幕間

 だから、俺はやめた方がいいと言ったのに。

 誠太は自身の流されやすさを恨んだ。やるなら、空き巣だけでやめておくべきだったのだ。

 空き巣の途中、本物の拳銃を見つけてしまったのが運の尽きだ。ヤクザの借金を返すためとはいえ、リスクが大き過ぎた。

 拳銃を持ったリーダー格の耕太がコンビニから出てパトカーに銃口を向けた時、心の中でどれだけ弾が出ないことを祈った事か。弾が出なかったり、BB弾が出て笑われた方がどれほど良かったか。

 結果は最悪より少しマシな程度だ。警官に当たっていたら、今頃死んでいたかもしれない。自分たちは弾の込め方も知らないというのに、引き金を引いたら弾が出てしまったのだ。

「くそっ、くそっ、クソオオオッ!」

 また耕太の癇癪が始まった。おでんのつゆを紙コップですくうと、人質の店長に向けてぶち撒けた。

「あっ、ひいいっ!」

 顔面からつゆをもろにかぶり、店長が悶絶した。慌てて誠太は間に入った。

「おいやめろよ! あんまりやり過ぎたら警察が……」

「警察が、なんだよ? おい」

 そう言って、耕太は拳銃を向ける。

「待て、待てって。落ち着けよ」

「落ち着け? お前なんか余裕だよなぁ!?」

「俺だって余裕ないって、ないから、マジで。とにかくさ、あんまり暴れたら警察が踏み込んで来るかも。……だから落ち着こ、な?」

「……くそっ」

 理解してくれたのか、耕太は銃を下ろしてコーヒーを飲み始めた。

 今耕太に撃たれるか、騒ぎを聞きつけて突入してきた警察に撃たれるか。あまり変わらないような気がしていた。

 借金の返済を催促され始めてから、彼はずっとこんな調子だった。

 些細な事で怒り狂い、他人や物に当たる。元から優しいタイプでもないが、ここまで酷くはなかった。

 手持ち無沙汰となった誠太は出入り口近くの冷蔵庫を開け、チアパック入りのアイスを手に取った。口を付けてチューチューするあれである。

 お気に入りのアイスを吸いながら、誠太は店内を散歩した。

 八人の人質は全員カウンター前に並べ、荷造り用の紐で手足を縛っていた。そして、間近には拳銃を持った耕太がいる。こんな状況で逃げようとは思わないだろう。

 何気なく正面の自動ドアを見た。

 内部を見えないように紙を貼り付けたが、度々開いたり閉まったりを繰り返すのが鬱陶しくて、電源を切っていた。

「ねえ」

 不意に声を掛けられて、誠太は振り返った。コンビニの女性店員だ。

「なんだ」

「もしかして、誠太くん?」

 そうだ、その通りだ。なんでわかったんだろう?

 名札を見てみると、見覚えのある名前だった。

「もしかして、前住んでたアパートで……」

「隣だった佐藤よ」

 そうだ。誠太の家庭が崩壊する前、住んでいたアパートの隣人がとても良くしてくれた記憶があった。

 そう思えば、この女性も見覚えがあった。

 佐藤さんは夫を肺炎で亡くし、息子も自立して本州のトヨハシで働いていると言っていた。

 今も生活するため、コンビニバイトをしているのだろう。

「久しぶりっすね」

「あなたねぇ、何やってるのよっ。あなたこんな事する子じゃなかったでしょっ」

 耕太がよそを向いているのを確認すると、佐藤さんはずいと体を寄せた。

 返す言葉もなかった。昔は貧しいながらも、犯罪を犯そうなんて思いもしなかった。ヒーローに憧れ、悪を打ち倒す人間になろうと決意していた。

 それが今や、どうやって罪を軽くしよう、逃れようとばかり考えていた。まるで、ヒーロー物に出てくる嫌われ者の小悪党みたいに。

「……すんません」

 考えた末に出てきた言葉はこれだけだった。

「あんた、これからどうすんのよ?」

「どうって言われても、どうしようもないっすね」

「犠牲が出ないように解決しようと考えないの?」

「でも……」

 まさか、反抗しろとでも言うのか。あの危険な耕太相手に?

「警察が突入してきたら、みんな撃たれて殺されちゃうわよ」

 ドラマではやられ役が多い特殊部隊だが、現実ではどうか。

 銃もろくに持たない自分たちを、機関銃を持った男たちはどうするだろう?

 投降すればいい話だが、その間に耕太がどんな手段に出るかわからない。

 もし、裏切者扱いされて撃たれたら? そう考えると、待つことは出来なかった。

「こっそり私たちの紐を切って」

 危険な賭けなのは明らかだが、特殊部隊に撃たれるよりかは生きて帰れる提案な気がした。

「でも、耕太……あいつが気付いたら」

「全員で飛び掛かればどうにかなるわ」

 そうだ。相手は銃を持っているとはいえ、所詮は一丁。八人で飛び掛かればどうにかできるかもしれない。

「わかった。隙を見て紐切るよ」

「気をつけてね」

 目を付けられないように店内を適度に歩き、耕太がトイレに向かった瞬間、誠太は行動を開始した。

 佐藤さんの後ろに回ると、手首を縛るビニール紐に折り畳みナイフの刃を当てた。

「手は後でいいの、今は足のを切りなさいよっ」

「あっ、そうか」

 そりゃそうだ。逃げるのだから、足が自由になれさえすればいいのだ。

 手首の代わりに足首の紐を切断。次に取り掛かろうとしたその時、佐藤さんが立ち上がった。

「まだ待って、目立つからっ」

 しかし佐藤さんは聞かずに自動ドアに体当たりした。

 酷い音が鳴り響るが、扉は開かない。電源を切っているのだから。

「誰かっ! 開けてください!」

「大きな声出しちゃダメだって!」

 扉を顎で叩きながら叫ぶ佐藤さん。誤魔化そうにも、声が大きすぎた。

「おいっ!」

 扉の向こうからくぐもった声。間もなくして耕太がトイレから出てきて、佐藤さんの姿を見つけた。

 もちろん、紐を切ろうとする誠太の姿も。

「お前何考えてんだよ、こんな事したらどうなるのかわかってんのかよ」

 人間の怒りは行き過ぎると、かえって冷静になると聞いたことがある。

 耕太もそんな状態なのか、誠太に銃口を向けるその表情に感情はなかった。

「だって、だってこのままだと、全員警察に殺されちまうよ」

「俺に逆らうのかよ」

「違う、違うって!」

 ずんずん進んでくる耕太に気圧された誠太は思わず後ずさりし、人質に足を引っかけてしまった。

 派手に腰を打ちつける。見上げれば、拳銃の銃口。

「待って……」

 銃撃。思わず瞼を閉ざした誠太。

 当たらなかったのだろうか? そう思えたのは一瞬。すぐに腹部が熱くなった。

「う、ぐああっ……」

 熱さがすぐに痛みへと変わった。腹だ、腹を撃ち抜かれたのだ。

 モッズコートが血で赤く染まり始める。

 どうすればいいのだろうか。銃で撃たれたらどうするんだろう。

 そうだ、傷を塞ぐんだ。

「アッ!」

 傷口に手を当てるが、触れた瞬間の痛みは思わず手を引かせた。

 手を引いても、痛みはなくならない。血も止まってくれない。

 意を決して、力強く血の溢れる傷口を押さえた。

 すると、また銃撃。

 自分が撃たれたのではないのは確かだ。それ以上を確認する気力や余裕が誠太にはなかった。

 俺は死ぬんだろうか?

 誠太は流れ出る血を眺めながら、漠然とそう考えることしかできなかった。

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