無防備コンビニ
前編
二〇一八年一月八日
愛知県羅宮凪市 特別警備隊南詰所
特警は各県に存在するが、SIUは北海道・東京都・愛知県・大阪府の四県にしか存在しない。
彼らの主な任務として、危険が想定される人質救出作戦や、容疑者からの激しい抵抗が予想される強制捜査などが挙げられる。
また、現場の状況に応じて
とどのつまり、SIUとは特別警備隊の特殊部隊であり、危険な状況なら何でも屋なのだ。
ジョンは東京SIUに所属していたが、つい最近愛知SIUに転属となっていた。
つまり、彼は転属初日から大事件を一人で解決してしまったのだ。
一通りの手順が済むと、ようやくジョンは解放された。
警察署の狭い取調室から出て、渡り廊下を通り、数分もしないうちにこれから職場となる場所に到着した。
「ミラージュ社所属、ジョン・ユキムラ軍曹待遇です」
ジョンはオフィスの最奥に座る男性に自己紹介をした。
特別警備隊の詰め所は日本の警察署と違い、米国風のつくりとなっている。
ヒラの隊員は日本と同じく、長屋のように並べられた机と向き合うが、部長などの幹部にはガラスで仕切られた部屋が用意されている。
部屋の立札からして、これから従うべき男はミロ・ベカエールというらしい。
フランス人の中年は細く、鋭い目をジョンに向けた。
「君がユキムラ軍曹か。噂は聞いている」
彼が差し出した手を握り返すと、ジョンは早速質問した。
「早速ですが、質問してもよろしいでしょうか」
「構わん」
「私が交戦した容疑者は何者なのか、調べはつきましたか?」
「ああ、もちろん」
ベカエールは眼鏡を置くと、続けた。
「ガーター神聖教だ。君も知っているだろう?」
「もちろん」
ガーター神聖教、日本で誕生した仏教系の新興宗教だ。
阿部祟野と自称する男が教祖であり、一時期は『宗教やってる変なおっさん』としてTV番組に出演したこともある。
彼らはかつて政党を作り、教祖を国政に参加させようとしたが、信者たちの苦労の甲斐なく選挙には大敗。
この件をきっかけに、ガーター神聖教は過激な方向へ向かい、いつしか国家転覆を目論む組織へと変貌していった。
そして一九九〇年。教祖の指示によって東京都の地下鉄にVXガスが散布され、銃器で武装した信者達は国会議事堂を武力制圧した。
「連中は危険な組織ですが、今は壊滅したはずでは?」
国会議事堂を制圧し、警察を海外から持ち込んだライフルや重機関銃、さらにはハインド重攻撃ヘリコプターを用いて圧倒したまではよかった。
だが、自衛隊の一部部隊が独断で行動を開始すると、あっという間に信者たちは制圧され、最終的には軽井沢に逃亡した教祖が逮捕されることで事件は終息を迎えていた。
「ほんの数か月前、当時逮捕を逃れた教団の人間が逮捕された。最近市場に流れ始めた合成麻薬、『レッドアイ』を販売及び生産した容疑でな」
「既に資金源を確保していると?」
「そう考えられる。さらに、大学のサークルなどを利用して信者を集めているという情報もある。……今回の事件の容疑者は全員、羅宮凪大学に通う大学生だった。そして、彼らは全員同じサークルに所属していた。教団の息がかかっていると、警察や特警が睨んでいたサークルにな」
つまり、今回の事件はこうなる。
新世代の狂信者が死刑囚となった教祖を解放するため、航空機とそれに乗る人々を人質にしようとした。実に現代らしい事件だ。
犯行グループが素人の集まりでなければの話だが。
「では、銃器はどのように持ち込まれたのでしょうか」
「それはわからん。君が皆殺しにしていなければ、情報が得られたかもな」
「あの時は一刻を争う事態でした。容疑者の命を考慮する余裕はありません」
「わかっている。だがここは
フランス人め、現場の人間に命を捨てろとでもいうのか。
