S.I.U.~傭兵特殊部隊~ シーズン1

穀潰之熊

序章

SKy Clear

 古くより、警察とは国家の治安を守り、国民の安全を守るものとして君臨し続けていました。

 ですが、皆様がご存知の通り、昨今の警察では収賄・冤罪・証拠の改ざん・その他刑事事件を起こす警察官が増えつつあります。

 全ての警察官を汚職警官と非難するわけではありません。

 しかし、現在の警察という組織には疑念を抱かざるを得ない状況にあり、国民の皆様に税金泥棒と揶揄される事態となっております。

〜中略〜

 今回の憲法改正案により、我が国での警察の民営化が可能となります。

 もちろん、郵政の民営化以上に国民の皆様の生活に影響があるものです。

 ゆっくりと、皆様の意見を聞きながら徐々に変更を加える所存でございます。

 この改正が成立した暁には、国民の皆様の生活が、より良いものになることをここに約束します。


−−−ある政治家のインタビューより



◇ ◇ ◇


 船よりも速く海を越え、車と違い地形をある程度無視して移動できる乗り物。それは言うまでもなく航空機だ。

 ライト兄弟をはじめとする、多くの先人達の血と汗と失敗の結果、この道具を用いて遠くへ、素早く行けるようになった。

 性能も飛躍的に向上した。毎度のフライトが命懸けの時代は終わり、今や事故に遭う方が難しい。

 そんな現在だからこそ、一機のフライトは多くの人々の生活に直結する。

 そして、飛行機は一度飛んでしまえば、外からほとんど手出しの出来ない密室となる。

 もし他人に何らかの害を与えたければ、権力者を従わせたければ、飛行機はうってつけの武器となる。



二〇一八年一月七日

AJA三五七便


 ジョン・ユキムラは所謂ハーフである。父は日本人で、母はイギリス人だ。しかしイギリスの中流階級に生まれ育った彼には、自身に日本人の血が流れている意識はない。

 それどころか、日本人という民族をあまり好んでいない。用事がなければ、この国の排他的経済水域にすら近付かないだろう。

 彼は窓際の普通席に腰掛けると、空港で購入した雑誌を広げ、チャイティーを飲んで時間を潰していた。

 いや、潰したかったというべきだろう。

 羽田空港で航空機が離陸し、全体にシートベルトの解除を許す放送が流れた頃から、彼の目には不審な人物が映っていた。

 右前方、左側の列の真ん中の席。座席越しから見てもその男は挙動不審だ。

 キョロキョロと辺りを見渡し、時折腰を浮かせては乗り物酔いを疑ったCAから声を掛けられていた。

 初めてのフライトで緊張しているのか。

 そう考えることも出来たが、ジョンの勘が「この不審者は危険だ」と叫ぶのを止めないため、ついその動向を注視してしまったのだ。

 時が経ち、手洗いのために席を立つ者が増えはじめた。

 そこで不審者も腰を上げた。

 細身な若者は白い顔をさらに青白くしながら、機首に向かって通路を歩く。

 そっちにあるのは乗務員室と特別席、そして操縦室だけ。一般客にとっては無用の場所だろう。

 不審者の先に大柄な男一人と女が一人。続いて、ジョンの右手側を男が一人通って合計四人が合流。普通席と特別席を分かつカーテンをくぐった。

 ジョンもそっと席を立つと、その後を追う。

「お客様、ここから先は特別席と……」

 不意に途切れる声。

 ある種の確信を抱きながら、ジョンは人の気配が遠のくのを待った。


 CAと共に通路を歩き、一行は特別席の客から訝しげな視線を受けながらも、操縦室の前に辿り着いた。

 操縦室は近年、テロを警戒して簡単には破壊できない頑丈な扉で塞がれている。

 外側からこじ開けるのは不可能に近い。

「おい」

 背中を小突き、操縦室との連絡用のインターホンを取らせる。

 小さなコール音が一回鳴ると、男の声が漏れた。

「もしもし、どうかしましたか?」

「扉を開けてください」

「え?」

 ややおいて、操縦室の覗き窓に二つの眼球が浮かんだ。

 すかさず、男はCAの眉間に銃口を押し当てた。

「扉を開けろ! 頭を吹っ飛ばすぞ!」

「うわっ」覗き窓が閉ざされ、「機長、ハイジャックです!」

 操縦士達の声が響くが、彼らは動じない。

 CAを扉の前にやると、再び宣言した。

「扉を開けないとこいつが死ぬぞ!」

「それは無理だ、絶対に開けないぞ!」

