第5話 党員#3 男のいない村 その5
目を閉じようが、開けようが全く同じなら・・・
寝るしかない。
夢でも見た方がよっぽどマシってもんだ。
それにしても・・・ ここは寒くも暑くもない。
温度自体は快適なものの、身動きできなかったのは・・・
最初の滑落事故で背骨を損傷、半年間入院した時以来だ。
今思えば・・・垂直に切り立った岸壁でビバークしたが、気温-20℃の
猛吹雪で3日間足止めを喰らった時は、さすがに生きた心地がしなかった。
あの時は遭難、あるいは凍死してもおかしくなかった。
体の末端という末端が凍傷になりかけ、それでも何とか無事に帰還できた。
もう、こんな事はやめよう。何より両親や彼女に多大な迷惑がかかる。
そう思ってはみたが・・・
不思議と、俺の気持ちの中に妙な充実感があったのは確かだ。
しかし、この出来事ではない。
最初の滑落事故ってヤツを起こしたのはこれ。
『南米のギアナ高地に、幻の〝底が見えない渓谷〟の場所を特定?』との記事。
そのサイトには、かなり詳細なデータが掲載されていて、いろいろと書かれていたが、最大の決め手となったのは・・・
『到達者〝0〟』!!
行方不明者、約11名(未確認記録)。←(もっと気に留めておくべきだった)
舞い上がっていた俺は、そのサイトに『探検調査希望』のメールを送った。
顔見知りの冒険家や研究者の仲間と共に現地へ赴き、調査を開始。
現地担当のガイドから聞いたキーワードは、『濃い霧がかかる、その真下』。
その手掛かりを元に、まず手始めとしてドローンを飛ばし、怪しそうなエリアを
重点的に探ってみた。
天候が良いのは大変ありがたかったが、少し霧がかったエリアを調査しても容易に
谷底を確認できる・・・という状況が続いて、もう三日目が経過してしまった。
滞在期限は六日間。
現地ガイドに詳しく聞いてみたが、その場所はブラジル最高峰ネブリナの、その麓ではなく、ロライマでもなく、あのアウヤンテプイでもないらしい。
アウヤンテプイとくれば、エンジェルフォール。
あの滝は、落下する水が途中で飛散してしまうので、いわゆる滝つぼが存在しない
事が知られている。
そのため、『濃い霧がかかる、その真下』という条件にぴったりと当てはまるのかと思いきや・・・ 現地ガイド曰く、「そこじゃない」そう。
四日目。手分けしてドローンを飛ばすも、さしたる成果は得られず。
そんな中、「〝サリサリニャーマ〟に問題の箇所があるらしい」との情報。
いったんベネズエラに入国し、調査探検の申請を再度行う。
ここでガイドが交代になった。だが、どうにも胡散臭そうな雰囲気。
その男、「実は一番怪しい場所がここだった」なんて話を挨拶代わりにした。
「だったら、最初からここでスタートさせてくれよ!」と、言い返してみた所、
「毎年、出現する場所が変わり、規則性もないため、しかたなかった」
「貴重な生態系を研究調査する、各国の学者チームを優先するしかなかった」
と、予め用意されていたような、スラスラ出てくる言い訳をしていた。 こんなガイドで先行き不安ではあるが、今の我々はその男を信用するしかない。
〝サリサリニャーマ〟 は現在確認されている八つの深い縦穴が存在し、その空間にだけ生息する動植物が、いわゆる「固有種」だそうだ。
そのため、立ち入ろうとする調査隊には漏れなく当局の厳しいチェックが入る。
念入りな持ち物検査はもちろんの事、手のアルコール消毒、服装を全部脱ぎ、一着
ごとに掃除機がけされる。おそらくは、外来の種子等の侵入を防ぐためだろう。
その間、我々は下着一丁のままエアーシャワーを浴び続ける羽目になる。
さらに、ガラパゴス島上陸の際でも実施された、靴の裏の徹底洗浄。
少々やりすぎなのでは?と、思ったのは、使用するヘリコプターの操縦席と乗務員室を、さながらウィルス感染防止の消毒措置みたいな薬剤散布をしたのだった。
当局の念入りすぎる検疫で、貴重な日程の四日目は終わってしまった。
五日目。 夜明け前に出発。
何分、奥地かつ辺鄙な場所であるため、首都のカラカスからヘリを飛ばせば朝ごろ
に現地の空域に到達、目標の着陸地点の確認もしやすくなるだろう、との算段。
やはり、雨季は外しておいて正解だった、と思える絶景の中から、ヘリの着陸に
最適な場所を選ぶ。 今回は日程が残り少ないため、その着陸した地点のすぐそばにある縦穴を調査、アタックを試みようという事で意見がまとまった。
まず、ドローンを飛ばし、慎重に降下させてみる。
コントローラーを持つ研究員は、 「やはり、このエリア一帯が怪しいのはどうやら間違い無さそうですね。」と、言っていた。
先に行った調査と同様、このドローンを電波の届く限界まで降下するよう設定。
開いたノートパソコンの画像を見てみると・・・
程よく霧が出ていて、しかも谷底が暗くてよく見えない。
「まだ朝なので、日射の角度がまだ充分ではないのだろう。」
と、慎重派メンバーの意見。
もう無駄足は踏みたくないという空気が、メンバーを支配しそうに・・・
「これは、GOサインで・・・いいでしょ?」
最長老格の、希少動物を研究する博士の一言が決定打となった。
なにしろ、怪しい地域は特定できたので、とにかくアタックを開始。
ドローンは中腹までしか降下できなかったので、まずはそこを目指す。
パソコンの画面でもそうだったが、下を見下ろしても谷底はまだ暗いままだった。
だが・・・
慎重に、時間をかけて、ゆっくりと降下したのがいけなかったのだろうか?
日が高くなるにつれ、次第に谷底の地表部分が明らかになろうとしていた。
「ああ・・・ こんな感じになってたか・・・ 」
至って普通に見える、適度に植物が生い茂っている谷底の風景。
そう落胆もしていられない。
先頭の俺が地表に降り立ち、詳しい状況を報告するのが先だ。
目の前、見下ろした所にある希少なのであろう植物を避け、岩と土が露出している
部分に足を着地させようとした。
「!??」
踏んだ感触が無い! と、気付いた時は既に手遅れだった。
足と腰、さらに背中を、強か打ちつけてしまった。
辛うじて動く手で無線機を取り出す。
呼吸がすごくし辛い中、なんとか声を絞り出した。
「助けてください・・・ 今、全く動けません・・・」
救助され、ヘリで運ばれる直前、ドローン操縦の研究員が俺に訊いてきた。
「何で、あんな高い所から飛び降りちゃったんですか?」
訳が解らなかった。
半年間入院して、半年間つらいリハビリ。
彼女には、もっと構ってやるべきだった・・・と、後悔しても後の祭り。
『さようなら。 今度は、まともな職についたらどう?』
・・・なんて、置き手紙されてしまっては・・・
心のダメージを癒すには・・・やはり、リベンジしかない。
・・・けど、結果がこれだ。
おまけに、奇妙でリアルな夢まで見せてくれたりした。
死の真際の〝走馬灯〟ってこんな感じだったか?
これは恐らく・・・
今までやりたい放題だった俺の人生に対する、神様からの罰ってヤツなんだろう。
何も無い所で、反省しながら朽ち果てなさい・・・という・・・
『なるほど、そういう過去があったのですね・・・』
「えっ!!?」
女性の声が聞こえた・・・ような気がした。
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