気持ちはわからなくもない。一人の人間が情報を吐く事で、未然に防がれる事件もあるだろう。
だが、あの時は銃弾の一発で四百人が死ぬ恐れがあったのだ。流れ弾が窓に当たっていれば、三五七便は落ちていたかもしれない。
そんな状況で、敵の命なぞ考えてはいられない。
「善処します」
そう言うと、ジョンはベカエールのオフィスを後にした。
オフィスを出てすぐ、見知った顔が自分を待ち構えていることに気付いた。
「ライナルトか?」
呼びかけると、彼は笑みを浮かべた。
「なるほど、そう言えばお前は名古屋出身だったな」
「羅宮凪島で仕事をするとは思わなかったけどね」
長谷川ライナルト。父はドイツ人で、母は日本人。ジョンと同じくハーフだったが、彼の場合は日本生まれの日本育ち。
顔だちは外国人風で、身長も百九十ある大男だが、国籍は立派な日本人である。
二人はSIUの合同訓練で知り合い、境遇が似ているからか不思議と意気投合した。親友とは言えないが、友人ではあった。
「一応、ここでは僕が先輩だ。いろいろ世話をするように頼まれている。必要な事があったら聞いてくれ」
「わかった。よろしく頼む」
改めて握手を交わすと、早速ジョンは自分のデスクに向かった。
彼のデスクは一番奥の隅。新入りだから、多少変な立地でも仕方がない。
「ここが君のデスクだ。荷物は脇のダンボールに入れてある」
「助かる」
机の傍に置かれた段ボールを開き、わずかな私物と書類を配置し始めた。
◇ ◇ ◇
二〇一八年一月九日
愛知県羅宮凪市 負川町
羅宮凪市とは、愛知県の離島『
島の面積は七百キロ平方メートルと、日本で十番目に大きな島だ。
人口は、正規の住民は二十八万人とされ、非正規の住民を含めれば三十万人にも達すると言われている。離島にしては大都市だ。
北部には自然溢れる各務山と自衛隊羅宮凪基地が存在し、中部には大規模な住宅街と大手の自動車メーカー『トヨハシ』の下請け工場が、日夜島の産業を支えるために稼働している。
南部はそれまでの雰囲気と一変し、珊瑚礁と青い海が売りのリゾートビーチとなっている。東南アジアを中心とした外国人が集まるリゾート地であり、島の富裕層が多く在住している。
そんな島の名産品は、自然から採れる野菜でも、中部の自動車部品でも、ましてやリゾート地の観光でもない。
人間の欲望から生まれる犯罪である。
羅宮凪島で発生する犯罪件数は、平成初期まで王者の座を譲らなかった大阪府を抑え、遂に日本一となった。
なんと、本州の愛知県で発生した犯罪を除いても順位が変動しないのだから異常ぶりが際立つ。
また、県ごとの犯罪件数をまとめたグラフには羅宮凪市だけ独立してランクインさせるのが常となっている。
ちなみに、唯一自動車事故件数だけは本州の愛知県に劣って二位となっている。
そう、羅宮凪島の名産品は窃盗・強盗・放火・殺人・薬物・不法滞在者をはじめとした犯罪なのだ。
愛知県にSIUが設置されたのは愛知県が本州の中心に位置する都市、名古屋が存在するという理由もあるが、最大の理由は犯罪組織を羅宮凪島で成長させないために設置されたというのが通説だ。
事実、愛知県SIUは羅宮凪市南詰所を拠点としている。
とはいえ、SIUが出動するような事件は週に一回起こるか起こらないか程度。毎日のように出動するほど酷くはない。
各県のSIUには四つチームが存在し、週ごとに一つのチームが即応部隊として待機。残りは特警の一般隊員と同じ業務をこなすのだ。
人員不足ゆえの致し方ない措置と称しているが、実際は高い特別手当を払っているのだから、少しでも給料の元を取りたいというのが派遣したPMCの本音だろう。
今週、ジョンの所属するチームスリーは通常業務。よほど大きな事件でも起きない限りはパトロールだ。