 やはり、この程度ではダメだ。我々の本気を見せつけなくては。

 男は撃鉄を起こした。

 そして間もなく、銃声。

 誤魔化しようのない爆音が響き、肉塊が床に崩れ落ちた。

 機内に一瞬の静寂が訪れ、やがて混乱の悲鳴が轟く。

「何をしたんだ!?」

「十秒以内に開けなければ、もう一人死ぬぞ!」

 この宣言は脅しではない。操縦士達も脅しとは思っていなかった。既に同じ事をやっているのだから。

 彼らは目的の為に手段を選ばない、異常で危険な人間だ。

 そう確信した機長は副長に操縦と連絡を任せ、意を決して扉の前に立った。

「私はこの機体の機長です。目的は何ですか?」

 無論、これは時間稼ぎだ。

 マニュアルには機内でテロが起きたとしても、絶対にこの扉を開けてはならないと書かれている。

 時間を稼いでなんとか着陸し、外部の助けを待つのだ。

 だが、駆け引きを知らない相手は危険だ。

 またしても銃声。扉の向こうで何かが倒れた。

「話を聞く気はない、扉を開けろ!」

「機長助けて、助けてください!」

 CAの声だ。

 この機体には五人の客室乗務員が搭乗している。

 今や五人いた、というべきか。

 彼らは扉を開かなければ、彼女達を一人残らず殺害するつもりだろう。

 これはテロリストたちの作戦だ。

 物理的に破壊できないのであれば、錠を握る人間の良心に銃口を突きつけようと考えたのだ。

 不条理なんてものではない。

 日本では二人も人を殺せば極刑に処される。逮捕された後のことを考えていないとしか思えない。

 まさに狂気の沙汰だ。この飛行機を渡してしまったら、何をしでかすか想像もつかない。

「おい、次の人質を連れてこい。子供だ、女の子を連れてこい」

「女の子ですか?」

「女子供が殺されても、扉を開けなかった操縦士たち。マスコミはお前たちの事をどう思うだろうな」

 答えは簡単だ、こんな異常な事件を起こす者が悪いに決まっている。

 だが、マスコミは時としておかしなことを言いだす。

 そして、そのおかしなことに乗る人間もゼロではない。

 勇敢な被害者が加害者として扱われる。全くないと言い切れないのが悲しいものだ。

 三度目の銃声。今度は悲痛な泣き声が止んだ。

 次に犠牲になるのは乗客。相手の言う言葉が事実であれば少女だ。他の客室乗務員は手ごろな位置にいなかったのだろう。

 だが、扉を開けてはダメだ。開ければ彼らは一体何をしでかすか。

 対話と言う解決策は向こうから断ってきた。今は真後ろで人々の命が奪われるのを待ち、管制官の誘導に従うしかない。

「連れてきました!」

 最も聞きたくなったセリフが扉の向こうから聞こえてきた。

「名前は?」

 CAを次々に殺害した男の声だ。

 小さく、少女の声で「佐藤栄子」とだけ聞こえた。

「佐藤栄子と言う子だ。お前が扉を開けなければ、この子が死ぬぞ」

 なんて卑劣な男なんだ。無抵抗の人間を殺してみせたうえ、子供すら脅迫の材料にするとは。

「どうして、こんな真似をするんだ」

 機長はそう問い掛けざるを得なかった。

「十」

 犯人はカウントダウンを始めた。

「九」

 ゼロになった途端、どうなるかは言わずもがな、と言うことだろう。

「八」

 短くも、淡々とした口調で数字を口にする。躊躇いは感じられない。

「七」

 自分は正しい事をしている。そうに違いないのだ。

「六」

 だが数が一つ減るごとに、その覚悟は薄れていった。

「五」

「助けて!」

「ま、待て!」

 ゼロを言っていないのに、銃声が響いた。


 聞き慣れた破裂音。この狭い機内で聞こえなかった者はいないだろう。

 凍りつく乗客達を横目に、ジョンはカーテンの向こう側の気配を待ち構えた。

「全員そこを動くな!」

 特別席の辺りで誰かが叫ぶ。ハイジャック、テロ行為の典型だ。

 銃声からして、少なくとも犯人は一丁の銃器を所持。どうやって検査を突破したのかは不明だが、ここまで本気の行動が、ただの金銭目的の犯行とは思えなかった。

 足音が近づく。

 乗客が状況を飲み込み始めたらしく、普通席のエリアも騒然としだした。

 不愉快な状況ではあるが、気配を隠すには最高だ。

「し、静かにしろ!」

 件の若者がカーテンをかき分けて普通席エリアに入ってきた。

