとか、そんな甘っちょろい考えは、一切捨てて」

「自転車はどうなるんですか?」

強敵ライバルであり、仲間トモよ。で、最後に自転車は個性。自転車のメーカー、ブランドも多種多様、星の数ほどあるけど、規格はある程度決まってるから、パーツは乗り手の好みで換装されていくの。だから、自転車は乗り手の個性が出るのよ」

「個性……」

 そう思いながら光先輩のキンキラロードバイクを見るが、いくら個性だと言っても、やっぱり女子高生でコレは無い。

 キンキラな部分を無かった事にして改めて見てみるが、クロスバイクとロードバイクはタイヤのサイズは同じでも、フレームの形は似ているようで違う。ハンドルの形は全然違うし、よく見ればペダルも形が違う。よく見かける橙色のリフレクターが付いたプラスチックのペダルではない。光先輩のロードバイクには細長いペダルが、結理先輩のクロスバイクにはシルバーが目立つ金属的なペダルが付いていた。どちらも、ママチャリとは大きく違う。

(……もう一押しで堕ちる、かな)

 光は愛紗の目がキラキラしているのを見逃さなかった。

「自動車に様々な形が有るように、自転車も種類は大量。まずは自転車で何がしたい、どうしたいという目的を考えるのが、重要ね。そこから、どういう自転車を買うか、突き詰めていくの。お迎えする自転車、あれもいい、これもいいと購入前はすっごく悩むんだけど、それもまた面白いのよね」

「自分の希望をパーフェクトに満たす自転車……は、まず無い。それなら、フレームだけ買って、好みのパーツを付けた方が早い。自転車はパーツの交換が出来るから、自分好みの子に育て上げていくと、ますます愛着が湧いてくる」

「ね。楽しいよね」

 楽しそうに語る二人の姿を見て、愛紗は自転車に興味が湧いてきた。

「へぇ……。ところで、お二人はどうしてこの自転車にしようとしたのですか?」

「え? 先輩のロードバイクがカッコよくて『ロードバイク欲しい!』ってなったから、金色のデザインがカッコいいのを」

「……サイズの問題」

 ――二人とも目的で選んでねぇ。いや、ある意味目的か?

 目的はどうこう言う割に、そこまでこだわる必要が無いんじゃないか?

 そんな気さえしてきた愛紗であった。

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