特警のパトカーは日本と同じく二人一組。運転席に長谷川、助手席にはジョンが座っていた。
「定時連絡。こちらパトロール2‐1、異常なし」
「了解、巡回を続けろ」
司令部に定期連絡を送り、中部の住宅街を制限速度を遵守して走行する。
ジョンが歩道に目を光らせると、道行く人々は確実に視線を逸らす。外国人が銃を持って警備しているのが気に食わないのだろう。
イギリスと同じく、銃規制が厳しかった国だからなおさらだ。
もっとも、現在は銃器所持の免許が緩和されたため、拳銃からライフルまで所持は難しくない。
銃を持つと、アメリカ人は他人を道連れにするために使う。日本人は自分を殺す為だけにしか使わないから、再び規制されていないのだろうとジョンは考えていた。
現実問題として、日本で銃規制が緩和された結果、殺人事件の増加よりも自殺の増加の方が深刻だった。
「司令部から中部パトロール全車へ。
負川町なら、まさにここだ。五丁目六番地も三分以内に到着する。
「こちらパトロール2‐1、現場に急行する」
即座に応答し、長谷川に視線を向ける。彼は無言で頷くと、サイレンを鳴らした。
◇ ◇ ◇
二〇一八年一月九日 午後三時十七分
愛知県羅宮凪市 コンビニエンスストア『-ワン7ナイン』負川店
現場に到着すると、既に近隣の交番から駆け付けた警察官がコンビニを包囲していた。
「状況は?」
ジョンが責任者らしき中年の警官に尋ねる。
「特警の方ですか。問題ありませんよ、地元のガキがおもちゃ持って立て籠もってるだけですから」
「刃物と聞きましたが?」
「今確認したら、一人がピストルを掲げてみせましたよ」
刃物という報告だったが、拳銃を持っているというのは初耳だ。刃物相手ならともかく、銃器を持っているのなら、必要以上に慎重な行動が要求される。
「銃対が出動する必要があるのでは?」
「相手は高校生のチンピラです。銃を買う金なんてありませんよ。その辺で買ったおもちゃですよ、おもちゃ」
そう言ってハハハと笑ってみせた。
ジョンは長谷川に「本当にこの男は警官なのか?」と視線で尋ねると、「残念ながら」と言わんばかりの表情が返ってきた。
法改正に伴って、警察内部では大規模な人員整理が行われた。
無能はクビを飛ばされ、有能は民間に引き抜かれ……残っているのは、毒にも薬にもならない平凡な人間ばかりだ。
全員がこんな有様というわけではないが、こんなのがいるから我々のような人間にとって代わられるのだ。
ジョンは日本人嫌いだというのに、あまりの不甲斐なさに心中で毒づいてしまった。
「ま、すぐに根を上げますよ」
二人の表情にも気付かない警官はそう言ってのけた。
一応、上の組織とされている警察にこう言われてしまっては、黙って包囲に参加するよりほかない。
「おい、あいつはどうなっているんだ」
改めて、口頭で長谷川に尋ねる。いくらなんでも、これは酷過ぎた。
「羅宮凪島の治安の悪化は、なにも犯罪者だけの問題じゃない。警察も酷いんだこれが」
「日本警察の取柄は鑑識の丁寧さと封鎖の素早さ、そしてお堅いところと聞いていたがね」
「羅宮凪島の警察には、その三つがない。いや、正確にはなくなった」
「発展途上国と変わらんな」
「で、今回の場合は点数稼ぎかな。ノルマだよ。日本警察じゃ、数字を出さないと出世できない」
交番で勤務するのは地域部の警官だ。一方、ジョンが出動要請を具申した銃器対策部隊は警備部の所属だ。
つまり、具申を却下したのは派閥争いに近いものも存在しているのだ。立て籠もり事件で活躍したところで、地域部の名が上がるのかは不明だが。
状況を静観していると、先ほどの警官が拡声器を持って投降勧告を始めた。