 そこへ喉に向けた鋭い手刀。

 不意打ちで動きを止めると、腕を掴んで拳銃の銃口を持ち主のこめかみに当ててから、トリガーガードに指を突っ込んだ。

 破裂音と共に天井に血と脳がへばり付く。

 ここまでみて誰も見咎めたり、機内で爆弾が爆発しないあたり、客に隠れた共犯者はいないらしい。

 最大の懸念事項のクリアに、ジョンは心中で安堵した。

 崩れ落ちる若者から拳銃を受け取ると、とどめの一発をお見舞いして、機首に向かって歩き出した。

 ロシアのトカレフ拳銃。

 いや、それのモンキーモデルか。

 日本の銃犯罪には、フィリピンで作られる密造銃が多く利用される。さすがにダッラ村ほどの規模はないが、東南アジア最大級の密造村が存在しているからだ。

 今時はロシア人でもトカレフを売りはしない。恐らく、この第二次大戦中の古い銃も職人達が手作業で作り上げた代物なのだろう。

 乗務員室にCAの姿はない。布一枚挟んだ先のどこかで転がっているのだろう。先ほどから響く数発の銃声が、ジョンをそう確信させた。

「おい、どうした。さっさと黙らせろ」

 カーテンから顔を出した大柄な男の視線と銃口が交差した。

 二発の銃弾が眉間を貫く。

 死体が床に崩れ落ちる前に、襟を掴んで前進。盾に銃弾が殺到するが、構わず突撃。その勢いで特別席エリアに入り込んだ。

 首を傾けて通路の先を見ると、拳銃を構えた女の犯人が視線に入った。

 盾に撃ち込まれた銃弾は推定六発。なら、彼女の手に残された銃弾は二発だ。

 その二発も、距離を詰めるとすぐに放たれた。

「なんで!?」

 弾が出ないことが不思議でたまらないのだろう。女はそう叫ぶと、愚かにも敵の目前で弾倉を取り出した。

 ジョンの口から「アマチュアめ」と漏れ出た頃には、引き金は二回引かれていた。

 砕けた歯の欠片を革靴で踏み潰し、盾を捨てる。

 客席が終わり、狭い一本の通路に差し掛かると、その先は操縦室だ。

 操縦室の扉は拳銃程度では傷一つつかない。

 思った通り、そこにはジョンの真横を通り過ぎた男と、銃を突き付けられた少女がいた。

「動くな! この子が死んでもいいのか!」

 最後の犯人は、頬を引きつらせながら叫んだ。

 仲間を一度に三人も殺されて、そんな態度を保つ度胸は評価できた。

 もっとも、彼の足元に転がる死体の山を見れば、あまり頭が回る人種ではないと見受けられる。ただ現実を認識しきれていないだけなのかもしれない。

「武器を捨てろ」

「捨てるのはお前だ! 捨てろ!」

 理不尽な命令。だが、それに足り得るカードを持っている。男は信じていたが、ジョンは変わらずに銃口を向ける。

 そこに迷いや躊躇いは欠片もなく、真っ直ぐ犯人の唇を狙っていた。

 もし犯人が叫んでいる通りに少女を射殺すれば、ジョンは容赦なく引き金を引くつもりだ。

 相手もそれを理解しているからこそ撃てない。せっかくの肉の盾を自らの手で捨てることになるのだから。

 航空機の飛行中は外部との連絡が一切断たれた密室。外部からの介入はない。

 即ち、妨害はない。だが同時に増援もないということ。犯人は、たった一人でジョンを排除するしかなくなるのだ。

 果たして、その際に引き金を引くのはどちらが早いか。

 ものを知らない子供でも、どちらが勝つのかすんなりと推測できるだろう。

「この子が死ぬぞ!」

「やってみろ」

 だが、この一言は想定外だった。

 誰しも善人でありたがるが、この男にそんな感情論は通じない。あらゆる理不尽を斬り捨てる理屈の鬼か、あるいは他人の命なぞ気にしない冷血漢か。

 このまま引き金を引かなければ飛行機は着陸し、特殊部隊によって制圧される。

 引き金を引いて女の子を撃てば、目の前の男に射殺される。

 犯人がとれる最後の手段は、手に握った拳銃を使って障害を排除することだった。

 目前の敵を排除するため、少女のこめかみから銃口が離れた。

 直後、銃撃。

 放たれた二発の銃弾は犯人の前歯を破砕し、口蓋垂を貫通し、その先にある脳幹を正確に破壊した。

 天を仰ぐように犯人は倒れ、床に赤い血のソースと脳のパテがぶちまけた。

 使った弾はちょうど八発。

 拳銃は殺人の道具から、単なる鉄製の塊と化していた。

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