「君たちは完全に包囲されている。武器を捨てて、大人しく投降しなさい!」
中年警官がしたり顔で宣言している。
多くの場合、コンビニ強盗は考えられる犯罪の中で最も悪手だ。レジから得られる金額は十万円程度のはした金、捕まれば最低でも五年の懲役。
一億なら動こうとする者も出るかもしれないが、わずか十万円でこの刑期は割に合わない。
しかも、何かの手違いで相手に怪我を負わせてしまえば、六年以上の懲役が確定すると同時に、無期懲役も圏内に入る。強盗中に殺したともなれば、無期懲役どころか死刑もありうる。
強盗とは、それほど重い刑罰が下る重罪なのだ。
これが、警官が抱いていた油断。
相手が馬鹿とは言え、一生を棒に振るほど馬鹿ではないに違いない。そう分析した。しかし、分析は楽観的過ぎたのだ。
容疑者が一人、正面の出入り口から現れた。
大人しく投降するつもりか。見守っていると、手に持った拳銃をパトカーに向けた。
破裂音。そして、パトカーのボディに黒点が一つ穿たれた。
そう、これは実銃だ。モデルガンでもガスガンでもない。正真正銘、人殺しの道具なのだ。
「ほ、本物だっ!」
警官達が一斉にパトカーに身を隠した。その隙に、容疑者が叫ぶ。
「一億と逃走用のヘリを用意しろ!」
それだけ言い終えると、そそくさと店内へと戻る。
セコいコンビニ強盗の要求は、現金一億円とヘリコプター。実にらしい要求だ。
相手が本物を持ちだしてくるとは思いもしなかったのだろう。現場の警察官たちは完全に萎縮していた。
もし、相手がとち狂った行動に出ても、彼らには対処できないだろう。
そこへ先ほどの中年警官が二人のもとにやって来た。
「その、君たちは特警だったね?」
恐らく、葛藤しているのだろう。今更頭を下げて「どうにかしてください、お願いします」などと言うのは、プライドが許さないに違いない。
だが、命令されない限り彼らが動くことはない。
彼らは警官と違って傭兵だ。本部からの指示がなければ、負傷したとしても業務中の自己責任として傷病手当は出ない。
その上、作戦に支障をきたすような負傷をしようものなら即座に免職。路頭に迷う羽目になる。
SIUは作戦中の負傷であれば手当が出る分、かなり恵まれているのだ。
だが、このまま『反省したポーズだけするいたずら小僧』のように、だんまりを続けられるのも困る。
「上に指示を仰いでください。我々にはどうしようもありません」
ジョンが言い放つと、観念したのか中年警官は無線機に手を伸ばした。
結論から言うと、羅宮凪島の銃器対策部隊は南部の名気屋町で起きた銀行立て籠もり事件に出動していた。
では当直のSIUはというと、北部で発生した暴力団の抗争の鎮圧に動員されていた。他は別の地域で問題に対処していたり、非番だった。
つまり、現在この状況を対処できる部隊が彼らの他はいないのだ。
そこでSIU指揮官ミロ・ベカエールはチームスリーを緊急招集し、コンビニ立て籠もり事件の包囲にあたらせたのだった。
集結したメンバーはジョンと長谷川を含めた四名、ロシア人のチェルノブとブラジル人のアルトゥールだ。
特警の文字が書かれたSUVには装備が詰め込まれている。ジョンはトランクのMP5短機関銃を手に取った。
現代ではもっと新しくて高性能な短機関銃が存在するが、ジョンにとってはイギリス軍時代に使用することが多く、慣れていたのが大きい。
また、各国の特殊部隊ではMP5の更新が進んでいるため、市場に中古品が増えて価格が低下しているのも理由の一つだ。
どのみち拳銃一丁、残りは刃物の集団には過剰なレベルだ。
準備を終えると、パトカーのボンネットに広げられた見取り図を再確認する。
容疑者は店内に四名確認されている。拳銃で武装している容疑者を
人質は八名。二人が従業員で、残る五人が客。これはうまく逃げ出した客から得られた情報だ。
つい先程、雑誌のページや糊を用いて窓の視界を封じられたために様子を伺えなくなってしまった。
視界を遮られる前、人質は全員カウンター前に並べられていた。
X-RAY1は極めて興奮した状態にあり、武装も相まって最も危険な容疑者だ。
他の容疑者が紙のカーテンを貼る中、一人だけ店内をうろつき、商品を嗜み、時折人質を連れて店外に出て、警察を挑発した事もあった。
事務所の電話を利用した交渉中、癇癪を起こして電話機を破壊し、平和的解決を捨てたのも彼だ。
一人だけ銃で武装し、集団行動から離れていても強く咎められない点から、彼がグループのリーダーと推測されていた。
X-RAY2は比較的冷静で、X-RAY1を宥めている様子もあった。
武器の所持は認められなかったため、人質である可能性が指摘されていたが、容疑者と共にレジをこじ開けて現金を回収したとの情報から容疑者と判断。
不幸にも、彼はグループの中でも地位が低いらしく、事態を改善できていない。
残りはX-RAY1に従うだけの案山子。
これが、偵察の結果得られた情報だ。
情報が集まっていたとしても、まだ突入するとは限らない。向こうが諦めて投降することもあり得るからだ。
現状、他の部隊が応援に来るまで包囲を続けるほかない。増援が来たからとは言え、わずか四人では論外だ。人手が足りなさすぎる。
容疑者はすぐにでも撃てる拳銃を持ち、人質を複数とっている。こちらは要求を飲めるわけがないから、待たせ続けて時間ばかり過ぎる。
時が経つほど容疑者たちは苛立ち、危険な行動に出る恐れが強くなる。
だが同時に、解決の糸口も見えてくることもある。
そう、苛立つ可能性もあるが、時が経つということは頭を冷やす時間を得ることにも繋がる。
冷静になった頭で考え、自身の行為がいかに非合理的だと気付き、リスクを抑えるために大人しく投降してもらう。
これが最高の結末だ。
だが容疑者が頭を冷やさず、一線を越えてしまった場合はその限りではない。被害を抑えるため、部隊を突入させる必要が出てくる。
内部との連絡が途絶え、容疑者が接触を拒んでいる現状では、向こうが落ち着いてくれるのを待つしかないのだ。
しかし残念ながら、事件は平和的解決を迎えなかった。
一回、二回と立て続けに銃声が響いた。この場にマスコミがいればさぞ喜んだだろうが、最前線に立つ人間にとってはこうだ。
「最悪な状況だ」
「司令部からチームスリーへ」
詰め所と繋がっているテレビ電話にベカエールの姿が映し出された。内部から発砲が確認されたため、現状戦力での突入命令が下されたのだ。
「たった今、容疑者の持っている拳銃の解析が完了した。その拳銃はコルトパイソン.357マグナムリボルバーだ。昨日、近隣の民家から盗難届が提出されている」
「盗んだ新しいおもちゃを試しに、コンビニを襲ったってわけか」
アルトゥールがM3散弾銃にテイザーシェルを込めながら笑う。
テイザーシェルとは、
対象を殺害したくない場合、最近までは貫通しないゴム弾が利用されていた。
しかしゴムとはいえ、その衝撃はプロボクサーの一撃と同等と例えられるほど。当然ながら、このような衝撃を受けて無事でいられるほど、人間は頑丈ではない。容疑者の内臓に障害が生じることや、当たり所によっては死亡することもあった。
それを防止するため、電極を飛ばして電流を流す、比較的安全なテイザー銃が採用された。だが、電源と電極を繋ぐにはコードが必要だ。このコードを設計上長くすることが出来ず、射程は手より少し先に届く程度となっている。
『警棒やスタンガンよりはマシだが、銃器を隠し持っているかもしれない容疑者に、ギリギリまで接近しなければならない』
これが最大の欠点とされていた。
それを解決するため、このテイザーシェルが開発されたのだ。
シェル内部に電源と電極を内蔵しており、発砲と同時にこの二つが飛び出すため、コードの短さはまったく影響しない。このシェルで発射するテイザーの射程は、通常の散弾銃と同様に三十メートルにまで延び、遠くの容疑者を鎮圧できるようになったのだ。
ちなみに、
「交戦規定を再確認する。容疑者への殺傷武器の使用は極力控えろ。出来る限り投降を呼び掛け、逮捕するのだ。また、低致死性武器においても急所への発砲は避けろ」
コンビニに立て籠もっている若者たちは犯罪者とは言え、人間だ。
現代社会では例え加害者だとしても、最低限の人権は守られなければならない。
もっとも、現場や被害者達にとっては『クソ喰らえ』な話に違いないが。
「無論、容疑者が隊員や人質に対して明確な害意を向けた場合はその限りではない。好きにやれ」
しかし、ベカエールもそのことは承知している。声色に一切の変化も見せずに言ってのけた。
金の繋がりとはいえ部下は部下。無暗に傷つくのをよしとはしないのは当然だ。
「以上、質問はあるか?」
これといって特にない。沈黙でそれを伝えると、
「では解散。それと、今回の
そんな話は聞いていないぞ。
ジョンは初耳だったが、長谷川をはじめチームスリーの隊員は無言で頷いていた。
知らぬは当人ばかりか。
「東京SIUでの活躍は聞いている。それに、長谷川軍曹からも強い推薦を受けた。期待を裏切るなよ」
ジョンは東京SIUだけでなく、イギリス軍にいた時代でもエントリーリーダーとして活躍していた。
まさに、お手の物というやつである。
「了解しました。では、早速隊長として命じるが、アルトゥール」
「なんだい?」
「眼鏡を外せ。作戦の不安要素だ」
通常、特殊部隊の隊員に眼鏡を掛ける人間はいない。
なんらかの衝撃で眼鏡が落ちてしまえば、戦力の一人が抜けるも同然だからだ。
その穴が時として、部隊の命を奪う事にもなり得る。万全を期さなければならない特殊部隊には、あってはならない懸念材料だ。
「外せないなら、残念だが作戦から降りてもらう」
「大丈夫だ、前居たとこでそんなヘマをした事はない」
「過去に問題がなかったら良いという話ではない。可能性の話だ」
「彼なら大丈夫だ。僕が保証する」
長谷川はそう言うが、納得は出来なかった。
「ユキムラ軍曹、君が納得するかは別問題だ。それとも、そこにいる警察官を一人臨時で投入するか?」
この場にいる警察官……。ジョンは包囲網を振り返った。
拳銃を持つ手が震えている者や、どこを見ているかすら定かではない者。
銃を握らせる人間としては、不安なんてものではない。
「……了解しました。だが、何かあった場合は作戦から降ろす。いいな?」
「任せとけよ」
いかにも南米系らしい、軽い男だ。
続いて、今回の作戦では狙撃班として正面出入り口を見張るチェルノブを見た。
先程から一言も発さず、愛用している
ロシア人は無愛想な人間が多いと聞く。彼もそうなのだろうかと「チェルノブ」と声を掛けた。
「何だ?」
「作戦に問題は?」
「ない」
「よし、了解した。では最後の確認だ。そちらへの発砲命令は、全て司令部が出す。無許可の発砲は厳禁。いいな?」
「了解」
無口で無愛想だが、眼鏡を掛けていないし、性格も少なくとも軽くはない。
アルトゥールよりは仲良く出来そうだった。
人数は少ないが、現状はこれでなんとかするしかない。単独でない分、この島に来る直前の
ジョンは覚悟を決めた。
「では、作戦を開始する。各員、配置につけ」
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